特作(トクサク!!)
オメデタガ
第1部
第0章(プロローグ) 遵法戦士ロー・テクター第一話『国民の総意』 メイキングより
0話(前半)
『法と言うのは、国民の総意なんだ。裁判官は弁護士や検察官みたいに、直接人を守るわけじゃない。だけど、法律と言う国民の意識を守る立派な仕事なんだよ』
それは法律を守るために自分の命を犠牲にした父が、俺によく言っていた言葉だった。
無論、そのままの意味ではなく、法律とは国民が選出した国会議員が規定するものであるために、その規定には必ず国民の意識が介在している。
故に、法律は否応なく国民の善良なる意識によって形成されており、それと同時にそれはひどく尊いものであるという理屈だ。
しかし、その国民の総意の結晶ともいえる法律が今、俺の目の前で蹂躙されている。
ついさっきまで講義を受けていた大学棟は突如として現れた異形の怪物によって破壊され、なすすべもなくその形を壊していく。
瓦礫は重力に引かれて地面へと降り出し、逃げまどう人々の悲鳴を閉じ込めるかのように容赦なく彼らに襲い掛かった。
泣き叫ぶ学生達、パニックに陥る教員たちを前にしてもその怪物は進撃を止めることはない。
むしろ無機質なまでに容赦なく、己の行為に一切の痛みも感じないかのように破壊を繰り返している。
そんな光景を茫然と見ている俺にもこの状態が異常であり、そして間違いなく自分自身も危機的状況であることはすぐさま感じとれた。
何しろ、この災害を引き起こした元凶が自分の直線距離およそ五メートルに位置しているのだ。
相対する怪物は全身が植物のつるのようなもので覆われ、体と思しき中心部には巨大な目のようなものがこちらをじっと見つめている。
本能的に、頭が体に逃げろと命令を出しているのがわかる。
しかし、理性が瞬時にそれを食い止めた。
いや、よく考えれば全く理性的ではない。
だってそれは恐怖や絶望による足の震えなどではなかったからだ。
俺の意識を支配していたのは、怪物に対するまごうことなき怒りだった。
訳も分からない化け物によって勝手気ままに法律が踏みにじられている。
法律家の卵として、俺にはそれが看過できなかった。
「bjehrfbhiwoncdcjsdjchdc‼」
だが怪物、いや近くで見れば怪人といった方が適切かもしれないそれは俺に怒りに震える時間を与えてはくれなかった。
俺の姿を見るなり、先ほどまでの無秩序的な破壊活動は鳴りを潜め、代わりにまるで標的を見つけたかのような咆哮を上げる。こちらに標的を定めてきたと考えるのが自然だろう。
「何してるッポ‼ お前も早く逃げるッポ‼」
そうしてようやく、先ほど拾った六法全書を模した鳩が絶えず俺に声をかけ続けていることに気がついた。
この異常事態が起きる直前に拾ったこいつは、よくしゃべる、得体のしれない化け物だと思っていたが、それよりも異形な怪物を目にすれば、羽を広げて飛んでいる六法全書がさも普通のことのように思える。
しかし残念なことに俺には怒る時間どころか、逃げる時間さえも無いようで、怪人は瞬く間に体中にまとわりつかせていた数々の触手をこちらめがけて伸長させる。
その先端は針のように鋭く、俺の体をまるごとえぐり取れるほどの威力を秘めていることは自然と感じられた。
無論、まともに食らえば一瞬のうちに殺されるのは明白だった。が、
「あぶないッポー‼」
怪人の攻撃にすぐさま反応した六法もどきが、突如として俺の視界を遮り、そうしてまばゆい光を発し始めた。
あまりのまぶしさに目をそばめてしまいそうになるが、なんとか目を凝らすと六法もどきが巨大化していく様子が俺の瞳に映る。
そうして突如として怪人の攻撃から俺を守る巨大な壁、いや本が現れた。
それは怪人から伸びた鋭い針先をその厚い紙の束で相殺していった。
その堅固さを理解したのか、触手は先端をドリルのように回転させることで貫通力を上げ、巨大な本を一枚、また一枚と突き刺していったが、これ以上は通さないと言わんばかりにロッポーはまばゆい火花を散らしながらその攻撃を食い止めた。
これにはそれまで感情のような様子を一切見せなかった怪人も驚いた様子を見せ、こちらを警戒し始める。次の一手にはまだ猶予がありそうだ。
しかし、それが九死に一生を得たわけではないことは巨大な本それ自身が如実に表していた。
何百、何千もある分厚いページがことごとく突き破られ、まさに首の皮一枚、と言うよりページ一枚つながっている状態だ。
本は役目を終えたかのように弱弱しい地響きを立てて地面に倒れる。
そうして力を失ったかのように元のボロボロの六法全書へと戻っていった。
だが、その様子には先ほどまでの活力は無い。力なく地に堕ちた弱弱しい鳩のようだ。
まさに絶体絶命の状況、しかし六法もどきが稼いでくれた時間はこの状況を整理するには十分すぎるほどだった。
講義終わりの廊下で偶然発見した、喋って飛ぶ六法全書、突如として現れた怪人、奇妙な出来事が連続で起きるはずがない。
二つまとめて一つの奇妙な出来事、ならばこいつはあの怪人について何か知っているはず、もしくはその対抗手段になりうるのではないか。
「おい、六法もどき‼」
そう言って俺は力なく地面に倒れた六法もどきを両手に取り、ことの真意を問いただす。
「お前、あの化け物のこと何か知ってんだろ! 何とかならないのかよ‼」
「だから、僕の名前はロッポーだって、さっきからずっと言ってるッポ……」
自分が瀕死だというのに、堂々と名前の訂正を求めてくることに多少苛立ちを覚える。
この状況で名前などどうでもよかったのだが、こちらが折れなければ話が進みそうにない。
「ああ、もうわかったよロッポー‼ あの化け物をどうにかできないのか⁉」
「僕一人だけじゃ、守ることしかできないッポ……せめて、法に精通している法学者が……」
そう言ってロッポーは口を濁す。同時にこいつが六法全書を模している理由がようやくわかった。
それならば、まだ活路はある。こいつ自身は嫌がっているようだが、好き嫌いを言っていられる状況では無い。
「そいつは好都合だ‼ 俺も一法学者、これでいいんじゃないのか⁉」
だが、予想通りにロッポーは俺の提案を頑なに受け入れようとしない。
「でも、君はまだ学生だッポ……この戦いに巻き込ませるわけには……」
断固として拒否するロッポーだったが俺は諦めることなく、説得を続ける。
「どうせ死ぬならダメでもともとだ! やるしかないだろ! それに……」
言葉の途中で俺は視線を怪人へと向けた。
その目には決して自暴自棄を映しているのではなく、己の信念を貫き通すという硬い決意を燃やす。
「それに、俺は法が犯されてるのに黙って逃げろなんて耐えられない。国民の総意を、我がもの顔で法律を蹂躙しているあの化け物を許すことなんてできないんだよ!」
ロッポーに説くだけではなく、目先の怪人にも聞こえるように俺はそう言い放った。
当然、怪人は意にも返さない様子だったが、そんな俺の主張にどこか思うところがあったのか、先ほどまで頑なに受け入れようとしなかったロッポーはぼそぼそと何かをつぶやいている。
「国民の総意……その言葉、もしかして君は……」
「jbfrekgaldiunkncjdncjkdckjdsv‼」
しかし、ロッポーが何かを言いかけようとしたその瞬間、怪人の雄たけびがそれをかき消した。
数秒間耳に残るようなこの金切声は先ほどの威嚇を彷彿とさせる。
二人そろって怪人の方に目を向ける。こちらの動きを警戒しているようで、すぐに攻撃してくる様子はないものの、体中から一本、また一本と植物状の触手を周囲に漂わせ、まさに臨戦態勢と言うべき状態だ。
許されている時間は思ったよりも少ない。焦燥感にかられた俺はとうとうロッポーに啖呵を切った。
「どうすんだよ! やるか、それとも黙ってやられるか!」
選択を迫られるロッポーだったが、この状況での最善手は誰がどう見ても明らかだ。
そしてロッポー自身もそれを理解したのか、いやむしろ観念した様子を見せる。
「わかったッポ……一か八か、君にこの力を託すッポ!」
そう言うと、ロッポーは勢いよく空へと飛び立ち、その小柄からは想定できない打開策を体の中から引っ張り出した。
出てきたのは小型の木槌とブレスレット。どこか見覚えのあるこれらの道具とその取り出し方に俺は動揺を隠せない。
「お前、今どこから? それに、これって……」
さらに驚くことにそのブレスレットには裁判官の証であるバッジが取り付けられている。
だが、その疑問はロッポーによって遮られてしまった。
「詳しい話はあとでするッポ! そのブレスレットを腕につけて、ガベルで叩いて変身するッポ!」
「ガベル? えぇと……」
数回前の講義で聞いたことがある気がするが、いまいち思い出せない。
だがとっさにそれが小型の木槌であることは何となく感じ取れた。判決を言い渡すときや裁判の開閉廷の際に必要となるガベルはまさに裁判官の象徴ともいえる商売道具だ。
「ガベルを知らないなんて……本当に大丈夫ッポ……?」
「仕方ないだろ! 実務演習はまだ履修できなかったんだよ!」
ロッポーの不安を即興の言い訳でかき消し、ブレスレットを左腕に装着する。
すると驚くことに、腕にかざしただけでこちらの腕周りに合うようにぴったりと巻き付いた。
バッジは時折黄金の輝きを見せ、その中に秘められているだろう力を、否が応でも感じさせる。
だが、これで満足してはいけない。後は変身と言っていたが……
「それで、変身って?」
「ガベルでバッジを思いきり叩くッポ! バッジが回転した後はシステムに身を任せるッポ!」
「……変身って言わないといけないのか?」
「ただの景気づけだッポ! いいから、早くするッポ!」
切羽詰まった様子のロッポーだが、正確に変身の手順を指南してくれた。
それにしても変身にガベルを使うとは、まるで裁判の開廷だ。このデバイスを開発した奴はなかなかの曲者に違いない。
そう思うのもつかの間に、切羽詰まった状態のロッポーを見て、俺はようやく怪人の存在を思い出した。こちらに集中しすぎたせいで肝心の相手を見失っていた。
「急ぐッポ! デンジャの攻撃が来るッポ!」
痴話げんかをしている間に、状況は最悪にまで落ちてしまったようだ。
まるで蚊帳の外にされたことに怒りを感じているかのように、怪人から立ち込める殺意はさっきまでの比ではない。
全身からは先の攻撃とは比べ物にならないほどの無数の触手をあたりに漂わせ、その先端のすべてを尖らせ、鋭い渦状を作っている。
次の瞬間、その無数の触手が一斉に、四方八方、あらゆる方向から俺達を襲った。
だが、それとまったく同時に俺もガベルでブレスレットを叩く。
その勢いで回転しだしたバッジは激しい閃光を放ち、周囲に光をともし始めた。
後は景気づけだ。ヒーローではなく、一裁判官として、この怪人に裁きを与えるために発する掛け声は変身ではない。
これから始めるこの違法者の裁判に必要な言葉はたった一つ。
「開ッ…廷!」
「ッポー‼」
そんな宣誓に呼応するかのように、ロッポーも再び巨大な本へと形を変え、一瞬の内に俺を包み込んだ。
怪人から伸びた無数の攻撃はたちまちロッポーによって阻まれ、その中への一切の干渉も許さない。
全てを防ぎ切ったロッポーは、先ほどまでのボロボロな様子を全く想起させず、その堅固な守りはびくともしていなかった。
そうしてゆっくりと、次第に勢いよくページが開き始める。
止まったページは実に刑法204条の傷害罪、並びに261条器物損害財。
そこに立っていたのは法の化身に姿を変えた俺の姿だった。
装着された頑強なプロテクターには、その胸元にまるで明治初期の法服を彷彿とさせる黄金の桐花の文様が浮かび上がり、腕には飛び道具のような砲台が取り付けられた籠手が装備されている。
しかしながら俺にはまだ実力不足だと言わんばかりに鎖による拘束がその腕を強く締め付けていた。
腰から広がる銀杏色のマントは変身の反動で勢いよく宙にたなびき、怪人を見つめるヘルメット、いやマスクと呼ぶべき頭蓋のそれは中で倒すべき怪人のデータ収集が高速で行われていた。
アクセス名は、law-tector。
怪人の名称はデンジャと言うようだ。しかしそれは一個体名ではなく、あくまで種としての呼称らしい。
それを知ってロッポーが頑なに俺の提案を受け入れようとしなかった理由を悟る。
だが、この先の長い戦いを心配するのはこいつを倒してからだ。
「jkvbfjkdcjkdcdbvkjbkj……!」
そうして怪人へと対面した俺の視線の先にはそれまで警戒以外の一切の情趣も見せなかった怪人、もといデンジャが怯えたようなしぐさをとっていた。
その様子から鑑みるに、この武装の能力は折り紙付きのようだ。ならば後は俺の気合のみ。
デンジャへの追い打ちと言わんばかりに、そして自分自身を奮起させるように俺は怪人へと名乗りを上げた。
是こそは法の化身、無法者をさばく正義の代理人。
「ロー・テクター……遵法戦士ロー・テクター‼ 無法者に裁きを与える、法の守護者だ‼」
『遵法戦士ロー・テクター 第一話 「国民の総意」』Bパートより
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