第34話


 由希はまひろに招かれて、彼女の部屋を訪れていた。

 数年ぶりに入る幼馴染の部屋に由希はかすかな緊張を覚えながら、カーペットの床に座った。

やがて、まひろがお茶を持ってきた。

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

「なんか、懐かしい」

 テーブルをはさんで由希の向かいに落ち着いたまひろが不意に呟いた。

「ん?」

「昔は由希もよく私の部屋に来てたよね」

「そうだっけか」

「そうだよ。えっとね……」

 まひろがおもむろに、棚から分厚い本を取り出した。

 中を開くと、由希とまひろの幼少期の写真が納められていた。

「そんなのあったのか」

「知らなかったの?由希の家にもあるはず」

「見たことないなあ」

 由希はなんとなく照れくさい気持ちになる一方で、まひろは懐かしむように笑みを浮かべながら、ページを手繰っていた。

 二人で公園で泥遊びをしている写真、小学校の運動会で一緒にお昼のお弁当を食べている写真、河原で楽し気に水遊びをしている写真。

 そんな風に由希とまひろが若かりし自分たちを懐かしんでいると、

「……あっ」

「……うおっ」

 不意に、由希とまひろが一緒にお風呂に入っている写真が出てきた。

 気まずい沈黙が二人の間に漂う。

「あ、はは、こんな写真いつの間に取ったんだよなあ」

「ほ、ほんとにね」

「写真を見るのはこれくらいにしてよ、ここに来た目的を果たそうぜ」

「ああ、そうね」

 由希の言葉を助け船に、まひろが立ち上がった。

 部屋の奥の方にある箪笥の中を漁りだす。

 居心地の悪い雰囲気から解放されたと由希が安堵していると、徐にまひろが呟いた。

「……どうして」

「ん?」

 まひろがわなわなと震えながら、何かを凝視していた。

「ない……」

「ない?」

 まひろが振り向いた。その顔は蒼白だった。

「お、おかしいわ。由希にもらった……大切にして、ここに確かにしまっていたのに」

「お、おい、まひろ」

 ただならぬ様子に由希がまひろの元へ駆け寄った。

 まひろの手には空の小さな箱が握られていた。

 まひろは何も入っていない空き箱を見つめながら、

「由希にもらった指輪が、ないの。おかしい、絶対にここに入れておいたはずなのに」

「お、落ち着けよまひろ」

 可愛そうなくらいに動揺しているまひろの両肩に手を置いて、由希はなんとか宥めそうとするが、まひろの震えは一向にとまる様子はなかった。

「ごめんなさい、由希がくれた大切な物なのに」

「まひろ!」

 由希がまっすぐまひろの顔を見据えて、呼びかけるとようやくまひろの瞳の焦点があった。

「ごめんなさい、由希。本当に……ごめんなさい」

「いいんだまひろ。そんなの」

「でも、せっかく由希が」

「また買えばいいだろ」

 それでもまひろは罪悪感を感じているようで、由希の右手を見つめていた。

 彼女の視線は由希が今もつけている指輪に注がれていた。

 由希は、指輪に手をかけ、引き抜いてごみ箱に捨てた

「こんなの、もう必要ない」

「え?」

 由希の行動にまひろは驚いているようだった。

 そして恐る恐る聞いてきた。

「いいの?」

「ああ。もともと高いものじゃないんだし」

 安心させるために由希は出来るだけの真剣さを言葉に込めた。

「……うん」

 何とかまひろが納得してくれたようで、由希は安堵した。

 その後は気を取り直したまひろと、新しく買う指輪について等、楽しく話をすることが出来た。

 会話をしながら、由希は先ほどのまひろの様子を思い出す。

 無くしたことを悟った時のまひろの狼狽ぶりからして、彼女がどれだけ指輪を大切にしてくれていたのかが伝わってきた。

 それにしても、一体指輪はどこにったのだろうか。

 やはりまひろの勘違い?

 しかし先ほどのまひろの様子だと、あの場所にあることは確信しているように見えた。

 なら、誰かに盗まれた。

 小さな子供に買える程度のものだ。

 盗むメリットがない。

 考えても答えは出なかった。

 とはいえ、由希の中ではもはや指輪がどうなったか事態に大きな意味はなかった。

 二人が長い間一緒にいる幼馴染であるという事実は変わらないし、まひろが由希を思っていることもわかった。

 ただ自分とまひろの信頼関係を確認できたのこと。

 それだけで、他には何もいらなかった。

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