第20話素敵なメイドさん、マイヤー・ロッテンの華麗なる日々――
マイヤー・ロッテンはロッテン家の次女である。
現在はグリーングリーン公爵家の令嬢であるピーチに仕えている。
マイヤー家は3姉妹の男爵家だ。親が男の子を望み3人目まではがんばったらしい。
しかし、3人も貴族の子女がいれば男爵家にとっては大きな家計の負担となる。生活費により最終的に借金を抱えることになる。そこで親は借金解消のため主家であるグリーングリーン公爵家に3姉妹を侍女に出すことに決めた。
そして、あの事件が発生する。
先のグリーングリーン公爵家の当主が賊に殺されたとき、当主の侍女として一緒に移動していた長女も同じように殺されたのだ。
さらにはピーチ侯爵家令嬢も不貞を疑われて婚約破棄され、その弟に侯爵家の実権を奪われて追放も同然の状態となっている。
目まぐるしく変わる状況――
うまく立ち回らなければロッテン家はたちまち無くなってしまうだろう。
うまく立ち回るためには調査が必要だ。
そんな中、次女のマイヤー・ロッテンは王都を離れ、ある男を探しに街に来ていた。その長女を殺した賊を全て捕まえ、犯罪者奴隷に落とした人物が、今回の尋ね人となる。
彼はまた、主であるピーチ・グリーングリーンを助けた人物である。
その名をホモ・サピエンスという。
マイヤー・ロッテンは、その男の調査をするために男が住むという魔界の森の前にある街にまでやってきた。今後のロッテン男爵家の行先をどうするかは、マイヤー・ロッテンの調査次第だ。
そして判明したことは、彼はいまもモンスターと戦うために魔界の森内に築いた橋頭保である砦に住んでいるということだ。
立派な心掛けだが異常なことだ。よほど普通の人間がするようなことではない。訓練を詰んだ一流の冒険者でなければできないことだ。
彼――周囲の人間はサピエと呼んでいる――の評判は街の中では上々のようだ。
なんでも最初は牛さんを飼ってその牛乳で暮らしていたが、家を失った孤児の少女たちを見て義憤に駆られ、少女たちを集めて訓練を施し、いまでは少女らと一緒にモンスターを狩って暮らしているらしい。
サピエはアイテムボックスを保有しており、砦から街まではそのアイテムボックスに討伐したモンスターの部位を大量に持ってきてくるため、街では異様な好景気に沸いているそうだ。
対抗して他の冒険者の魔の森に入って稼いでいるが、森の中に砦を築いているのはサピエたちだけであり、狩る内容も効率も相当に違うようだという。
さらには高品質のジャイアントスパイダーの織物なども売りにだし始めており、砦の中でジャイアントスパイダーでも飼っているというのではないかという噂まである。
それは大変に結構なことだ。
そこまでお金を稼いでいるのであれば、今後ピーチお嬢様が食うには困らないだろう。
――だが。
そうは思うが、マイヤー・ロッテンはため息をついた。
(何もグリーングリーン家を捨ててまで嫁ぐことはないでしょうに……)
マイヤー・ロッテンはピーチ・グリーングリーン公爵令嬢より手紙を受け取っていた。
これをその男に手渡してしまえば、ピーチ・グリーングリーンは、その男に嫁ぐかたちで婚約することが本格化するであろう。
マイヤー・ロッテンがサピエの代わりに砦に滞在し、サピエは王都に向かうことになるのだから。
ピーチの弟も婚約には乗り気だ。
ピーチが婿殿を迎えるのではなく他家に嫁ぐとなれば、彼はグリーングリーン公爵家の実権を完全に握れることになる。ていの良い厄介払いができたと喜んでいるに違いない。
王都にあるサピエンス家とはすでにピーチ女史自らが出向いて外堀は埋めてある。
「騎士道に基づいて聖女に振られた男子と婚約する――」「盗賊団から助けてもらい、彼にピーチはめメロメロ――」などと、あることないことが結構な噂として広まっていた。
確かに姉を殺した賊を倒した男であるから、マイヤー・ロッテンとしても敬意は持っている。
ピーチもまた、自身を救い、父を殺した賊を倒した男には感謝していることだろう。
だが、その裏でピーチの弟がグリーングリーン家をわが物のように扱うのはマイヤー・ロッテンには気がくわない。ロッテン家にとっても弟は都合が悪い。できうるならばピーチがグリーングリーン家の実権を握って欲しいのだ。
(それとも、ピーチお嬢様には何か策があるのか……)
同じ貴族であっても、弱小の男爵家の次女と上級貴族とでは考え方は違う。
何かマイヤーが想像もできないような思考がピーチの中には走っていることは否定はできない。
だいたいにおいて、関係が断絶しているのだから本来は必要もないのに、わざわざ勘当した親に挨拶しに行くところからして行動が変だ。
何かを隠すため、違う噂をまき散らそうとしているような意図を感じる。
だが、マイヤー・ロッテンにはその何かが分からない。
そもそも、ピーチの父を殺した賊を放ったのがピーチの弟だという噂もある。
というか、ロッテン男爵家の調査では限りなく黒だ。
このまま放置すればいずれ発覚し、お家断絶または信用の失墜など、大変なことになるだろう。
だからこそ、現在ピーチ側にロッテン男爵家はついているわけであるし、そもそもあのピーチがこのまま終わるとはマイヤー・ロッテンは考えていない。
なにしろピーチは、悪役の誉れ高いグリーングリーン公爵家の令嬢なのだ。
しかし、いくら考えてもマイヤー・ロッテンにはピーチの考えている策というものはさっぱり理解できなかった――
・ ・ ・ ・
吾輩は人である。
名はホモ・サピエンス。
吾輩も名が売れてきているようだった。
曰く、「ようじょと毎日きゃっきゃうふふしているヒモ」だとか、「牛さんを飼って毎日乳シボレーに励んでいる人」だとか。
事実であるだけにへこむしかない。
そう、最近の吾輩はこれといって仕事をしていない。
牛さんから乳しぼりは毎日しているがな。
後はようじょと戯れることだろうか。もみもみしている。
ようじょとはもちろん、おっぱいのためにつぎつぎと擬人化していったリナちゃんたちのことだ。
世間一般的には哀れな孤児の女の子を拾ってきて育てている貴族の道楽息子 (ただし、美少女限定)としていたはずなのだが、どうしてこういう変な噂が広まってしまったのだろうか。
王都ではその養女たちの冒険者パーティのチーム名がバカ受けしているらしく、特にリーダの《魔王》リナちゃんの人気が高いらしい。二つ名が物騒すぎるとか。というか、ょぅι゛ょっょぃとか、あんな転生前のオタク世界でしか知られないネタがなんで広まっているのか不思議だ。
この前、絵師がやってきてリナちゃんの可愛らしいイラストを一枚書いていったくらいだ。冒険者ギルドで販売するらしい。
……。ぶっちゃけ、吾輩も欲しい。
そんなことを考えつつも、ついにその日が来てしまった。
我々の住処である砦に、一人のメイドさんがやってきたのだ――
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