生贄の少女と魔族の騎士

木村

第一章 呪いの星と真実のキス

プロローグ

 ――かつて、その塔には一人の少女がいた。

 産まれたときから塔に幽閉され、生きるのに必要な最低限のものだけを与えられた、名前すらない哀れな少女。しかし彼女を哀れむ人間は一人もいなかった。

 彼女は、人間から産まれたわけではなかった。

 彼女は英雄――魔族との戦いに終止符を打った、トロイア帝国の元皇女にして美しき英雄、ヒュリアローゼ・シャルル・トロイアの細胞を素に作られた人工の人間、いわばヒュリアローゼのコピーだ。最初から、ヒュリアローゼに身を捧げることを目的に作られたスペア、それが彼女だった。だから彼女には教育も与えられず、名前も与えられず、愛も与えられず、ただ生きることだけが求められていた。

 しかし、六歳になった春の日に――彼女は塔から追放され、魔界に落とされた。それは『ヒュリアローゼにかけられた石化の呪いがついに発動し、最早スペアなどあっても何の役に立たないから』だ。

 そうして役立たずとなった生贄は、何も知らぬまま魔界に落とされ、そのまま何もできぬまま潰えるはずだった。

 しかし、――少女は淑女となり、かつて幽閉されていた塔に帰ってきた。



「ここで始まったことを全て、……終わりにしましょう」



 塔にかけられた魔法を全て無効化し、かつて自分に治験と称し虐待の限りを尽くした男を見下ろして、彼女は宣言する。



「これ以上の悲しみを生まぬために」



 これは、すべての悪縁に終止符を打つために、多くの魔族を引き連れた彼女がこの塔に戻ってくるまでの物語だ。

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