【完結】婚約破棄した後に気付いた思い
かんな
第1話
私――アリシア・ベルナールは、この国の皇太子と婚約している。その王子の名前は、エリック・セルヴァンド。容姿端麗で成績優秀、スポーツ万能、性格も温厚で人望もある完璧な人物だった。
だが、性格が温厚なのは建前だけで、実は腹黒い一面があったのだ。アリシアを婚約者に選んだ理由も、婚約者という立場を利用して自分の言うことを何でも聞く都合の良い女として手元に置いておきたかったからである。
そして今日もまた、エリックは婚約者であり許嫁でもある私を呼び出した。
「お前との婚約を破棄する!」
呼び出した用件について話す前に、開口一番そう宣言した。呼び出された時点で大体予想していたけど、やはり実際に言われるとショックが大きいわ……
「婚約破棄……ですか。ふふっ、一体何を言い出すかと思いきや」
一瞬だけ悲しげな表情を見せたものの、すぐに笑顔を浮かべて余裕たっぷりな態度を取った。それはまるで、「私はこんなことじゃ傷つかないわよ?」と演技をしたかったからだ。
しかし、そんな強がりはすぐに見破られてしまう。
「何を言っているんだ?そんな強がり言っても無駄だぞ!」
「婚約破棄だなんてそんなに簡単にできるわけがないでしょう?頭のいいエリック様なら分かるはずですわよね?」
身分の高い者が一方的に婚約を破棄したいと言っても認められることはないだろう。それが許されるとしたら、国で一番権力のある国王くらいなものだと思う
「……嗚呼、勿論分かっているさ!俺はあの愚弟とは違って馬鹿ではないからな!!」
エリック様の弟……ジョナス・セルヴァンドのことを指しているのであろう。彼は頭が弱く、勉強が嫌いなのだ。だけど顔は無駄にいいので女性にはモテていたりするし、この前は婚約者を婚約破棄していた。
そして無断で婚約破棄したせいで、相手側から訴えられてしまい多額の賠償金を払う羽目になったらしい。
そんな彼と比べられて馬鹿呼ばわりされるのは心外だと言わんばかりに、怒りに満ちた声音で言う。
ちなみにジョナスは現在謹慎処分を受けている最中である。理由は勿論、婚約者を勝手に捨てたことに対してだ。
「確かに普通なら婚約破棄なんて簡単に認められないと思う。だが……あんな弟みたいな真似をする俺じゃないってことは分かってくれるよな?」
「まぁ、それは……貴方に愛はありませんが、一応貴方の頭の良さは認めていますものね」
「だろう?俺もお前も愛なんてない。こんな婚約、破棄したいと思って当然だよな?」
「えぇ、そうですね。私達はお互いのことを好きではありませんから……」
お互いに愛はないということは事実なので否定しなかったし、実際エリック様も特に傷付いた様子はなかった。
「……だからさ、婚約破棄しようぜ?アリシア。もうお前は自由の身だ。ずっとここにいる必要もないんだよ、てゆうかお前って邪魔だし」
先程までの怒りを含んだ口調とは打って変わって優しい声で囁くように言った後、冷たい視線を向けた。
今まで優しかった彼の態度の変化を見て動揺したものの、すぐに平静を取り戻して微笑みながら返事をした。
「あら、随分と酷い言い草ですわね……!でも、そんな風に言われても私は別に気にしないのですけどね」
「そうか。本当に俺に愛なんてないな。俺もないけど」
「えぇ、そうですわね。では早速今すぐ婚約破棄致しましょうか」
婚約破棄。これは円満離婚よりも難しいとされているのだが、二人にとっては全く問題ないだろう。
何故ならば、二人は愛など存在しないからだ。
△▼△▼
――初めは愛があった。かっこよくて誰でも素敵な王子様のようなエリック様に惹かれていった。
だけど、いつからだろうか。彼に愛がなくなったのは。
いつからだろうか。彼と相応しくないと感じたのは。
きっかけは些細なことだった。彼が他の令嬢と仲良くしているところを目撃した。それだけだった。それを見た瞬間、胸の奥底で何かが渦巻いたような気がして気持ち悪かった。
だからこれは――。
「私の自業自得なんだよね……」
誰にも聞こえないようにポツリと呟いてため息をつく。
アリシア・ベルナールは昔から可愛げがなかった。誰にでも愛されるようなヒロインのように素直な性格ではなかった。
それに、どんな時でも冷静沈着で感情的になることはなかった。それがいけなかったのか、周りの人はみんな冷たくて無関心な人だと思ったらしい。
だから私は、いつしか孤立していった。
それでも良かった。一人でも全然大丈夫だった。だって、彼と自分の間に愛になんてないと思っていたから。だけども――。
「エリック様にも捨てられたら私は……」
今更になって後悔しても遅い。
―――私は、既に捨てられているのだから。
そして自分も了承し、婚約破棄が成立した。だが、本人の了承があってもなくても、婚約破棄を簡単に親が認めてくれない場合もあるらしい。しかし、元々の私は両親に愛されてなどいないのであっさりと認められた。
こうして、私――アリシア・ベルナールは自由の身となったのだ。
これでやっと自由に恋愛ができる。そう思ったのに。
――どうしてだろう。
何故か涙が止まらなかった。
自分はもう自由な身なのに、これから何しようと勝手なのに、なんで……っ! 愛なんてなかったはずなのに、そして愛してもいなかったはずなのに。
気付けば彼の面影を追ってしまう自分が嫌だ。
会いたいなんて思ってしまう自分が大嫌いだ。
「エリック様……」
彼の名前を呼んでみても何も変わらない。
いつも通り、虚しいだけ。彼は私ではなく、他の人が好きだと言うのに。
「今更好きだなんて…」
おこがましいにも程がある。自分にそんな資格はない。
そもそも、彼に相応しいのは自分なんかじゃない、そんなもん、わかっていた筈なのに。
「おや?そこにいるのはアリシア嬢ではありませんか」
不意に、声をかけられた。聞き覚えのある声に驚きつつも、振り返る。そこには、見知った顔の人物がいた。
そう、彼は――。
「……シエル様」
「久しぶりですね。元気にしていましたか?」
シエル・クラーク。アリシアと同じ公爵家の子息だ。
「婚約破棄してきましたわ」
淡々と答える。傷ついていないフリをしなければ。そうじゃないと、自分を保てなくなるから。
「……成程ね。まぁ、言ってはなんですが、お二人の相性は最悪だったと思います」
「ふふっ、そうですわね」
泣かないように必死に堪えて、笑顔を浮かべながら会話を続ける。
本当は、泣き叫びたいくらい辛いのに。
もう二度と会えないかもしれないのに。
それでも、まだシエル様と話したいと願うのは何故だろう。
この気持ちを、知りたくない。知ったらまた辛い思いするだけだから。
この気持ちはきっと、蓋をして鍵をかけて閉じ込めよう……と、そう思ったのに。
「婚約破棄したのなら遠慮はいらない。僕は貴方に婚約を申し込む」
「…………え?」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。だけど、すぐに意味を理解して唖然としてしまう。
「えっと、あの……?」
「僕と結婚前提で付き合ってくれ」
膝をついて、まるで物語に出てくる王子のように手を差し伸べてくる。
その姿はとても凛々しくてかっこいい。だから、手を差し伸べてしまった。
――彼のことなんて好きじゃないのに。
引き受けてしまったのはきっと。エリック様のことを忘れるためだと思う。
だって、自分には他に好きな人がいないから。
この手を掴めば、少しの間だけでも幸せになれるんじゃないかって思ったから。
だから、私は……彼の手を掴んだ。
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