失われた塔の光
状況が理解出来ない。眠って目覚めたら自分の部屋ではない所にいる。
「ジリアム、どういう事?」
ジリアムは立ち上がって少し笑ったようだ。暗くて良く見えない。
「驚いた? まあ、驚くよね。寝てる間に移動させたよ。途中で目を覚ますかと思って冷や冷やしたけど、ぐっすり眠ってたから助かった」
私はジリアムの声がする方に目を向けたまま、寝台から降りた。さっと周りを見渡す。暗くて部屋の様子が分からないけど、少なくとも私の部屋でもジリアムの部屋でも無さそうだ。
「ここは、どこ?」
ジリアムが私の方に歩いて来る気配を感じる。
「ここは、城の隠し部屋なんだよ。こんな所があるなんて、知らなかっただろう」
ジリアムは、恐怖で身を固くした私の横を通り過ぎると寝台の横にかがんだ。明かりが点き、少しだけ周りが見えるようになる。
「見てごらん」
ジリアムが明かりを手に持ち、ぐるりと部屋を照らした。壁のどの面にも窓が一つもない。さっきジリアムが座っていた辺りの壁に扉が一つ。反対側に小さめの扉が一つ。それだけだ。
「この城にはさ、こういう風に誰にも知られずに人を監禁するための部屋が何か所にもあるんだ。知らなかっただろう。子供の頃は、誰がどういう理由で使っていたのかを想像すると、恐ろしくて眠れなかったな」
笑いながら私の方に歩み寄って来る。
「まさか自分が使う事になるとは思わなかった」
「どうして、私を?」
ジリアムは答えずに私の方に体を向けた。私は1歩後ずさる。
「あいつと行くつもりだったんだろう? 残念だろうけど、それは無理だよ」
「あいつ? どういう事?」
「分かってるだろう」
もしかして、私がオズロと一緒に行くと思ったのだろうか。
「俺が全然気が付いてないと思ってた? 甘く見るなよ。君が笑顔で歩いていた日、全部分かったんだ」
笑顔で歩いていた日。鐘を鳴らしに行く時に、見た事も無い怖い顔をしたジリアムに会った日だろう。私はミューロの絵を思い返して笑っていた。
「抱きしめても、口づけしても無反応なのも、愛していた、好きだった、と過去の事のように話すのも、全部あいつのせいだろう。絶対に君をあいつと一緒に行かせたりしない」
私がオズロと一緒に王都に行くと思って、こんな振る舞いに及んだのか。
でもこの行動よりも、ジリアムがそこまで私にこだわった事の方が不思議に思える。彼がそれほど私を愛しているとは思えない。結婚を白紙に戻して婚約も解消したのに。
「まあ、いいや。時間はあるから」
ジリアムは寝台の横に明かりを置くと、私に向かって手を伸ばした。後ずさって手を避ける私を見て少しだけ悲しそうな顔で微笑んだ。
「さっきも言ったけど、ここは誰にも知られずに監禁する為の部屋だ。暴れても、騒いでも疲れるだけで無駄だ。あそこに本を数冊置いておいたから、ここで大人しくしていてくれ」
そう言って、扉の1つを開けて外に出て行った。扉が閉じるとすぐに、がちゃりと鍵がかかる音が聞こえる。明かりを持って扉を確認したけれど、もちろん内側からは鍵が開かないようになっていた。
もう一つの扉を開くと、そこにはお手洗いと、その奥には小さな浴室がある。
(なるほどね。ここで長期間暮らせるようになっているのね)
天井を確認すると、外と空気が通っているようだ。私は部屋中を探して全ての明かりに火を入れた。
しばらくすると、鍵が開く音と共に、見た事がない使用人が入って来る。彼女は何も言わず机の上に食事を置き、私に着替えを手渡した。そしてまた、静かに部屋を出ていった。
「なかなか、至れり尽くせりじゃない。暗い事さえ気にしなければ、森の小屋に閉じこもるのと変わらないかもね」
私はふう、とため息をつくと、食事に手を付けた。きっと今は朝食の時間なのだろう。
(私の相棒が城を去った頃かしら)
ふふっと笑みがあふれた。見送りに出る立場では無かったけど、きっと塔かどこかから眺めてしまっただろう。それを見てまた悲しくなっただろう。こんな事になったおかげで気が紛れた。
私は食事を終えると、ジリアムが用意した本を確認する。
「ふんふん、建築の歴史と、これは⋯⋯外国の歴史ね。悪くないじゃない」
今日は考えるのはよそう。私はゆっくり読書をすることにした。
◇
また来る、ジリアムはそう言ったけど、しばらく来なかった。この部屋には時計が無い。使用人が食事を持って来る回数でしか時間が分からない。
「すまない、思ったよりも手間取った」
ジリアムが顔を見せたのは、食事の回数から判断すると3日経った頃だった。
「今は、夕方くらい?」
ジリアムはしばらくじっと私を見てから、少し安心したような顔をした。
「いや、もう夜になったところだ」
少し外した。動かないので、ほとんどお腹が減らない。やはり外の様子が見れないと時間の感覚がおかしくなるようだ。
「思ったよりも、元気そうだな。使用人が問題無いって言ってたけど、本当かどうか少し心配していた」
(心配するくらいなら、こんなことしなきゃいいのに)
「夜中に移動する。出来れば薬を盛るような事はしたくない。大人しく従えるか?」
「どこに行くの?」
ジリアムが笑う。
「言うわけないだろう。どうする?」
「ここよりも、もっと暗くて狭いところ?」
ジリアムは、また笑う。
「違う。もっと明るくて、ちゃんと過ごしやすい所だ。こんな所にずっといたら、病気になってしまいそうだ」
私もおかしくなって笑う。
「閉じ込めているのに、そんな事を気にするの? 何か変よ」
「そうだな」
変だとは思っても、これを止めるつもりは無いみたいだ。
「私も変な薬は飲みたくない。大人しくするわ、約束する」
「分かった」
ジリアムはまた、少し微笑むと部屋を出て行った。
夕食の後に、いつも寝巻を置いていく使用人が服を置いていった。夕食には手を付けていない。ジリアムの事を信用できない。私は大人しくその服に着替えてジリアムが来るのを待った。
本を読みながら、何度も居眠りをしかけた頃にやっとジリアムがやって来る。
「手荒な事はしたくないから。静かに出来るな?」
私も痛い思いをしたくないから頷いた。そのまま手を引かれて廊下を歩く。長く城にいるけれど、こんな所には初めて来た。何度も角を曲がり、どこから来たかも分からなくなったところで、階段を上がり、ジリアムが重い扉を開いた。
ふわっと外の空気が入り込む。初夏の緑の濃い匂い。
(久しぶりの外!)
月明かりが、ひどく眩しく感じられる。日差しを浴びたかったけれど、暗い所に慣れた目には強すぎたかもしれない。
「こんな所に、こんな入り口があったのね」
庭の隅の、普段は来ないような場所。植え込みの中にその扉は隠されていた。
「他にも何か所も、こういうのがある。古い城だから、色々あるんだ」
そのまま手を引かれ、庭の奥の方に進む。今の私たちの姿を見た人は、仲の良い恋人たちが逢引きしていると思うだろう。とても、新しい監禁先に連れて行かれているとは思わないはずだ。
見回すと、塔の1つが見えた。そこには光が無かった。
(そっか、消してないから点いたままかと思ったけど、注いだ魔力が切れたら消えるのね)
普段は使わない古びた門を出ると小型の馬車が待っていた。ジリアムは私を乗せた後に自分も乗り込み、低い声で御者に何かを指示した。馬車が走り出す。目隠しされていて外の様子が見えない。どこを走っているのか分からない。
「着いたよ」
そっと肩をゆすられた。窓枠に寄りかかって眠ってしまっていたようだ。促されて外に出ると、もう朝だった。
1軒の小さな家の前に馬車は止められていた。街の外れなのか、壁に囲まれた敷地は少し広い。手入れされた花壇や植え込みに囲まれた真ん中に、小さめの家が建っている。
ジリアムはその家に私を連れて入った。早朝にも関わらず、数人の使用人が出迎えてくれる。彼は私を連れたまま、階段を上り奥の部屋に入った。
そこは、城の私の部屋と同じようにしつらえられていた。
「窮屈な思いをさせていて、ごめん。塀の外にさえ出なければ、この中では自由にして構わないよ。ただ、使用人には何も聞かないでくれ。俺がきつく口止めをしているから彼らを困らせるだけだよ」
「分かった」
本当は色々と分からない事があるけど、ジリアムが出来る範囲で私が自由に過ごせるようにしてくれている事は分かった。
「明日、君とちゃんと話をしたい」
ジリアムは少しだけ微笑むと、静かに部屋を出て行った。朝だけど、夜にちゃんと眠っていないから、体が重い。私は用意されていた寝巻に着替えて寝台に入って眠った。
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