第35話

 由希とまひろは二人でミントの部屋に訪れていた。

 5年前に由希たちを襲った男が再び現れたということと、瑠香から聞かされたその男の素性をミントに報告した。

 由希たちの説明を一通り聞いたミントはしばらく考えこむような顔をした後、徐に口を開いた。

「どうして襲われてすぐに私に報告しなかったにゃ」

「それは……」

「CSは以前も説明した通り、能力を私利私欲のために使う連中にゃ。そいつらに目をつけられたということがどういうことかわからないわけじゃあるまいにゃ」

 ミントはどこまでも正論だった。

 まさか、喧嘩していてそれどころではありませんでしたともいえない。

 まひろの同じことを考えているようで黙ってうつむいていた。

 そんな二人の様子に、ミントは諦めたようにため息をついた。

「まあ、無事だったから今回は不問にするにゃ。次からはしっかりと報告するように頼むにゃ」

「はい……すみません」

「わかればいい……にゃ……へ」

「へ?」

 突然ミントが可笑しな表情であらぬ方向を見つめだした。

「へ、へ」

「あ、あの」

「へええええええくしょおおおおおん、にゃあああ」

「おわっ!」

 ミントが信じられないくらい大きなくしゃみをした。

「ふああ、すまにゃいにゃ」

「いえ、その……風邪ですか?」

「いや、アレルギーにゃ……ぐぬぬぬぬぬ!」

 ミントは今度は怒りに震えているようだった。

「奏の奴が猫を連れてきたにゃ。この前公園で助けてあげて、ここで飼わせてほしいって」

 そこまで言って、まひろは理解したようで、こめかみに手を当てて、ミントの代わりに言った。

「ミントさんはね、猫アレルギーなの」

「は、はあ?」

 由希は余りの事実にあっけにとられた。

 猫アレルギー、って?

 語尾がにゃ、なのに?

 訳が分からない状態の由希を他所にまひろがミントに尋ねた。

「それで、猫はどうしたんですか」

「そんなの、許してやったの決まってるにゃ……支部長たるもの、オーナーの心のケアは最優先事項にゃ……ずるる」

 ミントがまるで幼稚園児のような音で鼻をすすった。

 そんな彼女の姿に、由希はひそかに感心していた。

 自分の健康を差し置いても、奏の気持ちを優先してくれた事に感謝するほかないだろう。

「はあ、しんどいにゃ……まあ、というわけで次の任務にゃ」

「え?」

 急な話に由希は面喰った。

「また何か事件が起きたんですか?」

「チーン……何を寝ぼけたことを言ってるにゃ。事件はさっきお前たちが言ったにゃ」

 ミントが鼻をかみながら、不敵に笑った。

「そのCSの男を撃退する。それが次の任務にゃ」

「な、なるほど。そういうことですね」

 ミントは以前使ったホワイトボードを引っ張ってきた。

「由希の報告から推察するに、そいつの能力は空間系の能力にゃ」

「空間系……」

 初めて耳にする言葉だった。

「能力の発動はその男の裂けたような大きな口であると考えられるにゃ。その口と異次元が繋がっていて、空間に直接干渉し、飲み込んでしまうにゃ」

 ミントはホワイトボードに、戒が大きな口を開けている絵をかきだした。

「お前たちの攻撃がそいつに届く可能性は低いにゃ。由希の能力は直接的に攻撃できるものではないし、まひろの能力も飛び道具である以上奴の攻撃に無効化されてしまうだろうにゃ」

「なら、一体どうすれば」

 由希の問いかけに答える代わりに、ミントがペンのキャップを閉じた。ボードにはいつの間にか、口を開けている戒に向けて、釣竿を持った恐らく由希とまひろと思われるキャラが竿を垂らしているイラストが書かれていた。

「名付けて、フィッシング大作戦にゃ」

「フィッシングっていったいどうやって」

「これから毎晩お前たちには夜、二人で出歩いてもらうにゃ、釣りで言う餌になるということにゃ」

「はあ」

「まあ正直この段階では出たとこ勝負になるにゃ。とはいえ、そいつはお前たちに執着しているようにゃから、数日の間に姿を現すと思われるにゃ。それなれば、釣りで言うヒットをした状態にゃ……そして最終的にそいつを人気のないところにおびき寄せてくれればいいのにゃ。釣り上げた状態にするって事にゃ」

 由希はようやくフィッシング作戦なるものの概要が見えてきた。

 しかし、肝心な部分の疑問は残ったままだった。

「そいつを釣り上げて、それからどうすればいいんですか」

「どうするって、それで終了にゃ」

「え、ええ?」

「お前たちはそのまま帰っていいにゃ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「なんにゃ」

「そんないきなりそんなこと言われても」

「私が大丈夫と言ってるにゃ。お前たちはとにかくそいつを釣り上げることに集中すればいいにゃ」

「でも、作戦の詳細くらいは!」

「ああ、もううるさいにゃ。こっちは鼻がかゆくてかゆくてしょうがないのにゃ。つべこべ言わずに行ってきなさいにゃ!」

 ミントはそう言って、由希とまひろを部屋から追い出した。

「ミントさん、大丈夫なのか」

「しばらくしてれば鼻水は止まるわ」

「そうじゃなくて、作戦の事だ」

 勘違いに気づいて、まひろが照れくさそうになりながら、

「あの人は間違いなく今までこのアイギスを率いてきた実力者よ。とにかく言われた通り、今から出ましょう」

「……わかった」

 妙に確信めいたまひろに、由希は頷くしかなかった。

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