5-4 追跡!アゲハネコ(市街戦)

「バステナ、そっちに行ったぞ――」

「判ってるって!ていうかレオドラスも走ってよ何休んでんの」

「い、いくら軽装でもやっぱ重いんだよこの装備は……つーかレプリムが貸してくれた剣が……、くそッ!オレはいいから、先に行けっ……」

「それ、カッコよさげな台詞を使いたいだけでしょ!」


 アーベンクルト王都の主要な通りという通りを、人目も憚らず全力疾走で駆け抜けるオレとバステナ—―今走ってんのはバステナだけだけど。


「どうした、木登りは得意なんだろ!」

「それでもやっぱり速すぎるよ……そもそもあの子、飛ぶし!」


 次なる目標は『アゲハネコの鱗粉』。

 アゲハネコは――うん、もう皆まで語るまい。

 要するに、綺麗な蝶の羽が生えたネコだ。


 いちおう希少種のモンスターではあるが、そのファンシーな見た目のおかげもあり、人々から特に危険視されることもなく、普通に街ン中で普通の野良猫に混じって普通に暮らしているというレアなのかどうか判んないヤツだ。いやレアなんだけどね実際。見つけるまで二日掛かったし。


 知能はそれなりにあるらしく、餌付けも罠も通用しない。となれば実力きゃくりょくでひっ捕らえるのみ。なのでこうして白昼堂々、何事だと驚き呆れる街の住人のことなどまるで無視して、民家の屋根に上ったり壁を登ったり、時には露店を薙ぎ倒したりもしつつ、ただただアホみてえに全力で走り回り、アゲハネコを、追跡――つうか、追い回して、いる、ので、ある……。息切れした。


 スタミナに自信がない訳じゃないが、こらキツい。

 とりあえずポーションをぐいっと一本。別にHPが減ったという訳でもないのに、気分的に何かで喉を潤さないとやってられなかった。これじゃあオレもバステナみたいじゃん……。


「こなくそー!」

 再三のトライ。追随するバステナが気合の雄叫び、ヘッドスライディング!


 と思いきや、ただどてーん!と転んだけだった。

 

『にゃーん!』

 その様子を振り返ったアゲハネコがひと鳴き。

 くっそ、そのツラ、その鳴き声、オレたちをバカにしてるんだよな? バカにしてるだろ。この猫畜生ニャンカスが!!


 逃げ切ろうと思ったら簡単に逃げ切れるくせに、中途半端に追わせて遊んでやがる。

 

 だけどな、そうやってニヤニヤ、ニャーニャー煽り散らかせるのもそこまでだ。


 何故なら!! はなあ!

「出番だ、ルディカ!!」


 ――すたたたたたた!

 ほっそい塀の上を華麗に駆け抜ける銀髪のガキの影。

「うるせえ! 気安く呼ぶな、指図もすんな。てめえらはそこでへばってろ」

 が、ぶっきらぼうに答えた。



――――――――――――――――――――――――


 すばやさA、器用さA。


 そのちっこい身体も相まって、アゲハネコに負けず劣らずの運動性、機動性を発揮し、狭い隙間だろうがたっかい塀の上だろうが、全速で走破していくルディカ。


 経緯を説明しよう。

 

 発端はつい昨日のこと。アゲハネコを一度発見したものの、そのすばしっこさに手も足も出ず一旦撤退したオレたちは、類稀なるシーフの素質を垣間見せていた例の生意気なガキを説得して、教会兼孤児院から、半ば強引に連れ出したのだった。


 その際の、フラウスとかいう神父との一悶着は割愛する。


 機動性を旨とする魔法剣士をも上回る、人間離れした立ち回りを見せるルディカは、みごt『ギニャアア!!』よし捕まえた。もうちょっとその活躍ぶりを伝えなくて良い?良い?あっそう。


 しかしそれならそれでもっと早く捕まえてくれても良かったんじゃないか。え?逃走経路と反応を確かめていた?オレたちに追わせながら観察してた?ああ、そう……。


―――――――――――――――――


『ニャアア!! フギャアアア!』

「ほら大人しくて? ちょーっと鱗粉が欲しいだけだから」

 と言いつつ、濁った悲鳴を上げて必死に逃げようと足掻くアゲハネコをがっしりと抑え付け、タワシでガシガシ羽根を擦るバステナ。


 うん、そうでもしないと採取できないって言ったのはオレだけどね。

 全然ちょっとじゃない。散々コケにされてちょっと怒ってるよね?

 その手つきは正直だ。


『ニャアアア!! タスケテ! ニャアアアアアア!!』

「もういいよそれくらいで」いやちょっと待て今何か喋ったぞ。


 バステナの『拷問』から解放されたアゲハネコは一目散に逃げてったので、それが聞き間違いか何かだったのかはたぶん、永遠に謎のままである。

 

 そしてオレたちの素材袋にはアゲハネコの鱗粉がたっぷり。

 ちょっと取り過ぎだ。まあアレでもレアモンスターの一角。

 すぐ復活するでしょ。


「ともあれ、助かったよルディカ。この間の案内のぶんも含めた報酬と言ってはなんだけど、お駄賃をやろう」

「要らない。その代わりその鱗粉、オレにもくれ」

「……ああ、構わないけど、どうするんだ」

「勿論、有効に使うのさ」


 一仕事を終え、ようやく落ち着いたところでオレはルディカへ礼を言う。

 相変わらずの淡泊な返事だったが、ルディカは鱗粉には興味があるようだった。

 まあ、メジャーではないとは言え魔法素材の一種。上手く捌けば『駄賃』以上の利益も出せるだろう。抜け目ないな。勝手に売るなりなんなりするがいい。


 


 さて、これで『オヴラのリストに記された、龍用の認知補正薬の必要材料』の残りは、件の『女王象の牙粉末』だけになった。


 前述した通り、レッドリスト筆頭の特級禁制品である。しかしそれだけに、その辺の冒険者には手が出せない程の高価がつき――それ以前に、取引まで辿り着くこと自体が非常に困難な代物だ。


 但し、世間にはそういうものこそを専門に扱うプロがいて、オレはそういう連中を知っている。


 てな訳で、オレたちの次の目的地は、アーベンクルトを南北に分かつ『シャヘム運河』。


 その一角に本拠地を置き、密貿易やら何やら、何から何までシコシコせっせと悪事を働く『ロフソン&マージ総合商会』のアジトに乗り込むぞ。


 それも今日、今すぐにだ。ほら行こうぜバステナ—―

 え?お腹空いた?……どうしようかな。仕方ねえな。


 ――アジトに乗り込むぞ。飯を食ってから。

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