第10話 姫の依頼

土曜日の夜、ランスはシェリー、ローラと待ち合わせ場所に向かう。

「久しぶりの召集ですね。あの方は苦手なのでこれくらいの頻度でいいのですが」

「もっと少なくてもいいな。俺は面倒だから何も話さないぞ」

「ええ、いつも通り私が話します。ランス様は最終判断だけしていただければ。ローラは何か怪しい言動があれば合図を」

「はい、お任せください。ただ…… あの方の発言に嘘があったことはありません。今回も期待は出来ないかと」

「でしょうね。政治の権化ですから。曖昧な発言でケムに巻くことなど簡単なのでしょう」


 3人が向かったのは、貴族街の端、別荘地域である。長期休暇や所用で王都に滞在する地方貴族が保有している多様な別荘が並んでいる。普段は人通りは少なく、使用人以外で歩いている人を見かけることは滅多にない。


 到着したのは小さな別荘。扉の前には2人の女兵士が立っている。体型で女性と判断できるが、顔面までフルフェイスで覆われた金属製の鎧を来て直立しており、異様な光景となっている。

「サードさんはいらっしゃいますか?」

「お待ちしておりました。はい、既に来ております。どうぞお進みください」

 リビングには1人の女性が座っており、護衛の女が立って待機している。

「皆様、お待ちしておりましたわ。無事メッセージが届いたようで安心しました」

 何を馬鹿なことを、どうせメッセージが届いたか確認しただろうに。ランスは心の中でぼやく。が、口にはしない。そんなことを言えば不敬罪になりかねないという一般常識がランスにもある。待っていたのは第3王女、グレイスである。


 若干20歳、女性にも関わらず治安維持を担当するという極めて異色の存在である。第1王女、第2王女は民衆にも人気が高く有名だが、グレイスの存在はあまり知られていない。本人曰く「陰でこそこそしているのが好き」らしいのだが、真相は定かではない。幼少からあまりにも異才を発揮していたため、秘密兵器として育てられた、との噂も存在する。


「何人も経由してメッセージを届けるなんていう回りくどい連絡をしなくても良いですが。こちらから情報員を派遣しましょうか?」

「いえ、結構です。これは私の部隊のトレーニングでもあります。情報を誰にもバレずに届けれるか、そして届けた痕跡を抹消できるか。良い訓練ですわ」

 ああ、あの薄汚れた中年は今頃天国か。ギャンブルを楽しんでいるといいな…… ランスは心の中で合掌する。


「承知しました。では、早速本題の方をお願いします」

「わかりました。今回お願いしたい件は2つです。1つはトンク地方の反政府勢力の鎮圧です。最近どうも自治組織が上手く機能していないようで…… リーダーの首さえ取れば落ち着きそうなのですが」


「なるほど。2つ目も伺いましょう」

「2つ目はラン王国の軍事施設の破壊です。最近我が国への挑発行為が多発しており、戦争になる可能性が高まっています。それを回避したい、と軍部は考えています。牽制を兼ねて攻撃を行いたいです」


「…… 重要、と聞いていたのですが……?」

「? どう考えても重要なお話ではないですか? ねえ、ランスさん?」

「…… 言うまでもないがそんな話ならお断りだぞ。内戦、戦争、一方に肩入れすることに正義があるとは思えない」

「そうですか? どちらも成功すれば多くの無垢の民の命を守ることが出来るでしょう。それは正義ではないと?」

「多くの命を救えるかどうかに興味はないな。世の中がより良くなるのであれば喜んで手を貸そう」


「私のお願いでも聞けないということですか……?」

「何度も言わせないでくれ。そこは絶対基準として置いているのは知っているだろう?」

 沈黙、そして凄まじいプレッシャーが場を支配する。無言で置いてあったティーカップに口をつけるグレース。口元がニヤリと曲がる。


「うふふ、やはり貴方達は素敵です。面と向かって私のお願いを断る人は探すのが難しいですからね。皆さん自分の命が大切だからか、必ず受けてくれるんですけどね。殺されないという自信があるのですか?」

「ここで切り捨てられないくらいには今まで貢献してきたと思いますが……」

「ええ、そうですね。感謝しています。さて、ここまでは軽い雑談でした。ここからが本題です」


「本題ですか……?」

「ええ、とある貴族の暗殺をお願いしたいです。ただし、イザードのような明確な暗殺ではなく、自然死に見せかけて殺して欲しいというご相談になります」

「……詳細をお願いします」

「フールー家の長男、アルがターゲットになります。フールー家はご存知ですよね?」

 3人とも頷く。フールー家はこのバサギット王国における大貴族の一つで、位としては最上位の公爵に当たる。幅広い事業を手掛けており、大金持ちとしても有名だ。


「アルはフールー家の中でも暗部を担当しており、主に裏稼業を管理しています。売春や違法ギャンブル、護衛料という名目で飲食店などから金を受け取るといったところが主要な裏稼業でしょうか。それくらいであれば許容範囲だったのですが…… 最近違法薬物に手を出して大儲けしていることが確認されています。エックスという薬物です」

「最近流行っていると聞いたことがある薬ですね」

「あれはとんでもない薬物です。最悪と言って差し支えがないでしょう。依存性が極めて高く、一度使用すると2度と普通の生活はできなくなります。この違法薬物の流通を止めなければなりません。どうやらアルが国内で製造と流通を一手に担っており、彼がいなくなれば流通は止まりそうです。ですので皆様に殺害をお願いしたく」


「製造に関しては手を打たなくて良いのでしょうか?」

「それは我々で対応します。アルの死を確認次第、工場に踏み込んで摘発する想定です」

「わかりました。自然死に見せかけてほしい、という理由を伺っても良いですか?」

「フールー家は大貴族です。暗殺をされた場合、彼らのメンツが潰れます。必ずや報復に出ようとするでしょう。そして最悪の場合にその牙が王家に向く可能性すらあります。王家でも彼らを止められないのです。ですので、慎重な対応が求められます」

「承知しました。最後に報酬について教えてください」

「白金貨10枚でお願いします。成功報酬でプラス5枚でいかがでしょう?」

 内容も社会にとって重要である上に報酬も極めて良い。これがグレースの依頼の特徴である。それだけであれば良いお客様なのだが……


「ありがとうございます。ランス様、意見はございますか?」

「…… いや、問題ない。その依頼であればいつものように調査の上、検討しよう」

「わかりました。では1週間後の同じ時間にここでお待ちしています。良いお返事を期待しています」

「ああ、わかった。ローラ、何か問題あるか?」

「いえ、特にないです」

 3人は別荘を後にした。この後はいつもの通りローラが調査を行い、この依頼を受けて問題ないかをランスが判断する流れである。

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