第8話勇者死す!

 海上10,000――


 その上空に、駆逐飛空艦、奇城 茨魏魏ヶ島いばらぎおにがしまは悠々と浮かんでいた。


 この奇城 茨魏魏ヶ島いばらぎおにがしまは三魔王連合の大作だ。


 製造は≪暴食之魔王たる魔王≫ベルが。

 攻撃や≪操縦は激情之魔王たる魔王≫ジャック・ザ・ハートが。

 そしてダメージコントロールを≪傲慢之魔王たる魔王≫フアトロが。

 それぞれ行っている。


 他にも魔王にはパラチオン王国をモンスター群に侵攻しさせた怠惰之魔王たる魔王ベルフェや、色欲之魔王たる魔王エディプス・コンプレックスなどがいる。


 そんな中、甲板に一人立つのは激情之魔王たる魔王ジャック・ザ・ハートだ。


 彼は今、最高に愉悦に耽っていた。


「あぁ、 世界が平和でありますように!


 この駆逐飛空艦、奇城 茨魏魏ヶ島いばらぎおにがしまが海だけでなく大地の上空も飛べればいいのになぁ。そうすれば人類を皆殺しにして、世界を平和に導けるのに……」


 その表情は極めてご満悦だ。


 激情之魔王たる魔王ジャック・ザ・ハートは、今まさに艦長としての仕事を行っていた。


 艦長としての仕事とは艦の行動の指揮を執ることである。


 魔王ジャック・ザ・ハートは、与えられたおもちゃであるこの艦での生活をまさに満喫していた。


 そんな魔王ジャック・ザ・ハートは不意に艦の外の映像から異常に気付く。


 魔王ジャックは正面のメインウィンドウを開いた。

 魔道カメラに海船が見える。


 思わずひゅー、と口笛がなった。


「ひゃっは――、魔界の海を犯さんとするこの侵入者どもめぇ――」


 正面のウィンドウに映るのは一隻の帆船、海洋船ネギ―カモだ。


 そんな海洋船ネギ―カモだが、なにを考えているのか、大陸の北側の海から魔界の森を迂回して今や魔界の東側である海に侵攻してきていた。


 魔王たちが指定するEEZ海域にである。


 この奇城 茨魏魏ヶ島いばらぎおにがしまは海からの水属性の魔力を得て空に浮かぶタイプの駆逐飛空艦で、大陸の中では飛べない、艦兵装がなく攻撃手段がない、近代化改装をまったくしていない、など、およそ駆逐艦とは言うには足りない欠点はあるものの、海の上ではある程度の高度を自由に航行できるというメリットがある。


 ジャックは≪威圧≫スキルを発動し、そんな忌まわしい海洋船ネギ―カモを威圧する。

 当然だろう。こいつらは魔族が支配する海上の侵犯をしているのだから。


「貴殿らは許可もなく、

 我らがEEZ圏を犯している。


 この世界の秩序と平和を乱しているのだ!


 直ちに逃走するが良い!」


 このスキル《威圧》は自らの攻撃のあたる範囲について『攻撃宣言』を行うものだ。

 いうなれば火器管制レーダーの照射のようなものであろう。


 JRPGであればウィンドウが開き、楽しげな戦闘音と共に「激情之魔王たる魔王ジャックが現れた」などというメッセージが現れる。


 MMORPGであればモンスターがアクティブになったことが分かるはずだ。


 そんなスキルである。



 茨魏魏ヶ島いばらぎおにがしまも攻撃力こそないものの、強大なHPが見えるはず。

 空中に浮かぶ船はまさに、ラスボスたるに相応しい威容を誇る。



 だが、スキル《威圧》を使っても海洋船ネギ―カモからの反応はなかった。


 乗組員に《危険感知》のスキルを持っている人間はいないのだろうか。


 命の危険がここにあるというのに。



「あれ? 反応薄いな?」


 魔王ジャックは首を傾げた。

 スキル《威圧》は要は喧嘩を売りますと言っているに等しい極めて危険な行為である。

 それが分からないはずがないのに。



 だがそれもわずかなことだ。


 逃げるというのであれば考えることもあるのだが、逃げ惑うこともないというのであれば攻撃できる絶好のチャンスである。



 だから魔王ジャックは詠唱を開始する。


 そう、茨魏魏ヶ島いばらぎおにがしまには攻撃力はない。

 それで駆逐艦という名前を付けていいのかと疑うほどに。


 だからといって攻撃手段がないわけではないのだ。

 艦に兵装がなければ――、乗っている乗組員が魔法攻撃を放てば良い。


 そして船に乗っているのは魔王である。

 魔王は大抵の場合、攻撃魔法の扱いが優れていることが多い。


 魔王ジャック・ザ・ハートはゆっくりと詠唱を開始した。


 その詠唱時間は極めて長い。


 なぜなら、強大な大魔術を放というとしているからだ。



 逃げられてしまっても特に構わないのだ。それならば逃げ惑う姿を笑いながら眺めるだけである。


 そして、いくら詠唱が長くても詠唱中に反撃を受けることもないだろう。


 相手は帆船で、こちらは飛空艦である。相手側には制空権はまったくないのだから。



 それはまさに魔王ジャック・ザ・ハートが望む|海戦≪ロマン≫であった。



 魔王ジャックが手のひらを広げる。


 その先に淡い桃色の光が集まっていく。


 光が轟きをあげて唸っていく。



 それは、桃色の脈動――



 それは、敵を倒すために作られた幻想の破壊神――



 それは、世界に散らばった魔力をかき集めて集束する超遠距離攻撃魔術にして闇炎の最終奥義ラストワード――



 アニメであればテーレッテーテーレッテーなどと処刑用BGMが流れることだろう。



「侵入者どもに正義ジャスティスを執行する!


 喰らえ、流派:闇炎系の最終奥義にして最凶の一撃!

 世界を破壊するチェレンコフの光!


 熱↑核↑LoveラブLoveラブ爆裂弾!!」


 スキル《熱核爆裂弾ニュークリアバレット》が海洋船ネギ―カモを襲う。



「ははは――。しずめ! しずめ! しずめぇぇぇ! 海の底へぇぇぇ――!」


 放たれた破壊の光はまるでシャワーのように圧倒的な力となって、シーベルトの本流を敵船に叩き込んでいく――






 ・ ・ ・ ・ ・






 ――その時、勇者パーティは外洋を進んでいた。


 勇者たちは魔王を倒すため魔界の森を通ることはせず、大陸の外側を海を使って一気に魔王城を目指すことにしたのだ。


 レベルはある程度あがっている。


 多少の不安はあるものの、強い魔物が出ればそれこそ逃げれば良いのだ。


 帆船ネギ―カモは最新鋭の海船である。


 世界の海船の中では人類最速の呼び声も高い。



 そんな中、勇者は女騎士と聖女という両手の花の状態で、ハーレムな水着回を楽しんでいた。


「海洋にでておよそ1週間、順調だな――」


 サングラスを付けてベンチに座り、優雅にワインをストローで飲みながら、勇者キリッカート・パインツリーはだらけていた。


 隣で同じように寝そべる女騎士が答える。

 白い水着が光を反射していた。


「そうね……。海の魔物もほとんどでないし」


 海の魔物が出ないのはからくりがある。


 魔物が匂いを嫌う魔道具を使用しているからだ。


 この魔道具を使うと、なぜか自分たちよりレベルの低いモンスターは逃げていくようになる。



 あぁ、青い空に薄い白い雲が流れてていく――


 日差しは強く、日光浴には最適だ。


「しかし見つからないわね。魔王城は――」


 勇者たちの目的は魔王を倒すことだ。


 魔王を倒すためには、その魔王がいる魔王城を探さないといけない。


 外洋を流れ始めてから相当経つが、海岸線の魔界の森はずっと森であり、人工物の影もなかった。


「もしかしたら、このまま大陸の海岸線を沿って進んだらそのまま南側の国家側に辿り着いてしまうかもね」


 そういって女騎士は笑う。



 それも良いだろう。勇者は思った。


 安全な航路として南側と北側の国家が繋がるのであれば、危険な魔の森を通らずに南北の交流ができるようになる。



 だが、そんな勇者たち一行のパーティに影が差す。


「警戒!」


 勇者は叫んだ。


 スキル≪危険感知≫が猛烈な勢いで反応したのだ。

 黒板をガラスでひっかくような猛烈な反応である。

 こんな反応をスキルが見せたことは今まで一度もなかった。


 だが、周りを見てもなんの反応もない。


 海岸側はずっと森で、海側はずっと地平線まで海である。

 モンスターも何もない。


 カモメすら飛んでいない。


 いったいスキルは、何に反応したというのか?

 さては海の中か?


 勇者が疑問に思っていると、急に女騎士が腰から崩れ落ちるのが見えた。


「そんな……、バカな――。あんなの、ありえないわ」


「どうした!? 女騎士!?」


 勇者はあえて女騎士をクラス名で呼んだ。


 奮起を促すためだ。



「上よ! あんなもの、どうしろというの!?」


 促されて勇者は上空を見た。

 そして見てしまった。


 驚愕する。驚愕せざるを得なかった。


 世界を埋め尽くすかのような敵HP表示がそこにはあった。

 共に画面一杯に現れた達筆な文字がラスボスの登場を演出する。



 その名を――奇城 茨魏魏ヶ島いばらぎおにがしま



 勇者は咄嗟にシステムメッセージに目を走らせる。


 敵がいるのであれば、何かの書き込みがあるはずだった。


システム:『駆逐飛空艦、奇城 茨魏魏ヶ島いばらぎおにがしまが現れた!(攻撃アクティブ表示)』

システム:『≪激情之魔王たる魔王≫ジャック・ザ・ハートが現れた!(攻撃アクティブ表示)』


 どうするべきか。

 勇者は身構える。


 ≪魔王≫の文字に手が震えた。

 相手は完全な攻撃アクティブ表示、完全戦闘態勢だ。


「おいおぃ、いきなりラスボスかよ……」


 しかしその距離は10,000は離れているだろうか。



 HP表示が見えなければ、そして危険感知スキルがなければ、それは画面上1ドットのノイズのようにしか見えない。


 だが、そんな茨魏魏ヶ島いばらぎおにがしまからの反応がある。



 桃色の光が収束しているのだ。

 周囲から散らばった魔素を吸引することで発生する淡い光――



 まさか――

 まさか――、魔砲攻撃をしようとでも言うのだろうか。あんな遠くから。



「聖女! あれはやばい! 《絶対魔法防御》を使え! 今すぐに!」


「は、はい!」


 スキル≪危険感知≫を持たない聖女はなんだかよくわからない表情だが、言われるがまますぐに神聖魔法を展開する。



 船は勇者たちの喧噪をよそにゆっくりと進行方向に揺れていく。


システム『スキル《熱核爆裂弾ニュークリアバレット》が詠唱されています。』


システム『このスキルは空対地地域マップ破壊系強制イベント扱いです。』


システム『すみやかに対抗手段を講じてください』



(いったいどう対抗すれば良いというのだ。こちらはただの帆船だぞ。あんな飛空艦にどうすれば――)



システム『スキル《熱核爆裂弾ニュークリアバレット》が承認されています。』


システム『速やかに退避してください』


システム『この地域の生きとし生けるものすべてが死滅します。』



(だから、いったいどこに逃げろというのだ!)



 勇者は感じた。



 《危険感知》のスキルによって、地平線の北の彼方からその反対側の南の方に至るまで、勇者の全周囲に赤い▼のマークが広がっていく。


 その▼マークの数は何千何万にもおよび、敵がいかにも「ここを今から攻撃します」という強い意志が容易に推測できた。



 それは、まさに破壊の衝動だ――


システム『繰り返します。』


システム『速やかに退避してください』


システム『この地域の生きとし生けるものすべてが死滅します。』



(ありえない、ありえない……)



 女騎士は放心状態でただ座り込むだけで。


システム『5秒前:イベントアニメーションが発動します。』


システム『4秒前:イベントアニメーションが発動します。』


システム『3秒前:イベントアニメーションが発動します。』



「間に合えぇぇぇ……」



 ここで聖女が詠唱したスキル《絶対魔法防御》がついに発動する。


システム『2秒前:イベントアニメーションが発動します。』



「えっ」



 勇者は聖女を付き飛ばし、その絶対魔法防御の中に入りこんだ。

 個人用の絶対魔法防御だが、有効なのは魔法のみであり、物理で押し出すことは簡単だ。



システム『1秒前:イベントアニメーションが発動します。』


 光が到達する。



システム『イベントが発動します。DESTROY!』



 その放たれる攻撃速度はなんと秒速3.0x10^8メートル。



 女騎士は、聖女は、その笑顔は一瞬にして蒸発した。


 攻撃に転化してしまえばそれは一瞬の光だ。



 だが、勇者は疑問に思ってしまった。


 強制イベントで起きるアニメーションにそんな通常スキルが有効なのだろうか?


 勇者は元いた世界でゲームの中で起きるイベントというものを何度も見てきた。



 それは、どんな行動をしようとも勝つことができない絶対強制の壁であった。



 いくら絶対魔法防御とはいえ、防ぐのは魔法だけであり、単なる光の本流を防ぐことはできない。


 10シーベルトを超える光が勇者を襲う。

 攻撃は魔法だとしても、絶対魔法防御は光を透過した。

 その光は単なる粒子である。



 およそ2ターン後、勇者はその光を全身で浴びた――















 勇者パーティは、全滅した―――

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