俺の推し
「ねぇ、匂い、嗅いでいい?」
「……は?」
このヒロインは何を言ってるんだろうか。
「だめ、なの?」
俺が困惑していると、ヘレナは顔を赤らめながら、いつもとは違った感じの雰囲気でそう聞いてきた。
……取り敢えず、ダメとかそういう問題じゃないだろ。……また掘り返されても嫌だから、口には出さないが、俺の今の臭いってそういう臭いなんだよ。
自分では分からないけど、そういうことをした後は臭いって言うだろ。
「……俺、今臭いから」
「大丈夫。……むしろ、今の匂いがいい、から」
ヘレナはこれでもかというくらい顔を赤くして、少し俯きながらそう言ってきた。
いや、恥ずかしいのなら、そんなこと言うなよ。……と言うか、今更だけど、またヘレナがおかしくなってるんだが。
「……は? おい」
どうやって上手いこと断ろうかと考えていると、ヘレナは我慢できなくなったのか、俺に抱きついてきて、俺の胸元に顔を押し付けながら、思いっきり臭いを嗅いできた。
いや、マジで何をやってる? ……押し返すか? ……それで更にヘレナがおかしくなって、変なことをしてくるのは嫌だな。……だったら、ヘレナが満足するまで何もしないのが正しい、のか?
「……ん、ねぇ」
「なんだよ」
「抱きしめて、頭撫でて……私にもキス、してよ」
なんで俺が……とは思うけど、頭を撫でるくらいは別にいい。それでヘレナが正気に戻って離れてくれるのなら、それくらいは全然いい。
抱きしめるのとかも、別にそれでヘレナが離れてくれるのなら、全然いい。
ただ、キスは違うだろ。……私にもキス、してよ、って言ってるけど、別にアリーシャもリアも俺からした訳じゃないからな? ……その言い方だと俺からしたみたいになるだろ。
「……キス以外なら、別にいいぞ」
それで正気に戻ってくれるのなら、お易い御用だ。
「やだっ。キスもしてくれなきゃやだ」
俺の言葉を聞いたヘレナは俺に抱きつく力を強くしながら、そう言ってきた。
いや、やだ、って……子供じゃないんだから。後で正気に戻った時恥ずかしい思いをすることになるのはヘレナだからな?
「あ、あのな? アリーシャもリアも、別に俺からした訳じゃないんだよ。むしろ無理やりキスをされてるんだよ」
「……私からしたらいいってこと?」
違う。そんな訳ないだろ。
今のはどう考えても、だからキス以外の二つで許してくれって意味だろ。
それに、これはヘレナの為でもあるんだからな? 俺は二人を誘拐した犯人だし、もしそれがバレた時、そんなやつとキスをしたなんて知ったら、絶対に後悔するはずだ。だから、これはヘレナの為でもあるんだよ。……アリーシャにキスをされた時はリアに捕まってて、そのままされてしまったけど、ヘレナにキスをされるのだけはなんとしてでも回避しないと。
別にヘレナが嫌いなわけじゃない。むしろこうやってたまにおかしくなるところも俺は普通に可愛いと思うし、別にいいんだよ。
ただ、俺誘拐犯だしな。……このことがバレた時、後悔もあるだろうが、当然恨みという感情も湧いてくるはずだ。
そうなった時、ヘレナとアリーシャに恨まれて追われるよりは、まだアリーシャだけに恨まれて追われる方がいいと思うんだよ。……あんまり変わらないかもしれないが、まぁ気持ちの問題だ。
「違う。……あれだ、キスはしない」
「……アリーシャにはしてるじゃない。リアにも多分、してると思うし、私もしてくれなきゃやだ」
「いや、だから、キス以外はするって言ってるだろ?」
「……キスがしたいの」
だからそのキスがダメなんだって。……いや、他の二つも割とダメではあるけどな? まだキスよりはマシだし、早く正気に戻って欲しいから、キス以外の二つは許容してるんだよ。
と言うか、なんでそこまでキスにこだわるんだよ。……変なプライドか。
そう考えていると、ヘレナは俺に抱きついたまま、背伸びをして、急に俺にキスをしようとしてきた。
当然警戒していた俺はそれを避けた。アリーシャの時はリアに捕まってたから避けられなかっただけで、普通にしてたらそれくらいは避けられる。
「なんで避けるのよ!」
「キスはしないって言ってるだろ」
「……アリーシャにはしたじゃない」
「だからあれは無理やりされたんだよ。見てたんだから、分かるだろ」
俺がそう言うと、ヘレナは拗ねた様子で俺の胸元で臭いを嗅いでいる。
……絶対やめた方がいいと思うんだがな。……普通に臭いと思うし、後でヘレナの恥ずかしがる姿が安易に想像出来てしまう。
そう思いながら、俺は胸元にあるヘレナの頭を撫でた。
もし、俺が誘拐犯なんかじゃなく、本当に二人を助けたヒーローだったのなら、喜んでキスくらいしただろうな。嫌いな訳じゃない……どころか、前世でヘレナは俺の推しだったし、好きな方だったからな。
まぁ、即殺モブに転生した時点で、そんな願いはどう頑張っても叶わない。
仮に俺が二人を誘拐する前に記憶を思い出していたとしても、ありえない話だ。そうなった場合は誘拐は起きなかったし、本当に、ありえない話だ。
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