8月32日

カビ

第1話 上

「……やっちゃった」


目覚まし時計代わりに使っているスマホは、お昼過ぎを示している。


「なーんで、お母さん起こしてくんないのよ」


今までもアラームをセットし忘れて寝てしまったことはあった。でも、いつまでも起きてこない娘をお母さんが叩き起こしてくれる流れが鮫島家にあった。


新学期を機に自分で起きれるようになれってことかな?


「もう、急いでも仕方ないや。ゆっくり行こう」


自室から出てリビングに降りる。


「……お母さん?」


ソファか台所にいると予想していたけど、お母さんの姿は見当たらなかった。

トイレ・洗面所・お風呂・畳の部屋と、全ての家の空間を確認したけど、やっぱり見当たらない。


急な外出が必要な用事があったのか?

焦燥感に耐えられず、外に出る。

出たところで、お母さんの居場所が分かるわけでもないのに。


「??……?」


しかし、そこに広がっていたのは、見慣れた無機質な鉄の建物なかった。


河原だ。


しかも、お昼のはずなのに嫌に薄暗い。

なんだか、不安になってくる暗さだ。

気持ち悪かったので、一旦家に戻ろうとしたら、もう我が家のドアはなかった。


「ハウルの動く城か!」


混乱から、対して面白くもないツッコミを入れてしまう。


「……ふぅ」


落ち着け。

私はクールであることに定評のある鮫島紗希。これくらいのことでパニクってはいけない。


とにかく、人を探そう。

漫画やゲームでは、こういう変な世界の説明をしてくれるサポートキャラがすぐに登場すると昔から決まっている。


意を決して歩き出す。

慌てて裸足で出てきてしまったから、石だらけの河原を歩くのがダルい。

クソー。後でケアしてあげないと。


都会の中学生女子にこんなところ歩かせるな。生まれてこの方、裸足で歩いたことなんてないよ。

足が痛くなってきた。休憩しようとしたタイミングで、人影が見えた。


あれは、小学2.3年生の女の子だろうか。

よし。私は年下の女の子と仲良くなるのが得意なのだ。周りが言うにはクール系美人らしいからな!


怖がらせないように、柔らかい笑顔を作って近づく。

私の気配を感じ取ったのか、女の子が振り返る。


あれ?なんか見たことある顔だな。

いや、むしろ毎日見ている。

嫌でも視界に入る、我が家の仏壇の中央の写真の女の子だ。


「あ!紗希だ!どうしたの!?」


おとなしかった幼い私に何かと話しかけてくれていた、この元気な声は、間違いない。


「…お姉ちゃん」


9年前に亡くなった、私の姉だった。

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