第39話 クリスマスマーケット
中央公園には大きなクリスマスツリーが飾られており、それを中心として食べ物の屋台やクリスマスグッズを扱う出店が並んでおり、多くの人々で賑わっていた。
クローブの独特の香りと甘酸っぱい柑橘類の香りが混じったホットワインの匂いが鼻腔をくすぐった。
まだお酒は飲めないがいい匂いを嗅いでいるだけで、クリスマス気分が盛り上がってくる。
待ち合わせのツリーの前に立っていると、人ごみをかき分けるように岩崎さんが、こちらに近づいてくるのが見えた。
僕は彼女に向けて手を振ると、気づいた彼女も手を振り返してくれた。
「お待たせ。私服もかわいいんだね」
「岩崎さんもかわいいよ」
今日のコーデはクリスマスをイメージして白のニットに、ワインレッドのフレアスカートにしてみた。お世辞かもしれないが、褒められると素直に嬉しい。
彼女が着ている水色のニット、黒のマーメイドスカート、ベージュのコート、いずれもシンプルだが上質であることは見ただけでわかる。
髪もいつものポニーテールではなくハーフアップにしており、学校の時と違う印象を与えていた。
一通りお互いの服を褒めあうと、さっそくクリスマスマーケットを見て回ることにした。
とくに何を欲しいとか買いたいとか目的はないが、出店に並んでいるスノードームや雪だるまやサンタなどのクリスマスグッズなど見て回るだけでも楽しい。
「下野さん、学校以外でも指定のコート着てるんだね」
「ごめん、うち貧乏でコート買う余裕はないんだ。それにこのコート、可愛いからいいかなと思って」
仕方のないことだがダサい服を着てきた自分を恥じて、思わず謝ってしまった。
「いいのよ。確かにかわいいから」
「私も岩崎さんが着ているみたいな、ロングコート欲しいんだけどね。色は白がいいかな」
「男子って、やっぱり白が好きなの?」
「まあ、白を嫌いな男はいないね。清純とか純潔ってイメージがあるからね」
「男って単純ね」
岩崎さんはため息をつきながら眉をひそめ、呆れた表情になっている。
「単純だよ。今なら、男落とせる自信があるよ」
「彼氏作りたくなったら、相談するよ」
彼女が笑いながら言いのをみて、僕も笑った。
「そういう風に言うってことは、岩崎さん、彼氏いないの?」
「いないよ。実はあんまり男の人好きじゃないんだ。父親がお酒飲んだら暴れる人で子供のころ離婚したんだけど、それが原因か分からないけど男子好きになれないんだ」
彼女は何事もなかったかのように言うが、気軽に聞いたのに思いもよらない重たい話になってしまい罪悪感を覚えた。
「ごめん、変なこと聞いて」
「気にしないでいいよ」
「お詫びにあそこで、ホットチョコレート奢らせてよ」
「ホント、気にしなくていいよ。でも、それで気が済むなら、甘えちゃおうかな?」
「じゃ、買ってくるね」
「私、席とってるね」
屋台の列に並び、買ってきたホットチョコレートを岩崎さんに渡した。
ホットチョコレートを一口飲むとその濃厚な甘さが口いっぱいに広がり、寒空の中熱い液体が心も体も温めてくれた。
彼女も同様だったみたいで、顔が幸せに満ちていた。
「美味しいね」
「寒いときに、暖かいものってそれだけで美味しいね」
「そういえば、寒いのに下野さんスカート丈短いのにタイツ履かないんだね」
今日履いているスカートは膝上10cmのミニ丈で、ストッキングを2重に履いているとはいえ寒い。
「葵からタイツはダサいからダメって言われてるし、スカート丈短い方が葵喜ぶし」
「そこだよ、下野さんって上園さんに合わせ過ぎじゃない?」
「合わせ過ぎ?」
「そう、すべての基準が上園さんに気に入られるかどうかでしょ」
改めて考えるまでもなく4月に葵に工場を救ってもらって以来、いかに葵に気に入ってもらえるか、嫌われないかがすべての基準だった。
嫌だったスカートも履くようになったし、女の子らしく振る舞うようにもなった。
すべては葵が望んでいたからだ。
「そうだけど、葵に嫌われたくないんだ」
「前にも言ったけど、人は黙っても手に入るものに執着しないよ。それに、自分がやりたいことやらずにずっと我慢続けるのも辛いよ」
岩崎さんに言われると何も言い返せず、まだ半分ぐらい残っているホットチョコレートを両手で持ちながら黙ってしまった。
「ごめん、説教くさくなっちゃったね。下野さん、本当の自分を見失ってそうだから心配してるの。上園さんの好みもあるけど、自分の好みも取り入れた方がいいよ」
「自分の好み?」
「そう、100%上園さんの望む姿になるんじゃなくて、その中に自分らしさも入れるの。上園さんが想像の上を行くというか、意外性も大事だと思うんだ。いつもと違う感じだしたら、きっと上園さんも気に入ってくれると思うよ」
そこまで言うと、岩崎さんはホットチョコレートの残りを一気に飲み干した。
「また説教くさくなっちゃったね。今度は私がお詫びするね。はい、これプレゼント。さっき下野さんがホットチョコレート買っている間に、あそこの出店で買ってきたの」
岩崎さんからもらった紙袋を開けると、大きなリボンのついているヘアゴムが入っていた。
「ありがとう。かわいいね、コレ。早速つけてみようかな」
僕は少し伸びてきた髪の毛を後ろでまとめて、ヘアゴムをつけようとした。
「あっ、ちょっと待って。せっかく付けるんなら」
そういうと彼女は立ち上げり、僕の背後に回り僕の髪の毛を触り始めた。
数分後、出来上がりに満足げな顔をした彼女が鏡を渡してくれた。
「どう、編み込みハーフアップにしてゴム付けてみたの」
「うん、かわいい。編み込みとかやってみたかったけど、自分じゃできないからやってもらえて嬉しいよ」
「そんなことないよ、自分でできるよ」
彼女はスマホを見せながら、一人でできる編み込みの方法を教えてくれた。
◇ ◇ ◇
月曜日、いつもより早く起きた僕は早速教えても三つ編みでのハーフアップにチャレンジして登校した。
教室に入るなり、佐野っちがいつものように僕のお尻を触ってきた。
「おはよ。夕貴。おっ、今日は髪型いつもと違うし、タイツ履いてる」
「そう、ちょっとしたイメチェン。どう?」
「かわいいよ。いいんじゃない。似合ってるよ」
「ありがとう」
岩崎さんに言われた通り、葵の好みに自分のやりたいことを足すということで、今日はタイツをはいてみた。
防寒性はイマイチな40デニールの黒タイツだが、細見えこうかもありオシャレさも損なっていないと思う。
寒いけど教室に入れば暖房が付いているので、登下校のときだけカイロでしのげばどうにかなる。
佐野っちと茜と話していると、葵が教室に入ってきた。
葵は僕の姿をみて、一瞬固まり驚きの表情をみせた。
「葵、おはよ。ごめん、今日寒かったからタイツ履いちゃった」
「まあ、それもありかもね」
「ほら、髪型も見て、編み込みしてみたの」
僕は後ろを向いて、ハーフアップを葵に見せた。
葵はすこし口角をあげ、微笑んでくれている。怒られるかと思ったけど、すんなり受け入れてもらえたのは意外だった。
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