エスカトロジー・フレデリカと死に方百景
安藤勇気
序 【水宮健吾《みずみやけんご》・人殺しの男】
「人を殺した時の感覚を君は知らないだろ」
彼はボサボサの髪をたなびかせ、そう僕に話しかける。
「分かるさ、僕が取り憑いた結果死ぬんだ。僕が殺すようなもんだ」
死の概念である僕がこれから死ぬ人間の目の前に現れる。
そしてこの金色の瞳で僕は目の前の死を見届ける。
直接殺すわけではないが、僕と会うということが死を確定させる行為になる。
間接的に殺してると言っても間違いではない。
ただ目の前のメガネの男は痩せこけた頬を指で軽く撫で、諦めたように笑う。
「いーやわかってない」
彼はそう強く行ってこちらを見た。
「あのさ? 人を殺した時に残るのはむなしさよりも後悔よりも後戻り出来ないっていう……なんだろ。ゲームで間違えてはいけない選択肢を間違えた時のような絶望なんだよ」
ゲーム。この世界のピコピコ遊戯。
やったことはないし意味も分からないけれど「なるほどね」と適当に納得したフリをして僕はあぐらをかいたままぷかぷかと空中に浮かび、一回転宙返りをする。
「バレない殺人なんてのはほとんどない、バレて……捕まる。そうなった時点で人生の楽しみは消える。あれやってみたい、これやってみたい、全てが消える。あぁ殺してしまった。これは捕まるだろう。捕まったらもう十年はこの外の景色は見れないぞ。青春は間違いなく堪能できない。それどころか殺人者と周りに疎まれてまともな人生を味わえない」
「人間は必ず死ぬのに殺しに厳しいんだな」
「そう言うもんだよ。まぁ青春に関しては謳歌してたわけじゃないけど……」
自嘲気味に笑う彼をよそに殺人の状況を僕は思い返す。
死んでいるなら僕も目撃しているはずだ。
うん、偶然にも最近のことだからすぐ思い出せた。
……ふむ、あれで殺人者を気取るのは笑えるな
ここ以外の世界ではもっと酷く死んでることなんてざらだ。
「ふーん」
ただそんなことを言っても意味がないから飲み込む。
やっぱりこれから死ぬ人間の愚痴を聞くのは退屈だ。
とはいえたった先ほど会ったばかりでも、この絶望した表情の男がどう死ぬのかハッキリと察せられるから聞いてあげるフリくらいはしてやる。
この男も人間ではない僕を見て戸惑ってはいたけれど、すぐさま「人殺しが見る亡霊かな」なんて笑って見せるくらいには覚悟が決まってるみたいだ。
「早く飛んだ方がいいかな?」
「ご自由に」
僕は彼と目を合わせる。僕はこの時どんな表情をしてるのだろうか。
体が細くて長いメガネの彼は抜け殻のような表情で宙に浮く僕を見る。
少しするとそのどこを見てるかがあやふやな穴のような目を外に向け、まな板のような薄い背中をこちらに向ける。
「これで救われるのかな……」
「希望さえ持っていれば」
救われるかもね。とまであえて言わなかった。
いや、言う前に目の前から彼が消えたから言えなかった。
パン! と破裂音が聞こえ、下を覗くと彼が水面に叩きつけられ破裂したのか辺りを赤くしながら波に飲まれていくのが見えた。
退屈な死に方で僕は呆れながら深くため息をつく。
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