第10話 クロとシロ(10)
「なんか失くしたみたいで。同じのが売ってなかったんで別のにしてみたんですけど……変ですかね?」
「うーん……」
シロ先輩は少し考えるような仕草を見せた後、ボソリと言った。
「いや、似合ってると思うぞ」
その一言に、私は目を見張る。これまで何度となくリップを変えてきたけれど、今まで一度もシロ先輩から褒められたことなどなかった。それどころか、いつも私をからかってばかりの人なのだ。そんな先輩からのストレートな褒め言葉だから、すごく嬉しかったし、なんだか照れ臭かった。
私は思わずニヤけそうになる顔を必死に抑える。
「ありがとうございます。でも、そんなにジロジロ見ないでくださいよ。私、そんなにいい女ですかぁ?」
「はぁ? 何言ってんだお前。別に見てねえよ!」
シロ先輩はぶっきらぼうに言うと、そっぽを向いてしまった。
私がその様子をおかしそうに見ていると、彼は大きなため息をついた。それから、ゆっくりと視線をこちらに向けると、困ったように眉尻を下げた。
「お前さあ、無理すんなって」
「えっ……?」
突然の言葉に動揺する私を見て、シロ先輩は苦笑いを浮かべる。
「俺が会社を辞めるかもって話したときから、ずっと暗い顔してるだろ? まあ、こんな言い方したら怒るかもしんねーけど、俺は結構嬉しいんだよ。だって少なくとも、クロには必要とされてるってことだろ?」
私は小さく首を縦に振った。その通りだったからだ。
「当たり前じゃないですか! 私は……」
「なら、それで十分だ。お前はもう十分一人前だと思うけど、それでもクロが必要だって言うなら、俺は、もうしばらく仕事続けるよ」
シロ先輩はそう言って私の頭をポンと叩いた。それから、優しい眼差しでこちらを見る。
「辞めるのはいつでもできるけど、今すぐに辞めたら、後悔するような気がすんだよ」
「シロ先輩……」
シロ先輩は優しく笑った。
「ほら、早く帰ろうぜ」
駅へ向かって再び歩き出したシロ先輩の背中が、いつもより大きく見える。
いつか私たちは別々の岐路に立つかも知れない。でも、それは今すぐのことじゃない。だったら、それまでに私はもっと大人になろう。
気持ちを切り替えるように、小さく深呼吸をした。それから、シロ先輩を追いかけて走り出す。追いつくと、隣を並んで歩いた。
いつも先輩の背中を見ていると思っていたけど、本当はいつの間にか並んで歩けるようになっていたんだな。
先輩の横顔を見つめながら、私はそんなことを思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます