帰省困難 [シュール]

 夜の高速道路をひた走り、俺は緊張していた。


 何しろ茜さんを助手席に乗せているのだから。


 助手席に乗って来るとは聞いていたが、マジなのね…。

 粗相があってはならない…。


 ハンドルを握る手に汗がにじむ。


「もっとリラックスしていいよ。名前、何て言ったけ?」


 急に話しかけられて心臓が止まるかと思った。

 いや、止まっている場合ではない。安全にこの人を送り届けるのが俺の仕事だ。


「た、田口です」


「じゃあ、田口くん。眠くなっちゃうだろう。ラジオつけていいよ」


 俺は焦った。ラジオ!? どの局!? AM? FM?


「ああ、ごめん。余計に困らせちゃったね」


 そう言うと、茜さんは自分でラジオをつけた。

 ラジオからはご機嫌な音楽が流れ始めた。


「す、すみません。気が利かなくて…」


「いいんだよ。緊張するよね。ま、あたしはいないものと思って気軽にやって」


 …って、無理っす! 茜さん。


 彼女は俺の憧れの人だった。知性に溢れ強く、そして美しい。

 会長の孫娘…実質トップの副会長。


 役職や苗字で呼ばれることを嫌うために、みんなからはただ “茜さん” と呼ばれているが、どえらいお方なのだ。


 茜さんはあくびをすると窓際にもたれかかって目を閉じてしまった。


 …だめです、茜さん、そんな無防備な姿を見せられてはっ!!!


 俺は必死で邪念を振り払うと、ラジオの音に耳を傾けた。軽快な音楽。

 運転に集中だ。他のことを考えるな。


 …隣には誰も座っていない…。俺は一人…。ただ車を運転しているだけだ。


 だんだんと気持ちが落ち着いて来た。

 いつもの俺に戻って来た…ような気がする。


 しばらくそのまま高速道路を進むと、予め指定されていたサービスエリアに近づいて来た。

 ここで休憩を挟むように言われている。


「あ、茜さん、もうすぐA地点です」


 茜さんは目をあけると背筋を伸ばした。


「予定通りでお願い」


「はい…」


 俺はスムーズにサービスエリアに入り、指定どおりの場所に車を止めた。

 すると茜さんは予想外のことを言った。


「ソフトクリーム、売ってたら買ってきて。時間が時間だからなかったらいいよ。あとうなぎパイ」


 俺は一瞬言われたことがわからず固まってしまったが、すぐに理解して車を飛び出した。


 …茜さんが甘いものを欲している!!! か、かわいい…!!!


 俺はダッシュで売店へと向かった。


 茜さんをひとりで置いてきていいのか少し心配にも思ったが、何しろ茜さんだ。大丈夫だろう。


 夜間であったが、店内の奥でソフトクリームが販売中だた。


 俺は先にうなぎパイを購入すると、ソフトクリームを手に車に戻った。


 すると、四人の男が車を取り囲んでいるが見えた。手に光るものが見える。


 …武器を、持っている…!!!


 俺は考えるより先に動いていた。

 手にもったソフトクリームを崩さないように。


 四人の男たちは車の方にばかり意識を向けていて俺に気が付くのに遅れた。


 俺はジャンプすると次々と奴らの後頭部に渾身の蹴りを入れた。


 全員の意識がなくなったのを確認すると、俺は車のドアをあけて茜さんの無事を確認した。


 茜さんは何食わぬ顔で助手席に座っていた。


 ソフトクリームを渡すと、「ありがとう」と微笑んで受け取ってくれた。

 俺はもう死んでもいいと思った。


 …いや、死んでる場合ではない。後ろの座席にうなぎパイを置くと、俺は倒れている男たちを脇に寄せた。

 そして電話をかけた。


「刺客四名、伸のしました。処理お願いします」


 処理班はすぐ到着するだろう。待つ必要はない。

 俺は運転席に乗り込み茜さんをチラ見した。


 彼女は熱心にソフトクリームをなめていた。

 隣で茜さんがソフトクリームをなめているとか、無理だ。昇天してしまう…。


 俺は目を逸らして車を発進させた。


「田口くん」


 茜さんが言った。


「は、はい」


「かっこよかったぞ。さすが畑はたの推薦だ」


 畑さんとは俺をこの任務に任命してくれた上司である。畑さん…神!!

 俺は死んでもいい…とまた思ってしまった。


「ありがとうございます」


「食べる?」


 何を? と思って見ると、茜さんがなめかけのソフトクリームを俺の方へ突き出していた。

 …イヤイヤ無理無理無理っつ!!!


「だ、大丈夫です!!」


 茜さんはふふふと笑ってまたソフトクリームをなめはじめた。


 …気が遠くなる…やめてください…茜さん…。


「う、うなぎパイはお土産ですか?」


 自分の動揺をごまかすために、俺は必死で話題を変えた。…つもりだった。


「んー? 違うよ、あたしが食べる」


 …なんとっ!!!


 茜さんはソフトクリームを食べ終わると後部座席に置いたうなぎパイの箱に手を伸ばし、無造作に包装をやぶると中を取り出し、パリパリと音を立てて食べ始めた。


 …かわいすぎます茜さんっ!!!


「田口くん! 前っ!!」


 突然、茜さんが厳しい声を出したので俺は慌てて前方に意識を戻した。


 前の車から小さな光るものがばら撒かれるのが見えた。


 …まきびし!!!


 避けることはできた。

 だが、俺が避けることで他の一般の車に被害を出してしまう。


 幸い今の時間走っている車は少ないが…。


「茜さん、踏みますよ」


「いいよ」


 俺はわざと散らばっている まきびし を全て踏んで車を路肩に寄せた。

 完全にパンクだ。


 相手も俺たちがこの手段を選択するしかないことを見込んでいたのだろう。


 俺たちは間髪開けずに車から飛び降りた。

 その瞬間、タイヤが爆発し炎があがった。


 その煙に紛れるように、日本刀を持った男が飛び込んで来た。

 日本刀は想定外。


 茜さんが斬られる!!!! そう思うと同時に俺は飛び込んでいた。


 肩のあたり燃えるような痛みを感じる。


 …くそっ、とんだ下手くそに斬られた!!


「田口くん!!」


 僕の背後で茜さんが叫んだ。

 そして軽やかに俺を飛び越えると、日本刀を構えた奴の顎に強烈な蹴りをいれ、ついでに刀も足で踏んで真っ二つに割ってしまった。


 煙の中から続いて三人の男が出てきたが、茜さんは間髪入れずにそいつらを伸してしまった。


 …つ、強い…。俺の出る幕ではなかったのかもしれない。


 茜さんは僕の元に駆け寄ると、自分のシャツを引き裂いて止血をしてくれた。


 茜さんの手を煩わせてしまった。一生の不覚。


「茜さん…お洋服が…」


 俺は力を振り絞って言った。


「バカ…喋るな。端末を破壊されてしまった。応援を要請できない。だがあたしはお前を何としてでも里に連れ帰るぞ」


 茜さんは俺を抱きかかえるとスクっと立ち上がった。

 俺は茜さんの腕に抱かれて、一生この人について行こうと思った。


「茜さん…結婚してください…」


「ああ、結婚でも何でもしてやる。だから死ぬなよ」


 …しまった心の声が漏れてしまった…。


 恥ずかしさと痛みで、俺は気を失い、次に目を覚ました時には、既にもう、全てが解決した後だった。


----------------------------

★曲からイメージした物語を書くという企画で書いたものです。


水曜日のカンパネラ『シャドウ』で書きました。


https://youtu.be/EqX0vYikdmM


忍びの里へ

駆け抜けるシャドウ

謎の影を振り払いながら

眠気覚ましのご機嫌なRadio

君をどこかへ連れて行くだろう


※水曜日のカンパネラ『シャドウ』/作詞作曲:ケンモチヒデフミ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る