第8話 三騎士と死神

婚約の式典となる筈だった会場で1人の赤い上着の左右袖を首元で結んでマントの様にした少女と白髪を風に靡かせながら甲冑を纏った状態で気便に動く女騎士が互いに武器を持ちながら激戦を繰り広げていた。


「貴様、何処の国の者だ!ダラムか...それともヴィルヘルムかぁッ!?」



「はッ...答える義理なんて無いね。お前の後ろに居るあの偉そうにお高く止まった女さえ殺せりゃそれで良いんだ...大人しく退けぇッ!!」



「なら尚更そうはいかないッ!!ティアは兵士達を誘導し市民を此処から避難させろ!!ティアは殿下達を!!」


そう指示を飛ばすと市民達は兵士らに誘導されると我先にと逃げ始める。だがマリアンヌだけは逃げる様に促されても立ち止まってクリスティアを睨んでいた。


「今更...どうしてわたくしの前にあの子が...ッ!!」


全て滅茶苦茶にされる...そう思えば思うほどクリスティアが憎くて憎くて仕方ない。せっかく上り詰めたのに何故今頃になって邪魔をされる?

此処まで全て完璧に仕立てて来た筈なのに何故?

後は自分がこの国の女王として君臨し、子を成して次の世代へ繋いで行けば良い...それだけなのに。

ただ、それだけなのに。

それだけの事なのに......。

するとレオノーラ青い髪を靡かせてマリアンヌへ駆け寄り、彼女へ話し掛けて来た。


「殿下、危険ですので早く此方へ!」



「五月蝿いわね、解っているわよッッ!!」


レオノーラの手を振り払い、自分で歩き出すと

マリアンヌらは式典会場から足早に逃げ去った。

残されたレイチェルとクリスティアは依然として戦闘を続けている。


「てめぇッ、邪魔しやがって!!」



「言った筈だ...私達の使命はマリアンヌ殿下をお守りする事ッ!貴様のような不躾な輩を始末する為に存在しているのだ!!」


彼女が剣を向けるとその刃が青白く変化する。

クリスティアもまた異変を感じて身構えていた。

するとレイチェルは途端に彼女へ語り掛ける様に話し出す。


「...ディオールから古く伝わる謎の力...それが魔法、そして多くの人々はマナクリスタルと呼ばれる鉱石を用いて生活をしている...。そしてそれを転用し攻撃等に扱うにはある程度の技量と知識...そして本人の持つマナが作用する......。」



「あぁ?何が言いてぇんだよ...さっきからブツブツと!」



「......魔法を扱えるのは貴様だけではない。それを今から身を持って教えてやる...ッ!!」


レイチェルが剣を横へ振り抜くと鋭利に尖った氷塊がクリスティアへ向けて放たれる。それをファルクスで粉砕した時にもう一撃が彼女の右頬を掠めて後ろの場所へと突き刺さった。つうっと赤い血が右頬から滴り落ちる。


氷結騎士フリージングナイツ...レイチェル。それが本当の私の名だぁあッ──!!」



「成程ッ...訓練は伊達じゃねぇってか!」


振り翳された刃がクリスティアへ襲い掛かり、それを彼女がファルクスの刃で弾き返す。パキパキと細かな音がし始め、クリスティアが足元を見ると足元が凍結し始めていた。咄嗟に飛び退いて着地すると突きが繰り出されてそれが彼女の左肩を刺し貫いた。


「ッッ──!!!?」



「ふふ...痛さと冷たさが同時に来る感覚はどうだクリスティア?本来ならこんな手を使わずとも制圧出来るのだが...貴様は特別だ...このまま凍らせてバラバラに砕いてくれる!!」



「ちぃ...ッ、クソがぁ...ッ!!」


無理やり剣を引き抜くと傷口から凍った赤い塊がパラパラと落下し白い床へ宝石の様に散らばる。

幾ら自己再生能力を兼ね備えていても痛覚は感じる...斬られたら痛みが走るし刺されてもそれは同じだ。


「マリアンヌ殿下を愚弄したその罪...貴様の死を持って払って貰うぞぉッッ!!」



「ぐぅッ...もっと力を寄越せ...もっとだぁあッ!!」


そして再びレイチェルが奇襲し、それを紙一重で後退して避けるとクリスティアがファルクスへ黒紫色のエネルギーを纏わせて思い切り斜めへ振り翳してそれを3発放った。まるで鎌鼬の様な斬撃はレイチェルの左右と正面から襲い掛かるが彼女はそれを左側へ飛び退いて避けたのだ。轟音と共に彼女の後方に有った式典で使う筈の機材へ命中しそのどれもがバラバラに切り刻まれていた。つまり躱す事が出来なかったら自分もあの様になっていた可能性が高いという事を示していた。


「うぉおおおッッ──!!!」



「此奴ッ...!!」


金属同士が擦れる音が響くと剣と鎌が再び真正面から衝突する。あの僅かな瞬間にクリスティアが突っ込んで来たのだ。お互いに睨み合いながら譲れぬ攻防戦を繰り広げて行く。


「貴様ぁッ...いい加減くたばったらどうだ...!?」



「悪ぃが...アタシは死ねないんだよ...お前達のお姫様をこの手でぶっ殺す迄はなぁ...ッッ!!」



「そんな真似...させてたまるかぁ...ッッ!!」



「なら先ずは...てめぇから先にぶっ殺すッ!!」


レイチェルが押し返し、クリスティアの手からファルクスを弾き飛ばすと彼女はクリスティアの胸元を剣で刺し貫く。彼女が目を見開いて吐血した所へ右足による素早い蹴りを繰り出して圧倒、地面へ這いつくばった所へトドメを刺そうと剣を向ける。


「ふふッ...良いのは威勢だけか?貴様は此処で私に...ッッ!?」


倒れていたクリスティアが突然起き上がり、俯いたまま右手を振り翳し襲い掛かる。レイチェルが剣を振り翳したがそれを掴んで握り締めるとレイチェルを見てクリスティアは血を口の端から零して笑っていた。


「ばッッ...バカな…確かに胸を刺した筈だぞ!?何故だ…何故動ける…ッ!」



「生憎…そんなモンで死ぬ程、ヤワな身体してねぇんだよ…それにな…アタシは死ねないんだ…腕をちぎられても…足を斬り落とされても…心臓抉り出されても…何をされてもだ。不思議だろ…?」


クリスティアが剣を握り締めていると彼女達を他の兵士達が囲み始めた。市民の避難を終えた者も合流し剣や槍を向けてクリスティアを威圧する。

状況が芳しくないと判断したらしく、レイチェルの判断を待たずに動いたのだ。


「ちぃ…ッ!!」



「貴様に逃げはない…どうする、クリスティア!!」


そう言われ、周囲を見回すと正面と左右と背後をそれぞれ既に囲まれていて逃げ場がない。

すると乾いた破裂音が周囲に響き渡り、それと共に灰色の煙が周囲へ撒き散らされる。兵士らが騒ぎ始めるとそのどさくさに紛れてクリスティアは逃げ出した。煙が晴れる頃には跡形もなく彼女の姿は消えていたのだ。


「ちッ...街から1歩も出すな!奴を何としても捕らえて処刑する...ッッ!!」


レイチェルは歯を食い縛ると兵士達へそう指示を飛ばす。彼女も剣を鞘へ収めると歩き始めた。


「殿下の期待を裏切る訳にはいかんのだ、何としても...!!」


クリスティアは不死身なのか?それとも強がっているだけなのか...それすら彼女には解らない。

そしてあの右腕が果たして何なのか?それもまた彼女にクリスティアという存在の爪痕を残す事となってしまっていた。

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逃れたクリスティアは先程居た街中から離れた場所にある古い建物の中に逃れていた。

部屋の奥に備わっている洗面台へ向けて吐血しては肩で息をしながら項垂れている。


「ふぅッ...うぅッッ...クソがぁ...ッ!!やっぱり...長時間の起動は...割に合わねぇ...ッ......!」


あの異様な右腕はいつの間にか元の包帯が巻かれた腕へ戻っていた。

魔導書の起動は長引かせると肉体へ掛かる負担も大きい事から短期決戦が理想とされている。

一度起動させれば絶大的な破壊力と力を得られるのだがその代わりに起動後は倦怠感と強い吐き気、頭痛に苛まれてしまうのだ。


「やっぱり...アレが...必要か...力を制御する為の...あの石が...ッッ!」


フラフラと頭を抑えながら洗面所を出た彼女は部屋の窓から外を見る。外は兵士らが慌ただしく騒ぎ立てていた。どうやら自分を探す為に躍起になっている事は最早明白、長居は禁物という事を示していた。


「さっきの煙幕...あの弓女がやったのか。ははッ...仲間なんざアテにしねぇって...言ったのにこのザマか......アタシも悪運が酷ぇな...。」


そのまま床へ崩れる様に座り込むと自分の前髪の右側を手で掻き分けて項垂れた。

自分が無作為な挑発をした事で三騎士を相手にする事となり、その三騎士の1人を即座に仕留められなかった事が悔やまれる。生半可な傷じゃ死なない、魔法による攻撃を受けても死なないし傷が直ぐに全快するといったバケモノ...それがクリスティア。

胸を刺されたら普通の人間や生き物は死ぬ。

だが、彼女は死なない。

この右腕に生かされていると言った方が簡単に説明がつく...右腕の形をした異形な何かによって自分は生かされているのだ。それが緋の魔導書、ヴァイタル・イーターと呼称されているモノ。そしてそれを完全とし扱う為に必要なのがレイゲルン・ガーネットと呼ばれる魔石。だがいつの間にかそれは行方知らずになっていて、今では何処に有るのかすら解らないまま。


「...これじゃあまたアイツの思う壺か。何れにせよ自分で撒いた種...さっさと片付けて姫サマの首を刈り取りに行く。」


カタンという音がして振り返ると子供が1人、彼女を見ていた。

未だ歳は幼くて性別は男。彼の足元には木で出来た馬の玩具が落ちている。


「......ガキか。失せな、アタシと関わるとロクな目に合わねぇぞ。」



「お姉ちゃん、怪我してるの?血が出てる...お医者さん呼んだ方が良い?」



「あ?...こんなのは日常茶飯事だ、気にしなくて良い。」


彼女はそう伝えると左目だけで彼の方を見ていた。

よく見ると微かに震えているのが解る。


「...お前、アタシが怖いか?」



「そ、そんな事...ッ!?」


クリスティアはふらふらと立ち上がって彼の近くへ来るとしゃがみ込み、左手で彼の頭を撫でてから右手で玩具を拾って手渡すと同時にスカートのポケットから何かを取り出して彼の小さな手に握らせる。それは銅貨数枚でちゃんとしたこの国や外の国でも使える通貨のベレスだった。


「...これで菓子でも何でも好きなのを買いな。アタシを心配してくれた駄賃...少ないけど。そういや此処は誰の家なんだ?」



「僕のおじいちゃんの家。」



「そうか...邪魔したな。」


クリスティアは少年と別れると窓の方へ近寄り、木枠を足場にして外へ出る。

そして屋根へ上ると髪を靡かせて周囲を見回していた。


「お姉ちゃん、これ...!」


少年が銀色の折り畳まれた何かを重そうに持って来ると彼女がそれを片手で受け取った。


「ん...ありがとな。お前の名前は?」



「ロベルト...。」



「ロベルトか。アタシはクリスティア...じゃあな、ロベルト。」


少しだけ微笑み掛けるとクリスティアは視線を戻し、ファルクスを背負うと屋根伝いに駈け出した。

慣れているのか建物を屋根伝いに駆けて行くと孤立して自分を探している兵士の背後へと降り立っては

瞬時にファルクスを可変させて鎌の刃を首元へ突き付ける。


「...魔石を探している。それは何処に有る?お前らの城か?それとも別の場所か?」




「ま、魔石だと...!?それに確か貴様は...ッ!!?」



「いいから聞かれた事だけに答えろ。でないと...テメェの首が飛ぶぞ?何処に有るかって聞いてんだ…ッ!!」


喉元へ鎌の刃を突き立てて更に話を進め、彼を威圧し続けると観念したのか彼は話し始めた。


「た、多分…神殿だッ!街から離れた場所にある古い神殿…そこに何か有るって話を仲間から聞いた事がある!!」



「…本当か?デタラメ抜かしてんじゃねぇだろうな?」



「嘘じゃない、頼む…信じてくれ!!」


クリスティアは舌打ちし、鎌を戻すと彼の首筋へ手刀を打ち込むと気絶させてその場を去る。

向かうのはヴィルヘルムの街から離れにあるとされる古い神殿。


「神殿…か。復讐するのが遠のいちまったけど仕方ねぇか…ッ!!」


素早く通りを駆け抜けると別の兵士数人と出くわし、立ち止まった。


「貴様、例の逆賊か!!」



「ちッ…そこを退け!!急いでんだよこっちは!!」


素早くファルクスを展開し突き付けると彼等も剣を引き抜いてクリスティアへ襲い掛かって来た。

繰り出された一撃を咄嗟に避けて鎌で斬り裂くと

2人目へ襲い掛かる。


「な、何だ此奴!?動きが早…ッッ──!!?」




「さっさと道を開けろって…言ってんだよぉッ!!」


ファルクスを左手へ持ち変えて包帯の巻かれた右手を突き出すと兵士の顔を鷲掴みにすると小声で詠唱し魔導書を発動し彼を消し炭にして取り込んでしまった。クリスティアの腕や足に付いていた傷が全て塞がると共に刺された筈の腹部や胸といった箇所の傷も全て消えていた。


「ひぃいッ!?ばッッ、化け物…ッ!!」



「テメェら全員皆殺しだ…悪く思うなよ?」


再びファルクスを右手へ持ち変えて右側の前髪を左手で掻き分けると赤い瞳を露出させて残る兵士らへ牙を剥いた。別の1人が放った剣による攻撃を防いではね除けては縦に斬り裂いて真っ二つにし、別方向からの攻撃を避けて蹴りを加えた挙げ句に刺突。

そしてハルバード状態へ切り替えると2人を纏めて斬り裂いて倒した。残っているのはリーダー格と思われる人物ただ1人。クリスティアは血塗れになったまま振り返るとニヤリと笑った。


「う、嘘だろ…俺以外全滅だと!?な…何なんだ貴様は!?」




「アタシは復讐者…それだけだぁッ──!!」


素早く間合いを詰め、攻撃を繰り出すと瞬時に首を斬り裂いて彼を殺してしまった。彼の肉体から噴水の様に血液が噴き出すとそのままドサリと倒れた。

そして別の足音が聞こえるとその持ち主が視界に映り込んだ。白銀の鎧を身に纏い、黒い髪に青い瞳をした人物…それは紛れもなく三騎士の1人。


「貴様…よくも私の仲間達を…ッ!!」



「…新手か。今日は忙しいな、次から次へアタシを殺しに来る。」


顔に付いた血を落とさずに向き合うと唇へ垂れて来た血を舌で舐め取って不気味に笑う。

怒りの表情のまま、剣を鞘から引き抜いたティアーナが彼女へその刃先を向けて来る。


「貴様だけは…貴様だけは私の手で殺してやる…!!姉様達の手を煩わせる前に貴様を殺し、その首を我が女王殿下の前へ捧げる!!」



「やれるもんならやってみろよ…クソガキ!!」


先にクリスティアが仕掛け、襲い掛かって行くと鋭い薙ぎ払いが剣と衝突し正面からぶつかり合う。

そして2人目の騎士との戦いが幕を開けた。

クリスティアが三騎士を退けてマリアンヌの首を取る日は近いのかもしれない。

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リベンジ オブ クリスティア 秋乃楓 @Kaede-Akino

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