ケロベロス
@_msk-funnyface
第1話
スタスタと夜道を走る音が響く。夜の散歩は中学生の時から続けている習慣だ。雨が降ってもヒルが降ってきても魚が降ってきたとしても必ずこうして走ることにしている。冷たい夜風を肌で感じながらいつものバス停に向かう。
いつものバス停とは昔使われていたらしいバス停で、今では使われている様子は見受けられない。俺は一つのことを除いて普通の高校生と自負している。友達はそこそこいるし、学力も運動神経も財力も平均的だ。それなのに、やはり目の前に奇抜なデザインのバスが止まっているのが見えている。夜に溶け込む真っ黒な色をしていながら、窓ガラスは赤いスプレー缶を吹き付けられている。中二レベルのセンスをしたバスがあったのだ。
『 ようやく来たな。』
俺は当たり前のように、その奇妙なバスに乗り込んでいった。
一歩踏み入れるとこの世のものとは思えない光景が広がっている。見たことない美しい植物が広がっており、透き通った綺麗な水が滝から流れ落ちている。雲ひとつない空からジリジリと太陽が照りつけてきている。
「これはなんなんだ。」
なんも無い空間から現れた清潔感のなさそうなおっさんが素っ頓狂な声をあげた。おっさんの周りを色とりどりの蝶が飛び回っている。
「え?」
おっさんと同じように現れたお姉さんは困惑している様子である。そして、あと一人同じように子供っぽいお姉さんが現れた。彼女は他のふたりとは違って、周りの景色を見ても感心してるだけで、驚いている様子は見当たらない。
「おい、お前らなんか知ってるか?」
おっさんがみんなに尋ねるが、お姉さん達はお互いに目を合わせて首をふっている。
「じゃあ、なんなんだよここは!」
汚い、醜い、短気と三点セットのおじさんは綺麗な空に向かって毒を吐く。突然の状況にパニックになっているとかではなく、元の人間性がこんな感じなのだろう。顔を合わせて一分も経っていないお姉さん達からの好感度も相当低いだろう。
「ねえねえ、まずはお互いのことを知ろうよ。名前と何をしててこの場所に引きづり込まれたのかを。」
唯一落ち着いていたお姉さんは冷静な判断が出来るらしい。僕はその事に素直に感心して頷いている。
「そ、そ、そ……うですね。」
もう一人のお姉さんは挙動不審だ。ここに来てからずっとあんな調子である。落ち着きがないのか、もしくは……。
「お前からやれよ、言い出したのはそっちだろ。」
「いーよー。私のことはさっちんって呼んでね。で、ここまでどうやって来たかというと、コンビニ行こっかなって思って、マンションのエレベーターに乗ったらここに着いちゃったんだよね。ほんと意味わかんないよね。」
みんな、あの趣味の悪いバスにのったわけではなかったんだ。普通の人はあんなバスに乗ったりしないのかな。
「私は入見です。そ、その……橋から川に飛び込んだらここに着きました。」
彼女がか……。
「は、じゃあここは死後の世界なのか?」
「ちょっと、私はエレベーター乗ったくらいじゃ死なないんですけど。あと、あなたも早く自己紹介。」
「俺は寛治だ。天神から大牟田行きの電車にのっ」
タラララララ ピンポッパンタんパンポパンタん
チャイムの趣味も悪いらしい。番組のオープニングみたいな音がこの世界に響き渡る。
『 ようこそ皆さん、あなた達はみなここに来ることになった理由を理解しているはずです。過去を振り返れば一瞬で分かるでしょう。これから、あなた達には生き残る一人を決めて貰います。他の人には死んで貰います。タイムリミットは、そうですね。そのうち気づくでしょう。ではまた。』
ピンポンパンポン
終わりのチャイムは普通なのかよ。
「おい、何わけわからんことを言ってんだよ。どこの誰か知らないけど、出てこいよ。一人以外死ぬとか何言ってんだよ。馬鹿じゃねえのか?」
「そんなこと言っても出てこないでしょ。それより、みんな心当たりある?ここに連れてこられた理由に。」
「わ……私は自殺しようとしたことじゃないでしょうか……。」
「じゃあ、どうして俺もなんだよ。」
「とか言って、心当たりがあるんじゃないの?」
「う……ねえよ。」
わかりやすいくらい図星なようだ。あの放送通り、みんな心当たりがある筈だ。なんも無いですよって感じに振舞っているあのお姉さんさえも。
「た……タイムリミットってなんなんでしょうか?」
「あ、知らねえよ。」
「でも、それがあるなら早く決めた方が……いいんじゃいですか?」
「馬鹿か。俺が選ぶのは自分の命だけだ。可愛いお姉さん達が俺の童貞もらってくれるならいいんだけど。」
「きっしょ。入見ちゃん、あっち行こ。」
「は……はい。」
こうして男女で分断されてしまったが、この選択は間違いだろう。一人を決めないといけない状況でバラバラだとタイムリミットで全員死んでしまう。だが、俺はとりあえず何もしない。
「ああ、くそ。どうすりゃいいんだよ。おい、無視かよ。やっぱり痴漢したせいなのかよ。こんなとこに連れてこられるなら、もっと可愛い子にしておけば良かった。」
分かってはいたが、やはりクソ野郎だ。そんなんだから、こんなところに連れてこられるんだよっという言葉を呑み込んで体に溜め込んだ。
それから暫く、寛治は寝ているとさっちんと入見が走ってきた。なにやら慌てている様子の入見を笑いながらさっちんが追いかけている。
「おーい、寛治。起っきろーーー。」
「んん……んがっ。」
寛治はその声が届いてない感じで、ぐっすりと眠っている。
「寛治、この。」
さっちんは思いっきり左足を振り上げ、寛治の右手を踏み潰した。
「ぐはっ。」
刀で斬られた侍のような声をあげて、起き上がる。
「おい、俺の事なめてんのか?」
「そんなことより、タイムリミットが分かったよ。」
「そんなこ……」
タラララララ ピンポッパンタんパンポパンタん
『 やっと、タイムリミットが分かったってね。けど、多分わかったのは入見のタイムリミットじゃないの?』
「そうだよ。入見ちゃんがだんだん水に濡れてきたってことは、ゆっくりだけど外の時間も進んでいるってこと。つまり、このままだと入見ちゃんはやがて死ぬ。」
『 正解。そして、寛治とさっちんのタイムリミットは……』
「終点に着いた時だよね。私はエレベーターが下に着いた時。そして、寛治は目的の駅に着いた時。」
『 おお、正解正解。中々、優秀だね。ちなみにこっちの世界の十分で、元の世界は一秒動いているよ。』
「俺のタイムリミットが最後ってことだろ。なら、余裕じゃねえか。こいつらを見殺しにする一択だ。」
『 そうするといいよ、ではまたね。もう、会わない人もいるかもだけど。』
ピンポンパンポン
不吉な言葉を残して放送は終えた。これからがこの世界のクライマックスになっていくのだろう。
「あ……あの、寛治さん。」
入見は寛治の耳元に口を運んで喋りかけに行った。
「どうした?」
「私に童貞と命をください。」
「は……?」
入見はそっと手を握って、ふぅっと耳に息をふきかけて誘惑している。普通だと、命を優先する状況だが、命を奪られる確証がないこの状況だからこそ、寛治の意思は揺さぶられている。
「私、自殺をして、またこの状況になって思ったんです。死の淵は最高に気持ちいいって。だから、まだ生きないとダメなんです。もっと、死の狭間に立っていたいから。ねえ、私とやるのはいや?」
寛治は完全に心を持っていかれた様子で、今にも頷きそうな様子である。入見が溺死するよりもさっちんのエレベーターが下に着く方が早いだろう。寛治をリタイアさせて、さっちんを見殺しにする作戦と思われる。
「ああ、い」
寛治が言い終わる前に、さっちんが投げつけた岩が寛治の頭にヒットした。
「おい、何をしやがるこの」
さっちんは言いかけた寛治の頭に岩を叩きつけて、頭蓋骨を砕いた。頭からどくどくと流れる真っ赤な血が辺りに飛び散っている。さっちんの真っ白なセーターを緋色に染め上げた。
「さーて、入見ちゃん。殺そうとするってことは殺される覚悟があるんだよね。」
当然のように人を殺して笑顔でさっちんは話しかける。入見はびびってズボンを薄黄色に染めた。そのままへたりと地面に座り込む。
「べ……別に殺そうとした訳じゃ」
「はーい、言い訳はダメ。」
そう言って、岩を入見の頭に叩きつける。
「ふー、これでみんな居なくなったね。」
そう言って、一息ついている連続殺人犯のさっちんの前に俺は放送室から出てきて姿を現す。
『 最後の一人になったね。これで、ゲームは終了だよ。』
「君がゲームマスターか。少年、まだ若いじゃん。で、ここはどこなのさ。」
俺はゆっくりと空に手を掲げる。そして、何も無い空間から現れた真っ黒な鎌を握りさっちんの首を刈り取った。
『 ここは地獄だ。そんなゲームの終わらせ方で生かしてやるほど優しくないよ。』
そう、このゲームはみんなが善人で自殺者の命を救う選択したらみんな助けて、違ったら全員殺すゲームだ。説明したルールは嘘である。俺は地獄の門番だ。人が集まったらオーナーに呼ばれて、こんな風に仕事をしているというわけだ。次の仕事はいつなのかな。
ケロベロス @_msk-funnyface
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