世界の夜明けまで [ラブ&ホラー]
曇天の空の下。地面の底からメリメリと這い出たゾンビどもがイナダの進路を塞いでいた。
彼は思い切り刀を振り下ろし次から次へとゾンビの首を落とした。
首を落とせばゾンビは死ぬ。こんな雑魚には用はなかった。
彼が目指すのはただ一点。
あいつの所へ。
あれは三年前。
まだこの世界が平和だった頃。イナダはごく普通の高校生だった。スポーツ万能で頭も良く女子からもモテた。
だがイナダには心に想う人がいた。
それは同じクラスの松畑祐介だった。
祐介は身体が弱く学校をよく休んでいた。小柄で繊細で儚い少年だった。
滅多に会えない彼が登校するとイナダの胸はまるで乙女のようにときめいた。
あまりにときめきすぎてまともな対応ができず、いつも冷たく当たってしまったことをイナダは何よりも悔いていた。
まともな会話もできないうちに、祐介は先進医療を受けると言って入院してしまった。
その直後だった。
人類のゾンビ化パンデミックが始まったのは。
たった数ヶ月で世界中にゾンビが溢れ、ゾンビ禍と言われる世の中となった。
イナダは確信していた。
全ての中心にあいつがいる。
祐介の居場所はだいたい目星がついていた。
廃墟と化した病院の屋上だ。
イナダは今、群がるゾンビどもを蹴散らしながら階段を駆け上っている。
錆びついた扉を蹴破り屋上へ飛び出す。
避雷針の根本、高いところに祐介の姿を認める。
ドクドクと波打つ太い血管のようなもので括り付けられている。
祐介自身は人間のままの姿に見えるがその表情にはなんの感情も浮かんでいない。
無。虚無だ。彼は虚無そのものだった。
彼を取り巻く血管の間から次々とゾンビが湧き出してくる。
イナダは祐介に向かって叫びながら走る。
祐介の顔がこちらを向いてイナダの姿を捉える。
その途端、ゾンビどもがピタリと動きを止めた。
イナダは自分のやるべきことを理解し実行に移す。
ポケットに手を入れ取り出したのは…三年前に渡しそびれたチョコレート。
バレンタインのチョコレートだ。
イナダは祐介の元へと登ると、手に持ったチョコレートを彼の胸に押し付けるようにして渡した。
「遅くなっちまったけど、これ」
チョコレートを受け取ると祐介の表情に変化が現れ、不思議な光が二人を包んだ。
祐介の瞳に生命が宿り、イナダの顔をはっきりと認識した。
「イナダ君…?」
「待たせたな、迎えにきたぜ」
二人を包んでいた光がすーっと天に昇って行き、雲を突き抜けパッと開いた。
そして光はそのまま空を駆け巡り世界中の雲を薙ぎ晴らしていった。
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