第40話 ウィンウィン

 窓辺のカーテンから差し込む冬のやわらかく暖かな光が、シックで落ち着いた雰囲気のカフェを照らしていた。

 日曜の昼下がり店内は8割がた席が埋まるくらい混雑はしているが、お店の雰囲気に合わせて話す声は静かで、店内に流れるクラシック音楽だけが耳に届いてくる。


 営業先を紹介してくれたお礼にと高橋さんが連れてきてくれたカフェは、家族でいつもいっている不二家と違いお洒落で、友達同士で行く若い子向けの店とも違い大人の雰囲気が漂っていた。


 黒の制服に白のエプロンを付けた店員さんが、お盆をもって近づいてきた。


「お待たせしました、カフェグルマンとバスク風チーズケーキとコーヒーとミルクティーです」


 高橋さんの前にチーズケーキとコーヒー、私の前にカフェグルマンとミルクティーを置くと店員さんは一礼して去って行った。


 私の目の間におかれたカフェグルマンと呼ばれるお皿には、クリームブリュレ、ガトーショコラ、イチゴのタルトにグレープフルーツと色とりどりのデザートが豪華に盛り付けられていた。


「食べるのがもったいないぐらいきれい。こんなの食べたかったんだ」


 写真を送った佐野っちと茜から、二人ともすぐに「美味しそう」「今度一緒に行こう」と返信がきたのを見届けると、食べ始めることにした。


 まずはガトーショコラから。一口に食べると芳醇なチョコの風味と甘みが口の中一杯に広がる。一緒に添えられている甘くない生クリームが、濃厚な味を上手く中和してれて、飽きずに最後まで食べられそうだ。


 美味しそうに食べる私の顔を見届けてから、高橋さんもチーズケーキを食べ始めた。


「チーズケーキも美味しいよ。上園さんも気に入ってくれたようだから、このお店にして良かった」


 コーヒーをのんでいる高橋さんは、安堵と満足した表情を見せている。


「上園さんがこの前不二家は飽きたといってたから、おしゃれなお店がいいかなとおもって女子社員に聞いて教えてもらったんだ」

「わざわざ聞いてくれて、ありがとう」

「通訳アプリ、テスト採用が決まったよ。それで、良かったら全国で採用してくれるって。上園さんのおかげで、なんとかわが社も年が越せそうだよ」

「ホテルの担当者から聞いたけど、あのホテルで2月に新製品の発表会するみたいだね。宴会が少ない2月に、予約入れてくれたって担当の人喜んでたよ」

「ちょうど、会場探していたところだったからね。それに、ビジネスはウィンウィンじゃないとね」


 高橋さんの話を聞きながら、クリームブリュレのキャラメルをパリパリと割った。


◇ ◇ ◇


 クリスマスマーケットが開かれている中央公園は、多くの人々で賑わっていた。

 公園の真ん中にはきれいに飾られたクリスマスツリーが立っており、その周りに多くの屋台や出店が出店していた。

 公園に来ている人たちは家族連れ、カップル、友達同士など様々だが、共通しているのはみんな笑顔ということだ。


 カフェを出たところで、近くだから行ってみようと高橋さんに誘われてクリスマスマーケットにきていた。

 高橋さんは並んでいるいろいろな食べ物の屋台のクリスマスを眺めている。


「何か食べる?」

「もう、お腹いっぱいだよ」


 お腹をさすっている私をみて、高橋さんは微笑んだ。


「お店を見て回って、もう少しお腹すかせてから何か暖かいものでも飲もうか?」


 私が頷くと彼はゆっくりと歩き始めた。

 出店にはスノードームやツリーの飾りつけに使う小物などいろいろ並んでおり、見て回るだけでも楽しい。

 

 もうすぐクリスマス。いつもならレストランで家族一緒に食事をすることになっているが、今年はどうしようかなと悩んでいる。

 夕貴と付き合い始めて初めてのクリスマス。夏休みの様にうまく彼の両親を外出させて彼の家に行くのもいいし、佐野っちや茜たちと一緒にクリスマスパーティーするのも悪くない。


「寒くなってきたね。そろそろ何か飲む?」


 高橋さんは両手を組みながら寒そうに震えながら聞いてきた。


「そうだね。何にしようかな?」


 飲み物をやっている屋台をみると、ホットワインやホットチョコレート、ホットレモネードが売っているようだった。


「どれにしようかな」


 他の屋台もあるかなと周りを見渡した時だった。フードコートのベンチに座る夕貴の姿を見つけた。その隣には女の子がいた。二人とも楽しそうに話している。

 

 夕貴が他の女子と仲良くしているのを見ていつもなら、怒りや嫉妬の感情が芽生えてきてお仕置きしてやるといつもならと思うが、今日は違った。


 二人が楽しく話している姿をみると、心臓が不規則に鼓動してきたのを感じる。

 嫉妬や憤慨の感情は湧きあがることはなく、夕貴が自分のもとからいなくなってしまう不安や焦燥が、私の意識を覆っていった。

 

 今から二人のもとに行って、「夕貴も来てたんだ」と言いながら割って入ることもできるが、そんな気にはなれず呆然と見守るしかなかった。

 私が押し黙っているのを心配した高橋さんの声で、我に返った。


「上園さん、どうした?どれに決めた?」

「あそこのノンアルコールのホットワインがいいな」

「ホットワインなんて大人だね。じゃ、僕もそれにしようかな。買ってくるから席探しておいて」


 屋台の列に並び始めた彼に、「混んでるから、あの辺りで探してくる」と言い残し、夕貴の席からできるだけ離れた場所で空席を探すことにした。


 運よく席はすぐに見つかった。高橋さんの帰りを待ちながら、カフェで話していた「ウィンウィンの関係」のことを思い出していた。


 夕貴は私にお弁当を作ってくれたり、服の趣味も私が好きなものに合わせてくれる。寒いけど意地悪でタイツを履いちゃダメというと、素直に従ってくれる。

 彼からはもらうばかりで、私って何か彼にしたのか考えてみた。


 確かに彼の親の工場は救ってあげた。ここで怒って取引中止にすれば、工場はつぶれるだろう。しかし、それでは夕貴は私のもとには帰ってこない。

 お金の力でどうにかなると思っていたが、どうにもならないことがあることに気付いた。


「お待たせ」


 高橋さんが買ってきてくれたホットワインは、寒空で冷え切った体と夕貴を失いそうで傷ついた心にしみた。


◇ ◇ ◇


 翌朝、登校するといつものように佐野っちと夕貴がじゃれあっていた。

 今日の夕貴は黒タイツを履いていた。私に断りもなく履いてきたことに対して怒ろうかと思ったが、意外と悪くない。

 男子特有の筋肉質な脚を隠すことができ細く見えて、薄いタイツのため少し透ける感じがセクシーで良い。


 私に怒られると思ったのか、夕貴は先に謝ってきた。


「葵、おはよ。ごめん、今日寒かったからタイツ履いちゃった」

「まあ、それもありかもね」

「ほら、髪型も見て、編み込みしてみたの」


 彼が嬉しそうに後ろを振り向き、編み込みの部分を見せてくれた。

 私の知らないところで成長していく様子を見るのも悪くはない。そう思うと、笑みがこぼれてきた。



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