悪女が生き延びるために。
吉井あん
第1話 愚かな人。
「わぁ! すごくきれい!」
私は歓声をあげた。
目の前には春の盛りとばかりに咲き乱れる花々の園が広がっている。
黄金の花を咲かせたミモザ、花壇に溢れる可憐な鈴蘭、艶やかなヒヤシンス。
遥か遠く東国から取り寄せた八重咲きの花桃までも満開だ。
もちろん花だけではない。
手入れの行き届いた糸杉や月桂樹の鮮やかな新緑はこの上なく眩しいではないか。
あまりの美しさに柄にもなく感動してしまうほどだ。
(バルネフェルト男爵家の庭園がこんなに見事だなんて想定外ね)
無骨な板塀の向こうに色鮮やかな花園が現れるなんて想像もできなかった。
私は振り返りながら、半歩後ろに立つバーレントの腕を引き寄せた。
「バーレント、どうしてこんな素敵なお庭のこと教えてくれなかったの? もっと早く知りたかったわ」
「この庭はバルネフェルト男爵家にとってかけがえのない場所だからね。身内以外には口外しないことになっているんだ。……あぁ、誤解しないで。もちろんきみは別だよ」
「大丈夫。わかってるわ」
(王都から2時間もかけてきたかいがあったわ)
田舎道と馬車という最高に相性が悪い組み合わせでの行程は、正直地獄だった。
けれど、これほどまでに美しい景色が待っていたのならば身体中の痛みも我慢できるというものだ。
「本当に素敵ね。こんなに美しい庭は初めて見たわ。王都にもないんじゃない?」
「うん。僕もそう思うよ。王家の庭も叶わないさ。シャロンの言う通りバルネフェルト別邸の庭は我が国で一番だ」とバーレントは誇らしげに頷いた。
「せっかくだからマリィ様も誘ったら良かったのに。きっと楽しかったわ」
「姉さんとは毎年来てるし。今年は……」
バーレントはちょっとだけ瞳を逸らし照れくさそうに額をかく。
「シャロンと二人だけ見たかったんだ」
「ふふ。私をデートに誘いたかったのね?」
私は上目遣いで見つめた。
小さくうめいてバーレントは顔を真っ赤にする。
もう二十代も半ばになろうかという年なのに、この程度で照れるだなんて。
どれだけ正しい人生を送ってきたのだろう。
だからこそ。
ーーーーーちょろいのだ。
私は日傘を開き、
「あなたって本当に可愛い人ね」
「……からかわないでくれ。さ、さぁ、奥へ行こうよ。薔薇園があるんだ」
バーレントは私に左腕を差し出した。
私は微笑んで腕を組み、おしゃべりをしながら庭園の奥へ向かった。
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