第27話 【赤いビキニ】
「うあ、可愛い。綺麗ね。ベッドは少し小さくなったね」
つかさはもう、お母さんや弟の事は言わなかった。いよいよ、二人だけの恋人同士の世界だ。
「プールあったね。水着持って来た?」
「うん、持ってきた」
「俺も持ってきたけど、そんなに暑くないね。寒いかもね。街に出て、帰ってから暑かったら泳ごうか」
オアハカのホテルにはプールがあると事前に分かっていたから私たちは申し合わせて、水着を用意してきた。
「どんな水着持ってきたの?」
私は、この涼しさだったらプール遊び、中止になり、つかさの水着姿が見れなくなるかもしれない。せめて水着だけでも拝ませてもらおうと言ってみた。すると、つかさも見せたかったのか、スーツケースを開けて、ニコニコ笑いながら真っ赤なビキニを両手で上下に持って見せた。
「わー、つかさ、最高。完璧。行こう、行こう。プール行こう。着替えて、寒くなる前に、今のうちに、行こう」
私は、つい興奮してしまい、脳出血で倒れて以来、まだ一度もプールや海には行ってないことを忘れて、行こうと言ってしまった。
「こうじさん、泳げるの?」
「泳げないけどなんとかなる。昔はカッパだった。でも倒れてからは一度も泳いでない。つかさサポート頼む。ビキニのためだ。頑張る」
「あははは、エロオヤジ」
つかさはこの旅で一番大きな声で笑った。バスルームでつかさが先に着替えて、私はそのまま部屋で着替えた。左手が使えないので、紐が結べず、パンツの紐は、つかさに結んでもらった。それぞれ上着を着てバスタオルを持ってプールへ向かった。
プールは中庭にあり、庭の端には大きな植物が多く茂っていた。玄関から入る時、一階建てと思っていた建物は、二階建てで中庭を囲んでいた。二階はテラスとレストランを兼ねていて、屋根にテラコッタを飾ってあるように見えたのは二階のテラスの外側に置いた植物だった。プールには子どもも含めて何組か既に入って楽しんでいた。私は、半身麻痺なので、プールに出入りする時が一番心配だったが、それは、手摺とハシゴ、つかさのサポートで何とかなった。リハビリのためにプールへも通いたいと思っていたが、この辺が不安でこれまでなかなか踏み切れないでいた。物事は思わぬことがきっかけで前に進むものである。日本に帰ってからでもプール行ってみようと思った。水は、思ったより冷たくなく、ちょうど良いくらいだった。これなら寒くなることもないだろう。私は、恐る恐る泳いでみた。ほぼ横泳ぎで、右手、右足だけで前に進んだ。想像はしたことあったが、意外と泳げた。浮いておくだけなら左側が動かなくても大丈夫だ。パラリンピックの選手が水の中では自由だというようなことをテレビ言っていたが、プールの中のリハビリの可能性を感じた。このきっかけをくれたつかさにまた感謝である。
最初はつかさも泳いでいたが、そのうち、私の背後に回り、背中にしがみついた。私は、一瞬、前につんのめり、頭まで沈んでしまったが、直ぐに持ち直し、立ち上がった。プールでは転ばない。ほんと自由だ。
「だーれだ?」
「うーん、つかさ」つかさがビキニで私の首に腕をかけ、背中にしがみついている。
こんな色っぽい、恋人同士みたいなシーンで、私は、もうすぐ30歳になろうとしている自分の娘が6年生の時、沖縄のホテルのプールで二人遊んだことを思い出していた。娘が高校二年生の時、私は倒れた。リハビリ入院中、娘が見舞いに来る幻影を見るほど、待ち焦がれていたが、実際にはサッカーの部活など忙しく、一回しか来なかった。それから娘は大学、東京就職となり、一緒に過ごせなくなった。若い子に惹かれてしまうのは、ひょっとしたら娘コンプレックスなのかもしれない。つかさの肌が直接私の背中に触れている。妙に欲情してしまうより良かったか。私は娘を思い出し、つかさは恋人との戯れを想像したかもしれないが、私たちは一時間ほどでプールを出て、外に繰り出すことにした。髪の毛はあっという間に乾いてしまった。さすがは乾燥地帯である。
今日は、10月31日、明日と明後日が、亡くなった人が生者の国に帰って来るという日である。いわゆる死祭。私がつかさからこの言葉聞いてから随分と経った気がするが、遂にこの日に、ここに二人やって来た。今日は前日だが、もう街は死祭ムードで、公園や広場にオフレンダと呼ばれる祭壇が飾られ、マリーゴールドの花を中心に様々な花やカラフルにペインティングされた骸骨が飾られている。死者が帰ってくるということからすると日本のお盆と似ているが、ここメキシコでは、至って明るく、カラフルに音楽も高らかに賑わって迎えるらしい。これは、最初につかさから聞かされた説明だが、ここに来るに至って、色々調べ始めてだんだんはっきりしてきたことだ。そして、今本物を見ながらそれを実感している。宗教はキリスト教で、カトリックみたいだが、やはり宗教的な由来も日本とは違うようだ。この祭に何故つかさがこれほど惹かれたのか、これもリメンバーだけではない何かあるのか。今夜は、夕方から死者の日墓地見学ナイトツアーに出る。
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