　学校というものは細（こま）かい休（やす）み時間（じかん）が多（おお）くて、その合間（あいま）に少（すこ）しずつ、彼女は話（はなし）をしてくれた。話を聞きながら、私は彼女の、やや色素（しきそ）が薄（うす）い髪（かみ）を見（み）つめる。繊細（せんさい）な色合（いろあ）いが、そのまま彼女の人格（じんかく）を表（あらわ）しているようで興味（きょうみ）深（ぶか）い。女の子はいい。私も女子だが、武骨（ぶこつ）な男（おとこ）が家（いえ）には多（おお）くて。色々（いろいろ）とあって、私は男（おとこ）嫌（ぎら）いになっていて、その反動（はんどう）で同性の女子を好（この）んでいるのだった。

「話（はなし）、聞（き）いてる？　何（なん）で私の髪（かみ）を見（み）てるのよ、聞（き）く気（き）がないなら話（はな）さないわよ？」

「聞（き）いてる、聞（き）いてる。ちょっと頭（あたま）の中で整理（せいり）してただけよ。お友達（ともだち）が自殺（じさつ）した。それが、あんたの恨（うら）みだよね」

　今年の四月に、彼女のクラスメイトが自（みずか）ら命（いのち）を絶（た）ったそうだ。その子の性別（せいべつ）は、話（はなし）からは分（わ）からなかった。分かったのは、自殺した子が同性（どうせい）愛者（あいしゃ）で、いわゆるＳＮＳをやっていて。そしてネット上（じょう）や学校で、誹謗（ひぼう）中傷（ちゅうしょう）されて、立（た）ち直（なお）れなかったのだという。

「優（やさ）しい子だったのよ。私とは幼馴染（おさななじみ）でさ。それで、その子が中学生になってから、『ジェンダーレスな社会を作（つく）りたい』って言って、ＳＮＳを始（はじ）めて。私は正直（しょうじき）、よく分からなかったから何（なに）も言えなかった。そして、その子の熱意（ねつい）は嘲笑（あざわら）われたの。もちろん、バカにしてきたのは一部（いちぶ）の人間だけよ。でも、それを言ったらイジメだって同（おな）じじゃない。一部（いちぶ）のバカが言葉で暴力（ぼうりょく）を振（ふ）るって、それで死者（ししゃ）が出（で）たら黙（だま）り込（こ）むのよ。死（し）んだ人間は帰（かえ）ってこないのにさ」

「なるほどねぇ。ネットで中傷（ちゅうしょう）してきた連中（れんちゅう）は、身元（みもと）が特定（とくてい）できないから復讐（ふくしゅう）もできない。でも学校で、同じクラスで中傷してきた女子は分かってるから、そいつを殺（ころ）したい。そういうことね」

「……仇（かたき）を取（と）りたいのよ。あの子が傷（きず）ついてたとき、私は寄（よ）り添（そ）ってあげられなかった。巻（ま）き込（こ）まれて、私も叩（たた）かれるんじゃないかと思うと怖（こわ）かったの。間違（まちが）ってた。もっと私が手（て）を差（さ）し伸（の）べてたら、あの子は今も生（い）きてる。だから、せめて今からでも何（なに）かをしたいの」

　その『何（なに）か』が殺人（さつじん）ということらしい。具体的（ぐたいてき）な計画（けいかく）は立（た）ててないみたいだけど、だからと言って、彼女が口（くち）だけの人間だとは思わなかった。むしろ突発的（とっぱつてき）な行動（こうどう）こそが恐（おそ）ろしいのだ。女の子は暴力（ぼうりょく）を振（ふ）るわれれば、男よりも簡単（かんたん）に死（し）ぬ。殺意（さつい）というものを甘（あま）く見（み）てはいけない。

　それで、話を一（ひと）通（とお）り聞（き）いた後（あと）も、学校で私は彼女に付（つ）きまとい続（つづ）けた。四月にクラスで自殺者（じさつしゃ）が出て以来（いらい）、彼女は周囲（しゅうい）と対立（たいりつ）して浮（う）いていたけれど、私は全（まった）く気（き）にならない。そういうわけで、晴（は）れて私はスクールカーストの最下層（さいかそう）に転（てん）落（らく）したようだった。未（いま）だに私は、スクールカーストというものが良（よ）く分からないのだが。

「貴女（あなた）も変（か）わってるわね。私と話（はな）してたら、他の子から無視（シカト）されるわよ？」

「別（べつ）にいいよ。友達が居（い）ない者（もの）同士（どうし）、二人（ふたり）で連（つる）もうよ」

　私が付（つ）きまとうものだから、私と彼女は常に学校で一緒（いっしょ）で、周囲からは「で（・）き（・）て（・）る（・）んじゃないか」などと言われてるようだ。面倒（めんどう）だったので、彼女も私も弁明（べんめい）はしなかった。私は何（なに）も気（き）にしてなくて、彼女には迷惑（めいわく）だったと思うけど、彼女も私を突（つ）き放（はな）そうとはしなかった。たぶん彼女も、話（はな）し相手（あいて）が欲（ほ）しかったのだろう。

　学校の廊下では、必（かなら）ずと言っていいほど女子が集団（しゅうだん）で歩いている。その女子グループは、私や彼女のような異端者（いたんしゃ）を見るたび、小声（こごえ）で何（なに）かを言（い）い合（あ）っては横（よこ）を通（とお）り過（す）ぎたり、遠巻（とおま）きに遣（や）り過（す）ごしたりしていた。そしてグループには中心（ちゅうしん）人物（じんぶつ）が居（い）て。その女子が、自殺者を中傷（ちゅうしょう）していて、彼女が殺（ころ）したがっている当（とう）の人物（じんぶつ）らしかった。

　私が転校してきたのは六月で、そして季節は七月になって、あっという間（ま）に夏休みの時期が来た。転校したと言っても、私は同じ県内（けんない）から越（こ）してきただけだ。そして県には海（うみ）があって、今の学校からは近（ちか）かった。海はいい。私は泳（およ）ぐのも、魚（さかな）を釣（つ）るのも捌（さば）くのも好（す）きだ。刃物（はもの）の扱（あつか）いには、ちょっと私は自信があった。

　夏休みになってからは、彼女と私は顔（かお）を合（あ）わせる頻度（ひんど）が減（へ）ったけれど、ラインは交換（こうかん）してたので。二人（ふたり）で水着を買いに行ったり、海で泳（およ）いだりしていた。穏（おだ）やかな日々（ひび）が続（つづ）いて、そこから事態（じたい）が変（か）わったのは八月半（なか）ばになってからだ。

『あいつのＳＮＳを見たわ。あいつ、今、海に居（い）る。チャンスだから、一緒（いっしょ）に来て！』

　電話で彼女が、そう言ってきた。私も彼女も、海までは急（いそ）げば一時間も掛（か）からない。標的（ターゲット）である女子は、ＳＮＳで海岸（かいがん）の写真と共（とも）に、「孤独（こどく）を満喫中（まんきつちゅう）、なう」とか書（か）いてたらしい。いや文面（ぶんめん）までは、私は知らないんだけど。

　海岸近（ちか）くで彼女と合流（ごうりゅう）する。時刻は午後六時過（す）ぎで、空（そら）は曇（くも）っていて薄暗（うすぐら）い。海水浴場（かいすいよくじょう）は閉（し）まっている時間（じかん）で、そもそも最近まで台風（たいふう）が来ていた影響（えいきょう）で、今は波（なみ）が高（たか）い。今日は海水浴場も遊泳（ゆうえい）禁止（きんし）となっていて、人は居（い）ないようにも見えた。

「居（い）るわよ、きっと。見（み）つけたら私が殺（や）りに行（い）く。貴女は見届（みとど）けてて」

　そう彼女が言う。彼女は急（いそ）いでいたのか、学校の制服（せいふく）姿（すがた）だ。私は動きやすい私服（しふく）で、下（した）はビキニの水着。ちょっと泳（およ）いでみたいなぁと思ってたので。首（くび）にはネックレスというかアクセサリーも着（つ）けていて、三日月（みかづき）型（がた）だ。私は用意周到（よういしゅうとう）なのだった。

　海岸を注意（ちゅうい）深（ぶか）く、二人で歩く。砂浜（すなはま）を、一人の女子が歩いているのが見えた。ＳＮＳの写真と服装（ふくそう）が一致（いっち）したようで、「あ（・）い（・）つ（・）よ」と隣（となり）の彼女が言う。私の目には、砂浜を歩く彼女は途方（とほう）に暮（く）れているように映（うつ）った。取（と）り返（かえ）しのつかないことが起（お）きて、どうしていいのか分（わ）からない女子。悪人（あくにん）でも何（なん）でもない、何処（どこ）にでもいる少女だ。

　砂浜の少女は、私たちに背（せ）を向（む）けて歩いている。隣（となり）の彼女が「殺（ころ）してやる」と呟（つぶや）いて、砂浜へ降（お）りて駆（か）けていく。武器（ぶき）も何（なに）もないが、背後（はいご）から襲（おそ）い掛（か）かれば殺害（さつがい）は可能（かのう）だろう。海に沈（しず）めれば水（みず）の事故（じこ）として偽装（ぎそう）できるかもだ。