第25話女神アクア・ポリシャン

 ピーチ・グリーングリーングリーンは神に祈る。

 両手を目の前に組み、神に祈りを捧げる姿は一枚の絵のようだ。



(あぁ、どうか――。わたくしに聖女の地位をお与えください――)



 そうしてピーチは祝詞を唱えた。それは王都の神殿に祭られる神の名であった。



「あぁ――、高禍原たかまのはら神留かむずまり九頭龍すめらつ水と商売を司るアクア・ポリシャン。我は成人に至りクラスを求めるもの。願わくば素敵な温情を与えたまえ――」


 するとどうだろうか。


 ピーチ・グリーングリーンの目の前に一人の女神が顕現したではないか。

 光る花びらがあたりに舞い散り、その女神の美しさを際立たせている。


(これは……、吾輩が成人の儀式を受けた時と同じ――)


 言ってみれば同じ成人の儀式なので神が出現する演出は同じなのだが、今回は周囲に修道女がいる。


 ははー。といった感じで修道女たちは現れた神にこうべを垂れていた。

 しかしそれは、かなり慣れた雰囲気もまたあった。

 卒業シーズンではこのような光景が何度も見られるに違いない。


 そんな中、ピーチ・グリーングリーンの婚約者である吾輩と、その侍女であるミイヤー・ロッテンは固唾を飲んで1人と一柱のようすを眺めていた。


(しかし、次女がマイヤー・ロッテンで、三女がミィヤー・ロッテンか……)


 その理論だと、長女の名前は中国の方が驚嘆したときに叫ぶ感嘆符になってしまうのだが、良いのだろうか。


 そんなことを考えつつ儀式を眺めていると、出現した幻のような女神が、ピーチ・グリーングリーンに語り掛けてきた。

 それは直接脳に語り掛ける思念の声だ。


『むぉ。いまおやつの時間なんだけど――。もう、怒っちゃうぞー。だいたい卒業シーンじゃないのに私を呼びつけるなっつーの。ほんとにぃー』


 なんだか、女神さんはお怒りのようだった。


 そりゃぁ、大好きなおやつタイムを妨害されたら誰だって怒るだろう。


 だが、それで人生を棒にされるのはあんまりなんじゃないだろうか。


「ひぃ……」


 女神が放つ《威圧》スキル。その圧力は圧倒的だ。

 迫力に負けたのだろうか。ピーチ・グリーングリーンが恐怖に慄いて倒れ込む。


 そりゃぁ、あんな女神の怒りに触れればただの女性であるピーチ・グリーングリーンが耐えられるはずもない。


 ん? ただの女性?


 少なくとも吾輩にとって彼女はただ女性ではない。


 彼女は高嶺の花である超絶美人な縦ドリルの悪役令嬢であり、そして捨てられると分かっているが少なくとも今は『吾輩の婚約者』だ。


 吾輩は修道女の制止も聞かず、ピーチ・グリーングリーンを抱き起した。

 そして女神と向き合う。


「おぃ、なんだね? そこのニンゲン? 神聖なる成人の儀式に介入するなんて、前代未聞なんだけどぉ?」


 女神はさらに不機嫌になった。


「吾輩は、この少女の婚約者ですぞ」


『だからぁ? だからなんだというのニンゲン? 神聖なる成人の儀式を妨害した君には素敵な祝福をプレゼントしちゃおうかなー』


「ふふり。吾輩の称号を見るが良いですぞ」


 それはまさに掛けであった。


 女神が吾輩のその称号を見てしまえば、少なくとも彼女は悪いようにはしまい。

 そう、『聖女に婚約破棄されまくりし者』だ。

 だが、女神は吾輩の称号の違うところを見ているようだ。


『へぇ……。ロリコン!』


システム:「女神アクアの祝福により、ホモサピエンスのロリコンの称号が強化されました。」


システム:「ホモサピエンスの称号ロリコンはロリコンGoになりました。」


『HENTAI!』


システム:「女神アクアの祝福により、ホモサピエンスのHENTAI+の称号が強化されました。」


システム:「ホモサピエンスの称号HENTAIはHENTAI++/アルティメットニッパーになりました。」


『人々を新世界に誘う白い悪魔!』


システム:「女神アクアの祝福により、ホモサピエンスの人々を新世界に誘う白い悪魔の称号が強化されました。」

システム:「ホモサピエンスの称号人々を新世界に誘う白い悪魔は、人類を新世界に誘う白い悪魔┌(┌^p^)┐になりました。」


 ずかずかと言ってくる女神の言葉は、吾輩の心にずかずかと突き刺さった。

 称号が祝福によって強化されていく。

 本来祝福は大変良いもののはずなのに、吾輩は心に激しい精神的ダメージを追った。


『そして――、これは――、あぁ、なるほどそういうことかぁ――』


 どうやら女神は気づいたようだ。


 にやりと、笑みを浮かべる。


『だがこの称号に従えば、君は婚約破棄されることになるのだが、いいのかね?』


「あぁ、構わんよ――」


『へぇ……。ほんとかなー。じゃぁこうしてみようかー』


 女神はその答えに対してなるほどとうなずくと、居住まいを正した。

 ついに成人の儀式のクライマックス、温情クラスの付与を行うのだ。


『――では改めて女神が一柱、アクア・ポリシャンが申し渡す。


1つ:料理や掃除、そして夜伽などあらゆる家事系スキルに補正がつき、子育ても万全も態勢を誇る良妻賢母な≪主婦≫か――


1つ:清らかなるその身体において絶世と呼ばれる美しさを得ることができ、更には膨大な魔力によって神聖系列はほぼ万能になることができる≪聖女≫か――


汝であればどちらを選ぶのか? 答えよ――』


 しかし見れば、ピーチ・グリーングリーンはまだ気絶していた。

 女神の神気に勝つことができなかったのだ。

 女神はそれを知っていてなお、続ける。

 我輩にむかって、悪魔が囁くように。


『ほぅ――。最初にちょっと《威圧》を放ったら、彼女ってば気絶しているじゃないか……

であればそうだな、そこの婚約者とやら、お前に彼女のクラスを選ばせてやろう――』


(そうきたか……)


 ここで、吾輩が『主婦』を選べは、ピーチ・グリーングリーンと晴れて結婚できると。

 そうなればどれだけ素晴らしいことか。


 だが、吾輩は迷うことはなかった。


「『聖女』で! 『聖女』でお願いしますぞ!」


 吾輩は出せる最大の声で女神に訴えた。


 確かに、ここで主婦を選べば吾輩としてはばんばいざいだ。

 だがそんなことをしたらきっとピーチは、ピーチらしさを失ってしまうだろう。

 そんな彼女といて、楽しいか?

 彼女を主婦にしてしまえば、きっと吾輩は後悔するに違いない。


『ふむ、ならば仕方がない。すばらしい愛情だな――。では彼女を聖女とすることにしよう。我が温情、ゆめゆめ忘れるでないぞ。』


「ははー」


 吾輩は謹んで承諾する。


 いやぁ、なんとかなったものだ。




 と、思ったのだが。


 だが、話はここでまだ終わらなかった。


 神からの神託を受けて聖女になったピーチ・グリーングリーンは、全身に聖なる力を受けて目を覚ましたのだ。

 天井からの光を受けた彼女は実に美しい。

 まるで輝くようだ。惚れ惚れする。




 そんな聖女となったピーチ・グリーングリーンは、女神に対してさらにある要求をした――


 それがのちに、世界を震撼させる大事件へと発展するのだ――

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