第1話/目覚めと遭遇

-嘗て戦争があった。それはとても大きな戦争で戦場では多くの血が流れ、大勢の人間が犠牲となった。

剣や弓、槍、大砲といった武器によるこれ迄と何も変わらない戦争……の筈だった。突如として用いられたのが魔法マギアと呼ばれる異物。

それが初めて戦争に導入されたのだ。謎の力によって蹂躙される敵勢力とそれに伴って生まれる犠牲の数々。ある者は突如発生した炎に身を焼かれ、ある者達は水による激流に飲み込まれ、またある者達は巻き起こった風により吹き飛ばされたという。

それに加えて何も無い地面から発生した岩による攻撃、敵陣を消し飛ばす程の力と共にそれ等を眩い光によって消し去ってしまう力。それ等は全て未だ人類にとっては早過ぎる力だった。この大規模な戦いの果てに神は人類へその力の源を授けたのだという…神からの贈り物ギフトとして。

それこそがマナと呼ばれるエネルギーで、魔法を扱う為の手段。それから勝利した国は発展し更なる栄華を求めて歩み続けたのだという。これが後のヴィルヘルム国である。-



伝記第一章、国の誕生より

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「殿下。本日は朝から剣の鍛錬、それが終わり次第乗馬の鍛錬と…それから……」



「…それはもう聞き飽きたよ、リーゼ。何度も同じ事を話さなくても良いってば。」


金髪の少年が自室に来た女性と話をしている。

彼女は少年の補佐として此処に居り、基本的に身の回りの世話以外は彼女が引き受けている。

名はリーゼアイリス。無愛想だが上手くやってくれている為、あまり気には成らなかった。


「殿下は何処か抜けている所が有りますから、万が一を兼ねて説明しているのです。時間は待ってはくれませんよ?」



「解ってるよ。もう少し愛想良ければ良いのに…。」


熱心なのは嬉しいが、彼女は自分より3歳歳上。

整った美しい顔立とスタイルの良い身体付き。

その金髪も美しく街の女性と比べても引けを取る事は先ず無いだろう。だが彼女には愛嬌が無い気がする。


「……可愛さは職務に不要ですので。さ、早くお支度を。」


彼女は一礼し部屋を出て行ってしまった。

そして残されたウィリアムは普段着へと着替え始める。事実、彼はこの城から外へは出た事が無い。

産まれた時からこの城で育ち、遊び、学んでこの歳まで生きて来たのだが気になっている事が一つだけ有る。それは父親である現在の国王が何かを隠しているのでは無いかという事だ。

この国に古くから伝わる伝記には国の事が全て書いてあるのは知っている。しかし、魔法というのが何処から来たのかは記載されていない。

国同士の戦争の最中に用いたのが魔法と呼ばれる圧倒的な力という事は解る。だがそれは元から存在した訳では無く、突如として出現したモノなのでは無いかと彼は思っていた。


「父上は何も話してはくれない…魔法という存在が何処から来たのか、そして何故我々が扱えるのかも。」


着替えを済ませて寝室を出るとリーゼと共に部屋から出て廊下を歩き始める。すると彼女が話を切り出して来た。


「殿下、あまり地下牢の方へは行かぬ様にお願い致します…レナード殿下から貴方様へそう申し伝えろとの事ですので。」



「…バレてたか。でも彼女は何者なんだ?リーゼは何か知ってる?」



「争い事や揉め事を起こす常習犯…それだけしか解りません、他の事は何も。」



「彼女とは初めて会った気がしない…何かもっと前に彼女と知り合っている様な……そんな気がするんだ。そうだ名前、彼女の名前位なら解るよね?」



「名前……ですか?」


リーゼは彼にそう言われると少し考えた後、解らないとだけ彼へ伝える。そして剣の鍛錬の為に彼は外へ出る通路へ来るとその足のまま庭へと出て行った。

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それから算術や音楽等を含む稽古を済ませた時にはもう夕方、

ウィリアムは右手に残った痺れを気にして外を散歩していた。


「リーゼの奴…もう少し手加減してくれても良いのに。自分は騎士団の副官だから良いだろうけど…やられるこっちの身にもなって欲しいなぁ。」


ブツブツと不満を零しながら庭を歩いていると

自然とその足は例の地下牢の入り口へ向かっていた。入るなと言われていたが気になる物は気になって仕方無い。というのもその地下牢というのは例の彼女を閉じ込めて置く為の特別製な場所であり、外部の人間が解除しない限りは外へと出る事は出来ない。オマケに特注品の手枷と足枷が有る事から自由に動く事もままならないというまさに絶対的な場所。彼はバレない様に地下への入り口を開くとその足で石造りの階段をゆっくり下へと降りて行く。そして階段を降りた先を今度は右へ曲がって突き当たりの1番奥へと向かった。

もうこの牢屋は長い間使われておらず、放置されている事から此処に居るのは彼女位だろう。

自分が幼い時に出会った彼女だけだ。


「いつ来ても湿り気が凄いな……。」


そして1枚の変わった扉の前へ来るとそれに触れて開けた。この扉は魔述回路、即ち魔法を扱える人間でしか開けない様に細工が施されている為だ。

その扉が左右に開くとウィリアムは中へ入った。

彼の目の前に居たのは幼い時に自分が見た少女そのもの。黒く長い髪、そしてそれに対し赤いメッシュが内側へ入っている。衣類は脱がされていて裸そのものだった。何故、服を着ていないのかは定かでは無い。此方へ項垂れる様に左右の腕に銀色の手枷、そして視線を変えると左右の足首にも足枷が嵌められている。彼女は不老不死なのか歳はあの時から変わっていない。オマケに右腕の肘から下は包帯で巻かれている。火傷かそれとも怪我なのか病なのかも解らない。鉄格子とそれから結界による二重構造の為、とてもでは無いが外へは出られない。

排泄は恐らく全て床へ垂れ流し…その上女性である事から配慮は無い為、最悪だろう。

ウィリアムはじっと彼女の方を見つめていた。


「……会いに来たよ、元気だったかい?レティシア。」


そう呟くと彼女前へしゃがむ。

名前が解らない事から彼女の事を昔からそう呼んでいる。

彼には友と呼べる存在は居らず、ずっとこの城で暮らしている。城の外の人間なら交友関係の一つや二つ有っても可笑しくは無いのだが何せ身分が異なる為かそういった関係は殆ど無い。

今日あった出来事や話を彼女へ聞かせてはその事の繰り返し。嫌な事や楽しい事があった日も同じ事を彼女へしていた。今日も1時間程彼女と話すと彼は立ち上がって彼女を見つめる。


「それじゃ…また明日来るから。」


そう言って背を向けて立ち去ろうとした時だった。


「…へぇ…明日も…来るのか…?」


背後から女の声がして思わず振り返る。

気の所為だと思うが確かに声がした。

やや低めの女の声が。


「今のは…!?」



「…全く…服全部…ひん剥いて…人の事…閉じ込めやがって…ッ…!!」


気の所為では無い、また声がする。

彼はゆっくり振り向くと先程のレティシアの様子を確認する。顔を近づけた途端、彼女がいきなり顔を上げた。前髪が彼女の右目へ掛かる様に覆われ、片方の金色の瞳がウィリアムを見つめていた。


「うわぁあッ!!?」



「…誰かと思えば…何だ…、ガキか…さしずめ…無様に捕まって…身ぐるみ…剥がされた……女の裸を…見に来た……そうだろう?」



「喋った…!?まさかバケモノ…ッ!?」



「ちッ…おい…水…くれよ……。」



「え…?」



「水くれ…って言ってんだ…この空間の…マナは…もう喰らい…尽くした…だから…肉体の方が…持た無いんだよ…早くしろ…ッ…!!」


彼女がそう呟いて睨むとウィリアムは慌てて外へ飛び出し、通路へ戻ると非常時に使う水の入った容器を持って来てそれを彼女の前へ置く。そこからゆっくりと手で掬って彼女の顔の前へ持って来る。

どうやら結界は触れても問題無さそうだった。

すると彼女は貪る様にその水を飲み干すと次だと話し、更に同じ事を彼は何度か繰り返した。


「これで大丈夫?」



「あぁ…問題は無い…後は此処を出るだけだ…。」



「出られる訳無いだろ、結界も有るし何だったらキミのその両手足のそれはどうするんだよ?」



「…これか?…こうするのさ。」


そう呟くと彼女は右手を強く握る。すると鈍い音と共に右側の手枷が壊れ、更に左手でそれを破壊する。左右の足枷も同じく右手だけで破壊してしまうと裸のまま立ち上がった。


「まさか…魔法…!?」



「あ?魔法なんて要らねぇ…あたしにはコイツ魔導書が有るからそれで充分だ。それに…こんな安っぽい結界や拘束具であたしを閉じ込められると思ってるのか?そう思ってるなら…バカの集まりだな。見た所、金だけは有るらしいが…ッ!!」


ヒュンッと右手を振り抜くと結界が一撃で壊れてしまった。そしてウィリアムを見据えるように彼女が彼を裸のまま見下ろしていた。


「…此処の奴らには世話になったよ。人の事、散々 血塗られたバケモノブラッディ・クリスだの…魔女だの好き勝手言いやがって……決めた、アイツら全員殺してやる…それか取り込んでやるか…あたしの中に。」


ウィリアムは言葉を失っていた。

彼女は目覚めてしまったのだ。自分が彼女を目覚めさせてしまった…という風に言い換えるのが正しい。そして今、自分の目の前には裸の彼女が立っている。年相応の美しく華奢な身体付きをした女の子がそれも裸で。腹部には何かの刻印が黒い物で記されているのが解った。そして何より彼女の右腕の肘から下が気になる。火傷か怪我の痕なのだろうか?それは解らない。


これが僕と彼女の本当の意味での最初の出会いとなり、そして今思えば此処から全てが始まった。

彼女…クリスティアという1人の少女と魔法と呼ばれる力の存在を巡る長い冒険が。







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