第3話/旅の始まり

マナ、それは突然発生した物質であり

その存在が確認されたのはヴィルヘルム王国と長年敵対する国であるダラムとの長年続く戦争に終止符を討つべく導入された近代兵器の使用後に生まれたとされている。やがて空気中に発生したマナは人々の体内へ取り込まれると新たな形として芽生える事になる。魔法マギアが市民へと少しずつ浸透し始めた事により人々の暮らしにも変化が現れ始めたのもこの頃である。しかし相手を確実に死に至らしめる魔法や攻撃に用いる為の魔法は未だ人々には扱えず、扱えるのは悪魔で生活周りの魔法のみであった。

それに伴い、より高度な魔法を取得する為には魔術師を育成する為の専用機関に所属する必要が有り、そういった機関の出身でなければ成らないという掟が後に定められた。

簡単に言えば機関で育成した者達を魔道士隊という形で新たな戦力として配備しようという国側の目論見が有った為である。後に我が国は戦力増強に伴い

多国への侵略という形でその手を伸ばし始める。



伝記第二章 我が国の変化より

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翌朝、クリスティアはウィリアムが受け取って来た服へ着替えると鏡の前に立っていた。

黒い服と内側に赤いフリルの付いた黒のスカートという在り来な物だが十分女の子らしさは出ている。彼女の髪色と相まって程良いデザインとなっていた。


「似合ってる…可愛いと思うよ。」



「…おい、カワイイってどういう意味だ?」



「え?そのままの意味だけど…もしかして嫌だった?」



「いや…別に。この服、腹が出てる方があたしの好みだから切って欲しい。」



「ええ!?でも切るのは勿体無いなぁ…解った、ちょっと待ってて。」


溜め息をつくと彼は部屋を後にする。

残されたクリスティアは座って黒い革のブーツへ足を通すと再び立ち上がり、鏡の前へ来ては色々と見ていた。これまではボロ布か裸が主流だった事から服を着るのは新鮮そのもの。

くるりと一周すると彼女は過去に忘れた懐かしい気分に浸っていた。


「お待たせ、試作で作ったのが残ってたからそれ貰って来たよ。」


ドアを開けてウィリアムが入って来ると彼女へ服を手渡す。クリスティアは着ていた上着を脱いで受け取った服へ着替えると腹部が出る、所謂ヘソ出しのスタイルとなった。


「…これで良い、動き易い方が何かと便利だから。」



「寒くないの?お腹周りとか。」



「……別に寒くない。それにこういう服を着れるだけ未だマシ。貴族の様な金持ちは自分達の暮らしを当たり前だと思っている…何もしなくても金や食料、高そうな衣類に有りつけるのだから。」


スタスタと彼女は部屋を出て行くと後からウィリアムが付いて来る。


「ちょ、ちょっとッ!?何処行くの!?」



「散歩だよ。…あんな所にずっと居ると息苦しくて嫌になる。」


廊下を歩いて行くと擦れ違う者は皆、それなりの格好をしているのが解る。その足取りのままクリスティアは城にある中庭へと出て立ち止まる。

ウィリアムも慌てて立ち止まると彼女の方を見つめていた。


「あ、歩くの早いよ…もう少しペースを……!」



「…アイツは誰だ?」


すっと彼女が指をさすと城の入り口付近の人集りの中に居たのは変わった服装をした1人の男性で歳は自分達より明らかに上で遠目から見て髪は黒色だった。


「あの人は神父さんだよ。この城の外にある教会に居る人で此処にもよく出入りしてる。確か名前は…マーティン…だったかなぁ?」



「マーティン……。」


クリスティアが復唱する様に呟く。

この名前には聞き覚えが有ったからだ。

自然と彼女は歩き出し、そのマーティンという神父の元へ向かって行く。そして彼を見据える形で向き合っていた。するとにこやかな笑みを浮かべて彼から問い掛けて来る。


「おや…初めて見るお嬢さんですね?お名前は?」



「……クリスティア。」



「クリス…ティア…良い名前だ。その腕は…怪我か何かかい?」



「…火傷。」



「そうか…それは可哀想に……だが心配無い、アレス様を信じればきっとその傷も治して下さる。」



「アレス様って?」


そう彼女が話すと周りが少しザワついた。アレス様を知らないという事自体がそもそも可笑しいらしい。マーティンという神父は優しくクリスティアへ話し始めた。


「…アレス様は我々に不思議な力であるマナ、そして魔法を与えて下さった。それにより今日まで私達は穏やかに誰も争う事無く過ごして来れたのです。強く信じる者にこそアレス様は微笑んで下さる…ほら、この様に。」


すっとマーティンが彼女の前へ手を差し出すと1輪の赤い花が姿を現す。それは薔薇の花でゆっくりと彼女の方へ微笑みながらそれを差し出した。


「…貴女にも女神アレスの祝福があらん事を。私の名はマーティン…この城の外にある教会に居る神父です。もしご興味が有れば何時でも居らして下さい、お待ちしております。」



「……解った。あ、ありがとう…。」


慣れない形で彼へ挨拶すると花を受け取ってウィリアムの元へ戻る。ウィリアムも彼と目が合うと頭を下げ、向こうも頭を下げた。そして彼は再び取り巻きに囲まれながら城の入り口から中へと消えて行く。


「…綺麗な花だ。神父様がくれたの?」



「あたしは要らない…欲しいならやる。」


すっと彼女は左手で薔薇の花を差し出すが直ぐにその花は散ってしまった。美しい赤い色の花も散り、茎の部分も変色してしまっている。


「……枯れた?」



「昔からそうだ…あたしは呪われてる。花も草も動物もあたしが触ればこうなる…無意識に他者の命を吸い取ってあたしは生きている……それがこの右腕の正体で…お前が知りたがってた秘密。」


彼女は右腕をウィリアムの前へ見せる。

やや黒っぽい包帯が彼女の肘から下を覆う様に巻かれているのがひと目で解った。


「呪われている…って…どういう事?」



「…魔法とは別に存在した擬似的な遺物…今の世界みたいになる前に造られた1番最初のヒトならざる力…それが魔導書…。」



「でも、誰がどうやってそんなモノを……。」


彼がそう尋ねたがクリスティアはこれ以上語ろうとはしなかった。魔導書という存在はウィリアムも初めて耳にした言葉。本来なら魔法は体内に有るとされるマナ、そして精神力を組み合わせ詠唱して放つ方法と女神アレスティアの名を直接詠唱し放つ方法の2つがこのヴィルヘルムには存在する。

特に後者は一部の騎士団や王族、貴族が使用するケースが多いのだが魔導書というのは聞いた事が無い。


「魔導書……か。」



「…この世界に神なんて居ない、こんな立派な像立てても無意味。幾ら崇拝しても神は助けてくれない…幾ら苦しんで泣き叫んだとしても神は何もしてくれない。」


クリスティアは中庭の真ん中にあるアレスという女神を象った像の前。それに近寄るとコツンと拳を当てて殴ってから歩き出す。

そしてギリっと歯を食い縛り、少し振り返るとその象を睨み付けた。

彼女がその足で向かったのは城の中で何も言わずスタスタと歩みを進めていく。


「ち、ちょっとッ!今度は何処行く気!?」



「出るんだよ、ここから!もう長居する意味なんて無いからな…世話になった。」


ウィリアムの制止を振り切って彼女は歩いて行く。

門の方へ差し掛かった時、聞き覚えのある声に止められてしまった。それは中庭で会った神父ことマーティンだった。


「…おや?何事ですか?」



「もう此処を出て行く…こんな所に長居なんてごめんだから。どいつもこいつも何も知らず笑って過ごしているから見てると吐き気がする。」



「困るんですよ…今貴女に勝手に動かれると。貴女は此処に居て貰わなくては困る……。」


彼はウィリアムを背にクリスティアの方へ少しずつ歩み寄り、距離を置いてから立ち止まった。


「何処へ行こうが何しようがあたしの勝手だ。アンタに指図される覚えなんて無い。」



「ふふ…相変わらず…乱暴な口の聞き方をする。あの時もそうでしたねぇ?その身体に魔導書を埋め込まれ…再び貴女と接触した時もこんな話し方だった。」



「ッ…!お前……ッッ!!」


ギリっとクリスティアが歯を食い縛る。

彼と出会った時の違和感の正体が漸く解った様な気がした。


「お久しぶりですね…被検体01…クリスティア・フォン・エーヴェルヴァイン……!」


マーティンは彼女を見ながら不気味に左右の口角を釣り上げてニタニタと笑っている。


「あの時の声…やっぱりお前だったか……ノコノコとあたしの前に現れた事を後悔させてやるッ!!」


城の中という事もお構いなく、彼女はマーティンへと殴り掛かる。しかし彼は最小限に避けるとクリスティアの背中を蹴飛ばしてあしらった。


「緋の魔導書は使わないのですか?」



「うるせぇッ、勝手に言ってろ!!」


クリスティアが振り返ると再び同じ様に飛び掛っては左右の拳と足による蹴りを放って彼を追い詰めて行くが、しかしどれも紙一重で避けられてしまう。

つまり戦闘に関しては向こうが上という事だ。


「さて…少しお借りしますよ?」


するとマーティンは廊下に並んでいた甲冑から剣を引き抜いて彼女へと突き付ける。


「少し運動に付き合って貰いましょう…殿下、お逃げ下さい。万が一の事が貴方に有っては困りますから。」


マーティンがそう促すとウィリアムは離れて行った。


「…あの時お前を殺しとくんだった。」



「何を馬鹿な事を。忘れられたあの場所に居た貴女を見つけ…そして解き放ったのは私。そして逃亡した貴女を此処へ連れて来て拘束したのも私。そして貴女はこの先もずっと此処に囚われる…。」



「そんなのはゴメンだね…あたしはお前も殺して他の関わった連中も皆殺すつもりだ……全員あたしの糧にしてやるッ!!」


再びクリスティアがマーティンへと襲い掛かる。

剣による一撃を避け、右手の拳を突き出し殴ろうとするが左手で払われてしまう。そして彼の膝蹴りが彼女の腹部へ命中する。


「がぁ…ッッ!? 」



「そんな野蛮な動きでは私には到底及ばない…。」


今度は髪を掴み上げて彼女の顔を覗き込むと

ニヤリと微笑んだ。


「次期に戦争が起こる…それもかなり大規模な戦争が。幾度と無く停戦協定を結んで来た国…ダラムと!!」



「て、てめぇ……ッ!!」



「…向こうは喉から手が出る程、魔法を欲しがっている。故に貴女の存在が必要不可欠なのですよ……戦争を引き起こす引き金となる貴女が…‎!!」


突き飛ばすと彼はクリスティアを見下ろす。

そしてその喉元へ剣の刃先を向けて来た。


「今の貴女の役目はダラムの兵士達を1人残らず皆殺しにする事。そして我々に戦を仕掛けた事を身を持って知ら占め、後悔させる…良い作戦でしょう?」



「ッッ…戦争は…戦争はあの時に全て終わったんじゃ無かったのか!?戦争を終わらせる為にアイツは死んで、あたしはこんな身体になって…でもそれが正しい事だとアンタらに信じ込まされてずっと戦って来たのに…!!」


彼女の訴えに対し、マーティンは笑っていた。

まるで彼女を小馬鹿にする様に。


「終わる訳無いでしょう?…魔導書の影響で知能も下がりましたか?人間に野心が有る限り…尽きる事の無い欲望が有る限り…戦争は終わらない。ずっと続くのです…この先も…未来永劫…何処までも何処までも!!」


クリスティアは力無くガックリと項垂れた。

戦争は終わっていなかったのだ。

つまり自分は連中に良い様に利用されていたという事になる。何の為に戦って来たのか…何の為にこんな身体にされたのか…それが彼女の中で渦巻いていた。


「やる……ッッ。」



「ん…何か言いましたか?解ったならさっさと…!」



「殺してやる…殺してやる…殺してやる…殺してやる…殺してやる…殺してやるぅううッッーー!!!」


彼女が顔を上げると途端に立ち上がって右腕を振り翳し無作為に魔導書を発動させた。彼が下がって攻撃を避けるとクリスティアは距離を詰めながら連続して右腕を振り翳し襲い掛かる。

マーティンは距離を取るとクリスティアを見据えていた。


「起動させましたか…ッ!緋の…魔導書を!!」



「お前なんか消し飛ばしてやる…塵1つ残さず…!!」


ドス黒い瘴気が彼女から放たれると2人の周囲に居た人間達が次々と苦しみ始める。そして花瓶に生けられていた花や庭の草木さえも次第に枯れ始めた。


「…緋の魔導書…そしてその力である命喰いヴァイタル・イーターは一度起動すれば彼女を中心に周囲に居る者の命を吸い続ける。その吸い取った命を糧とし…本人は…生き長らえる…!!」



「だぁあああッッッーーー!!!」


クリスティアが再び襲い掛かり、マーティンに向けて獣の様に鋭く尖った右手の爪を振り翳した。

彼はそれを剣で防ぐのだが砕かれてしまうと正面から蹴りを喰らって吹き飛んだ。背中からドアへぶつかるとその向こう側から悲鳴が上がり、それでもクリスティアは右側の赤い目を輝かせながら距離を詰めて行く。ドアを開けるとそこは城の上部へ向かう為の階段が有る広い空間だった。左右からも同じ様に階段が伸びている。


「…お前さえ消せば…戦争は始まらない…そうだろう?」



「そッ…それは…どうでしょう…?」



「……あたしは戦争なんて望まない。あたしが死ねば、あたしが消えれば…何もかも無くなる…マナさえ…マナさえ無くなれば…魔法マギアは無くなるッッ!!」


クリスティアが振り翳した右手をマーティンが避けると彼の背面に有った女神アレスの像に命中しガラガラと崩れ落ちた。


「…貴女が望まなくても…世界は…国は戦争を望んでいる…!!くそッ…おい、何をしている!此奴を早く捕らえろ…重犯罪者だぞッッ!!」


マーティンは騒ぎを聞き付け、通り掛かった兵士へ叫ぶと彼だけが慌てて走って行く。そしてマーティンは後退りながら彼女を見据えていた。

クリスティアは立ち止まると右手を前へ突き出し、構えている。


「…覚悟しろ、お前を此処で殺して…残りの連中も全て殺してお前の後を追わせてやる……あたしは復讐する…こんな運命を背負わせた貴様ら全てにッッ!!」


たんっと地面を蹴って正面へ刺突する形で右手を突き出したのだがその手は彼に届かず、空を切った。

いつの間にか彼は魔法を使ってその場から姿を消したのだ。すると突然動くなという叫び声と共に彼女の居る中央部を中心に左右と前方、そして後方を甲冑を着た者達により塞がれてしまった。槍や剣を向けられたままクリスティアは彼等を睨み付ける。


「……ちッ、また捕まるのかよ。」


歯を食い縛りながら右腕を元へ戻した時、こっちだと聞き覚えの有る声がする。振り返ると後方からウィリアムが兵士を馬で蹴散らして入って来たのだ。


「お前…何で!?」



「いいから早く!!」


クリスティアは舌打ちし、彼の方へ走る。そして彼の後ろへ器用に飛び乗ると馬は駆け出して行った。

後ろからは叫び声が聞こえて来るのだがそんなのはお構い無しに馬は駆けて行く。そしてそのままウィリアムは城の正面入口へ来ると強行突破する形で城の外へと飛び出した。


「…良いのか?こんな真似して。」



「良いんだよ…僕の居場所は彼処には無いから。それに…ずっと出てみたかったんだ、城の外に。」



「はッ……そうかよ。」


2人はそのまま馬に乗って街の中へと消えてしまった。そして多少強引では有るのだが、2人の旅はこうして幕を開けた。長い長い旅になる事を2人はまだ知る由もない。















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