第8話 女の子のふるまい
3時間目の物理の授業が終わり、ようやく昼休みとなった。
「ふ~。疲れた」
思わずため息が漏れ、机にうつ伏せになったしまった。
この学校の授業は、どの科目の先生の教え方は上手く理解しやすいのだが、レベルが高くそして進度が速いため、集中して授業を聞いていないと置いていかれてしまう。
葵をはじめクラスのみんなは僕と違って必死な様子はなく、当たり前のように授業をうけている。中学受験に加え中高一貫の教育で、培ってきた自頭の差があるようだ。
授業で疲れた体を癒すべく、お弁当箱をカバンから取り出した。
「夕貴もお弁当なの?一緒に食べよう」
いつの間にか近くにいた葵に手を引かれ、窓際の葵の席に連れていかれた。
「茜、佐野っち、お待たせ。夕貴連れてきたよ」
葵は空いている隣の席をポンポンと叩いた。
葵の仲良しグループの右田さんと佐野さんはすでにお弁当をひろげていた。4人で食べるようだ。
僕もお弁当箱のふたを開けた。お弁当箱も女の子使用になり、赤い色のこじんまりとしたお弁当箱に、小さなおにぎり二つとおかずが入っている。
正直男子高校生の食欲はこれでは満たされないが、母親から「女の子らしくするならこれぐらいよ」と言われた。
たしかに3人とも同じぐらいのサイズのお弁当箱だ。でも中身を見ると、冷凍食品中心の僕のお弁当と違い、手の込んでそうなおかずが詰まっていた。
お弁当を食べると自然と会話も弾む。
「ねえ、下野さんはやっぱり男子が好きなの?」
「好きな人とかいるの?」
右田さんと佐野さんが興味津々で質問してきた。正直、男なんて好きになる訳ないが、葵の鋭い視線を感じ話を合わせることにした。
「まだはっきり分からないけど、男子を見てかっこいいなと思うことはあるけど、私なんかが恋愛できるわけないと思って諦めてる」
「え~、そんなことないよ。頑張れば下野さんもかわいくなれるって」
「そうよ。かわいいは作れるものよ。頑張ろ」
右田さんと佐野さんに励まされてしまった。そんなに頑張らないといけないぐらい僕って女の子としてダメなのかと思い、落ち込んでしまう。
「ほら、夕貴も女の子に成ったばっかりなんだから、焦らず少しずつ成長していこうよ。ほら、猫背はやめて背筋は伸ばして、脇は開けずに肘と体を近づけておいた方が女の子らしく見えるよ」
「こう?」
「そうそう」
「うん、確かにそっちの方が女の子っぽい」
自然なふるまいまで女の子を意識しないといけないと思うと、授業も含めて気の抜けない学校生活になりそうだ。
「ところで、茜、昨日のドラマみた?」
「みたみた、やっぱり成瀬君かっこいいよね」
「え~、私四宮君の方がいい」
3人は最近話題のドラマの話をし始めた。そうか、これからはこんな話題にもついていけるようにならないといけないのかと気づく。
今までは男友達とは野球やゲームの話題が多かったが、女の子っぽい話題もついていけるようならないと、本当のことがバレてしまう。
今日のところは聞き役に徹しながらお弁当を食べすすめたが、小さいお弁当なのであっという間に食べ終えてしまった。
他の3人はまだ食べている。食べるペースも考えないといけない。女の子って、気を付けることがいっぱいだ。
「夕貴、唐揚げ食べる?」
「えっ、唐揚げ嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃないけど、ダイエット中だから揚げ物はね」
僕の同意を待たずに、葵は僕のお弁当箱に唐揚げをいれてくれた。ニンニク醤油の香る唐揚げは、冷えていても美味しかった。
葵の方をみると微笑んでいて、その笑顔をみると僕も嬉しくなった。
昼休みが終わり、4時間目の漢文の授業が始まった。葵に習ったようにスカートがしわにならないようにお尻に手を当てて椅子に座る。
注意してみると女子は皆そうやって座っている。きっと前の学校の女子もそうやって座っていたんだろうけど、気づかなかった。
女の子って知らないことがいっぱいだ。
「今日は前回の続きで、教科書の38ページを開いてください」
授業が始まり集中しないと思っていても、葵のことが頭に浮かんできてしまう。僕を無理やり女子高に転校させて笑いものにして楽しむだけかと思ったら、随所で助けてくれる。
昨日もなんだかんだ言いながらパンをおごってもらったし、今日のお弁当の唐揚げも、女の子のお弁当では足りない僕への気遣いだ。
一体何が目的なのかわからない。葵の単なる気まぐれなので、深い意味はもともとないのかもしれない。
「じゃ、次のところ、下野さん読んでみて」
先生に名前を呼ばれて我に返った。漢文の教科書を見るが、どこの部分かわからない。
「すみません。どこからですか?」
「転校してきたばかりで大変だろうけど、ちゃんと授業に集中してね。3行目からよ」
「はい、国 やぶれて山河あり、城 はるにして草木ふかし……」
「ちゃんと予習はしてあるようね」
昨日夜遅くまでかかったが、予習しておいてよかった。座りながら葵の方を見ると、「よくできました」と言わんばかりの表情をしていた。
5時間目の体育の授業だった。バドミントンの授業を終え、男性職員用の更衣室で着替え終わると、一人で着替え終えると教室に戻った。
教室に戻ると、クラスのみんなはまだ体育で体を動かした火照りをとるため、下敷きで仰いだり、ハンディ扇風機を使ってしていた。
たしかに今日は4月にしては気温が高く、僕もまだ体が火照っている。
スカートをバタバタさせている子もいる。それをみた僕は、涼しそうだなと思ってスカートに手にかけたときに、鋭い視線に気が付いた。
視線を感じる方を向くと、葵がこちらのほうを「お前はするなよ」と言わんばかりの表情でにらんでいた。
あまりの迫力に手を離し、暑いのをこらえて椅子に座った。
そんなことをしているうちに、6時間目の数学の先生が入ってきた。先生は教科書を教壇に叩きつけるように置き、バッシという音が教室に響き、騒がしかった教室が一気に静かになった。
「ほらほら、桜ノ宮の生徒ともあろう女の子が、そんなはしたないことはしないの。ほら、上園さんを見て。体育の後でもきちんとしてるでしょ。汗は気合で止めるものよ」
確かに葵は汗をかくこともなく、涼しげな顔で座っていた。本当に気合で汗も止めれるんだと感心してしまった。
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