第42話売春婦王女

 修道女たちがなんとかファビョリーヌ王女の侵入を押しとどめようとするが、王女の側近たる騎士たちに次々と排除されていく。


 そこは紅巾党こきんとう派の総本山ともいえる王都にある神殿だ。貴族たちが成人の儀式を行うためのものである。


 紅巾党こきんとう派はかつては豚やろう将軍が後ろ盾となっていたが失脚しており王族派の圧力たりえない。


 ――であるならば、このような暴挙は今の表の顔である聖母マンマ・ミイヤーが押しとどめを図るべきだが、大聖女祭りの総指揮で闘技場に行っており神殿に来ることは困難だ。


 そして裏の顔であり貴族派にも顔が利くピーチの姿もない。こちらは何者かによって拉致されているという噂だ。


 そんな混乱に乗じて、ファビョリーヌ王女は成人の儀式を行う神殿に現れ、無理やりに修道女たちを排除しようとしていた。


 メインメンバーのいない紅巾党こきんとう派の修道女では力による排除などされてしまえば、なすすべもない。まさに無駄な抵抗だ。


 修道女ができることは言葉で押しとどめることくらいだろうか。


「ど――、どうかおやめください。いまこの神殿で成人の儀式はしてはならないのです」


 しかし、そんな修道女の言葉にファビョリーヌ王女は怒気を強めるだけであった。


「はん。いまいましいあのピーチ・グリーングリーンが言ったから? そんなことで王女である私を排除しようなどとおこがましいわ。ピーチはただ私を聖女にしたくないだけなのよ」


「そうではありません。決して……」


「ではなんだというの?」


「そ、それは……」


 修道女はファビョリーヌに答えることはできない。


 主神の女神カーキンにより魔術で言うことを禁じられているからだ。


 そしてそれは成人の儀式を行う神殿としては致命のことであり、たとえ魔術による制約が無くても何人なんびとに知らせるようなことではなかった。今のこの神殿で成人の儀式を行うことの悲劇を知らせることはできないのだ。


「ほら、言えないのでしょう? だって、あの悪役令嬢の指示なのだから」


「そ、そうではありますが……」


「あら。認めるね」


「そ、そうではあるのですが……」


「えぇい、うるさい、うるさい、うるさい! あなたは私にただ従えばいいの。それが分からないの」


「ど、どうかごむたいは……」気づけば修道女は騎士たちに取り囲まれていた。


「はん。さぁ、さっさと神殿の祭壇に行くわよ」


 どかっ。


 修道女は何人もの騎士によって小突かれ排除される。


 騎士たちは10数人は下らないだろうか。


 いずれも王女ファビョリーヌを信奉する親衛隊のメンバーだ。


「では始めるとしますか……、緊張するわね……」


 神殿は祭壇がある中央ともなると静謐な雰囲気が支配しており、いかにも神聖といった感じが漂っていた。


 それはまさに神域といってふさわしい場所であろう。


 いっそ禍々しい感じがするほどの神聖さ。


 天からは天窓のステンドグラスからの光が、赤、青、緑といろいろな色の光をその場所に与えていた。


 そんな場所でファビョリーヌ王女は祈る。


 自らが聖女になることをまったく疑わずに。


 金色のゆるやかな髪が揺れ、それは一枚の絵のようであった。


「あぁ――、高禍原たかまのはら神留かむずまり九頭龍すめらつ水と商売を司るアクア・ポリシャン。我は成人に至りクラスを求めるもの。願わくば素敵な温情を与えたまえ――」


 正確な祝詞の詠唱により、周囲に聖なる力が集まってくる。


 それは神の出現だ。


 大きな力が集まると、水気を伴った一柱の女神がファビョリーヌ王女の前に顕現する。


「まぁまぁ、可愛らしい女の子ね。成人の儀式を受けようというの? そんな可愛らしい娘であるならば、素敵なクラスを授けましょう」


「ありがとうございます」


(やった、これで私も聖女よ)


 厳かな雰囲気で祈りを捧げるファビョリーヌ王女に、水と商売を司るアクア・ポリシャンは告げた。


 その顔は悪意に満ちたにやけた顔をしていた。


「貴女はそうね――。これからは売春婦を名乗るが良い」


(な、なんで……)


「聖女があれほどとどめたと言うのに。あー。なんで成人の儀式しちゃってんのかなー」


「私は王女よ! それがなんでこんなー」


「少しは考えてみるがいい。こんな大量に聖女を産み出したとき、その後何が起きるかとか。勇者を見て何も考えなかったの?」


「そ、それは……」


「それにいま大聖女祭りも佳境だというのに見るの邪魔しやがってだとか。神の楽しみを奪うとかあんまりではない?」


「……。だからといって! これはあんまりでは!」


「では貴方には一言言ってあげよう」


「な、なにを」


 女神アクア・ポリシャンはファビョリーヌ王女に近づき囁いた。


「ざまぁ~」


 ファビョリーヌ王女が絶望に落とされるその瞬間の表情は、アクア・ポリシャンを愉悦に浸らせる、とても素晴らしいものであったという。

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