第9話 事件、そしてメッセンジャー

 最近、王都では密かに話題になっていることがあった。それは強力な違法薬物である。「飲むと嫌なことを全て忘れることができる」というフレーズで若者を中心に人気を集めていた。名前はエックスと呼ばれている。

「最近、エックスのおかげで人生が楽しいよ」

「ああ、あれは凄いな。最初は疑っていたが一口でぶっ飛びそうになったよ」

「いや、あれは完全にぶっ飛んでるね。天国ってあんな感じなんだろうな」

「間違いないね。もうちょっと安かったらなあ」

「どうせそのうち安い似たようなのが出回るだろ? それまでの我慢だよ」

 エックスは他の違法薬物を押し除け、凄まじい勢いで流通するようになった。何せ庶民でも買える金額で絶大な快楽を与えてくれるのである。刺激を求める若者にとってはうってつけだ。


殺人捜査課の課長、デニスはある若者と取調室で向き合っていた。若者は麻薬の売人をナイフで刺して殺害した罪で取り調べを受けている。これが3日目だ。

「なあ、いい加減認めたらどうだ?」

「……」

 若者は顔を真っ白にして大量の汗をかいている。ここまでの二日は憎たらしい顔で犯行を否定していたにも関わらず、別人のようだ。

「どうした。大丈夫か?」

「うう…… 苦しい……助けてくれ……」

 若者は突然机に顔を突っ伏した。苦悶の表情を浮かべている。

「おい、大丈夫か? 誰か、医者を呼べ!」

 すぐに医者が駆けつけ様子を確認する。


「この症状は…… 最近よく見ます。おそらくですがエックスの禁断症状でしょう」

「ああ、例の薬か。薬にしては凄まじい様子だが」

「ええ、エックスならではの特徴です。既存の麻薬に比べて遥かに依存性が強く、数日摂取しないだけで地獄のような苦しみを与えるようです」

「そんな薬が流通しているのか……?」

「最近出てきたのですが、既に蔓延しているようで私の病院にも中毒者が運ばれる数が増えています。とりあえず麻薬取締官を呼んだ方が良いかと」

「ああ、そうだな」


 やってきた麻薬取締官は若者の様子を見て苦々しい表情になる。

「またエックスか。デニス、こいつは殺人容疑で逮捕されているんだよな?」

「ああ、そうだ。殺人と麻薬使用の二重になったな」

「なら、お前の方で引き続き調査してくれて構わないぞ。エックス中毒者は正直多すぎて手が回らないし、禁断症状でそのうち廃人だ。その前に殺人の件を立証しておいた方がいい」

「廃人か……。 わかった。売人を殺したのはこの薬が関係していそうだな。動機としてエックスが関係あると立証すれば牢屋にぶちこめるだろう。調べておく」

「ああ、エックスについてはよくわかっていないことも多い。そっちでも捜査してもらえると助かるよ」

 デニスはどのように捜査を進めるか考える。まずは…… 蛇の道は蛇だな。売人について情報屋を探ってみるか。



 ある夜、ランスはいつものバー、アイリーンに顔を出す。

「ああ、いらっしゃい。お客様が奥でお待ちよ」

「わかった。いつもの酒を頼む」

 ランスが個室に向かうと、そこには薄汚れた服を着た中年の男性がいた。ニヤニヤとした顔で新聞を読んでいる。よく見るとギャンブルの新聞のようだ。ギャンブル好きの怪しい中年、さてどんな話だろう。


「正義とは?」

「全てである、これでいいか?」

「ああ、問題ない。早速だが本題に入ろう。どういう依頼だ?」


「合言葉とは変なルールだな。王都に住んで長いが初めての経験だよ。秘密組織か何かなのか?」

「答える義務はないな。いいから本題に入れ」

「冷たいねえ…… 俺はただのメッセンジャーだ。「重要、今週土曜日、19時にいつもの場所で サード」、こう伝えるように言われて来たんだが、なんのことだかさっぱりわからねえ」

「はあ、また面倒な話が来たな……」

「なんだ、昔ながらの知り合いか? にしてもやけに用心深い知り合いだな。俺のようなしがないおっさんをメッセンジャーにする意味なんてないだろうに」

「まあ、色々あるんだよ。とりあえず助かった。これは礼だ。この件については全て忘れるようにな」

 ランスはそう言って男性に金貨を1枚渡す。

「おお、ありがたい。これだけでこんな収入をもらえるのならまたやりたいねえ。もちろんこの部屋を出たら全て忘れるよ。何もなかった。それでいいだろ? じゃあな」

「十分だ」

 男が立ち去った部屋でランスは葉巻を吸いながら酒を飲む。重要という枕詞がついたメッセージは久しぶりだ。きっと断ることの出来ない面倒な依頼なのだろう。面倒な仕事をスリルがあって楽しめると言うリサほどランスは壊れていない。土曜日はシェリーとローラを連れて行って面倒なことは全て任せよう、そう考えながら酒を飲むのだった。


「仕事は終わった?」

「ああ、終わったぞ。面倒な話だよ」

「いつものことでしょ? それともとびきり面倒な話?」

「とびきりの案件だ。まあやりがいがあると言うことだな」

 様子を見に来たバーの店主、アイリーンと軽口を叩きながら酒を飲む。

「まあ貴方がどんな仕事をしているかは興味がないし、詮索はしないわ。でも無茶はしないでね。常連が来なくなったら寂しいからね」

「ああ、大丈夫だろう。この仕事が終わったらこの店で1番高い酒を飲むことにするよ」

「ありがとう。楽しみに待ってる。とびきりのお酒を入れておくわ」

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