第17話 #17


 「え!? マジ!?」


今年で一番早い目覚めだった。開ききらない瞼を無理やり開けてスマホを開くと、画面には私が昨日SNSに投稿した呟きに早乙女達月さん本人からの「いいね」が届いていた。その一瞬で目が覚めた私は、羽ばたくように寝床にしていた柔らかいマットレスから飛び起きた。ここ数年での一番驚いた出来事と確実に言えるだろうこの出来事は、私の指を無意識に動かしていた。


 『佳苗! やばい! すっごくいいことあった!』


興奮が冷めないままメッセージを送り、改めて時間を見てみると普段よりも1時間以上早く目が覚めていた。朝の5時半にはさすがに佳苗も寝ているだろうしメッセージを送るのも非常識だったかもしれない。いつも寛大な心の広さで私を許してくれる佳苗に心の中で謝ってからもう一度スマホの画面を見た。心が躍りながらSNSのプロフィール画面を開くともう1件、通知が届いていることに気づいた。通知ボタンを押すと、そこには再び早乙女さんの名前が書かれていて、私の呟きを拡散するように引用のリツイートと一緒に文章が綴られていた。


 『僕にとっての秘密基地はあなたの声です。いつも動画を楽しみにしています。これからもよろしくお願いします』


私の目から涙が出そうになっているのか、視界が滲み目頭がじんと熱くなる。気がつくと私は佳苗に電話をかけていた。何かもう、時間帯とか朝とか明け方とか関係なくこの感動を佳苗に伝えたかった。佳苗は意外とすぐに電話に出た。


 『もしもし』


普段と変わらない落ち着いた声で佳苗の声がスマホ越しに聞こえてきた。いや、そうでもないか。さすがに少し声がいつもより低い。


 『か、佳苗! おはよう! ごめん、こんな朝早くから!』

 『大丈夫だよ。それよりすっごくいいこと、教えてよ』


しししと笑いながら、私の声を待つように佳苗の息遣いが聞こえてくる。私の勘だけれど、多分佳苗は目を瞑っている。


 『あのさ、私の好きな小説家で早乙女達月さんっているじゃん』

 『うん。少しネガティブなことを定期的に書いてる小説家だよね?』

 『そうそう! その人からね! 「いいね」と引用リツイートされたんだ! しかも私の弾き語り動画を見てくれてるっぽくてさ! それに対してのコメントもくれたんだよ! さっき、起きた瞬間嬉しすぎて心臓飛び出るかと思っちゃった!』

 『すごいじゃん。有名人に存在知ってもらってる時点ですごいけど、ちゃんと向こうからもコメントが来るなんて。フォローされた?』

 『それはされてないんだよね! けど、もしされたりなんかしたら私、心臓止まっちゃうかもしんない!』

 『今でさえそんなに興奮してんだもんね。まぁ確かにこれはすっごくいいことだね。良かったじゃん、最近しんどそうな顔してる時が多かったからちょっと安心したよ』

 『本当? 顔に出てた?』

 『そうだねぇ、無理して笑顔作ってるみたいな感じかな。ちゃんと仕事してるし丁寧に接客はしてたけど、普段とは違う振る舞い方だったと思う。多分、私ぐらい日菜と一緒にいる人じゃないと気づかないぐらいのレベルだったと思うけどね』

 『そっかぁ。人には気づかれないようにしてたんだけどね。さすが佳苗様だよ。お見通しですねぇ、全部』

 『そうだよ。隠し事とかしてたらすぐ分かるから』

 『えへへ。佳苗が言うと説得力あるなぁ。もちろん佳苗には何事も包み隠さずに言うよ』

 『うん、よろしく。ちょっと大袈裟かもしれないけど、日菜は自分で自分の命を終わらせようとしてるぐらい思い詰めてる雰囲気を醸し出してる時があったからさ。心配になる時があるんだよ』

 『え……? 本当に?』


思いもよらないことを佳苗から言われ、私は言葉が詰まった。そんな時があったのだろうか。自分では全く心当たりがない。まぁ確かに学生時代は良い思い出なんか無かったし忘れたい記憶の方が多い。私が過去を思い出していると、スマホ越しで佳苗が私を呼んだ。


 『日菜、いま私、大袈裟に言ったと思うからあんまり深刻に受け止めちゃダメだよ。何が言いたいかっていうと、もっと私を頼ってねってこと』


何だろう。勘だけれど、今日はとってもいい日になる気がする。早起きは三文の徳という言葉があるけれど、あながち間違いじゃないのかもしれない(使い方が合っているかは知らない)。


 『ふふ。ありがとう。いつの間にか佳苗が私を大切にしてくれてる話を聞かせてもらっちゃった。今日は朝から色んな感情になって大変だよ』

 『今は私に隠してること、ない?』

 『うん、ないよ! ありがとう』

 『オッケー。なら私から言いたいことは以上。また小説家さんの話があったら聞かせてよ』

 『もちろん! いっぱい聞いてほしいよ』

 『この時間から電話されても聞くから』

 『あはは、ちょっと興奮しちゃってかけちゃった! ごめんね、朝早くから』

 『ううん。、いいんだよ。何なら今日はずっと起きてたし』

 『え!? 本当に? 寝てないの?』

 『うん。最近買ったゲームが面白くてさ。夜通しやっちゃったよ』

 『出た! 最近はゲームから離れてたのに再燃しちゃったんだね! 私には絶対出来ない生活してるから本当にすごいよ。仕事中、寝ちゃダメだよ』

 『どうだろなぁ。今日は客少ない水曜日だし天気も良さそうだから睡魔は確実に迎えに来るだろうね』

 『堂々と言うんじゃないよ。じゃあ、また職場でね』

 『はーい。また後で』

 『話、聞いてくれてありがとうね』

 『全然。いつでも電話して』

 『ありがとう佳苗。じゃあね』

 『はーい』


電話が切れた頃には電話をかける前とは全く違う感情になっていた。無機質な電子音が私の耳に届いていても、なかなかその手を下ろすことが出来なかった。他人とは深く関わりたくないと思っている私だけれど、やっぱり佳苗だけは側にいてほしい改めて思った。私は感謝を伝えるように佳苗のプロフィール写真に撫でるようにゆっくりと触れてからスマホをポケットに入れてベッドから立ち上がった。普段は絶対しないけれど、今から家の周りを少し散歩してみようと思った。まだ太陽が顔を出すには少し早い時間だった。

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