第2話プロローグ:成人の儀式
吾輩は人である。
名前はホモ・サピエンス。
時はさかのぼる。
それは勇者とサピエのパーティが「成人の儀式」をするシーンだ。
男爵家であるサピエンス家にあって、真なる人という意味でホモという名前を付けられた。
だが、吾輩はこの名前が気に入らない。なぜにわざわざ人を強調するのかと。
だから基本、吾輩は本名ではなく吾輩のことはサピエと呼ぶ。
通常の名前を呼ばれるようなところでも吾輩はサピエで通した。
そんな吾輩はそのサピエンス家の中にあって三男坊である。
そして2人の姉がいる。男3、女2の5人兄弟だ。
――親はがんばったらしい。
そう――、5人もいればきっと親も名前付けがだんだんと適当になっていったのも仕方のないことかもしれない。適当すぎると恨みたいくらいだ。
吾輩はそんな不遇な三男坊である。
当然のように男爵を継承するような立場にはない。
成人になれば家を追い出され一人で生きていくしかない。
周囲にはそんな友達がたくさんいた。
将来、その後放逐されることが分かり切った幼馴染たちである。
だから、将来成人で放逐されるまでの間、吾輩たちはさまざまな訓練を行ってきた。
吾輩が行ってきたのは
すでに幼馴染と一緒に冒険者パーティを作って旅に出ることを決めていたからこその職業選択である。
この世界にあって
戦闘においては攻撃力は低いが回避が強く、クリティカルが出やすいという特徴を持つ。
一緒に仲間になる冒険者はアタッカーx1、タンクx1、ヒーラーx1を目指していたため、バランスを取っての選択であった。
アタッカーの男の子は同じく男爵家の次男で、タンクを志望する女の子セリーヌは吾輩の姉、ヒーラー志望の女の子は吾輩の恋人だ。
ヒーラー志望の女の子の名前はミーコ・ホワイトキャッスル。
長い髪の美しい女性で吾輩とは将来を誓い合い婚約をしている。
いずれも貴族ではあるものの、長男/長女ではないため次期当主の目はない。
だからこそ、比較的自由に将来を決められるのだ。
「やはり目指すのであれば最強だ。最初のクラスの選択もギャンブルをしなければ」
アタッカーの男はニヒルに言った。
彼の名前はキリッカート・パインツリー。俺から見ても2枚目のかっこいい男だ。
常に剣術の訓練に明け暮れており周囲からも成人すれば
ギャンブル――、キリッカート・パインツリーが言うそれは、「成人の儀式」に係るものである。
成人の儀式は、この世界の独自の文化であり、神に祈ることで独自のクラス――スキルを授かるというものである。
クラスにはさまざまな種類がある。その代表はやはり≪勇者≫だろう。
魔王を倒すために存在する勇者は、そのクラスとなっただけで国が多大なる支援を行うことだろう。
成人の儀式で神から与えられるクラスは、まさにその後の将来を左右するのだ。
さて、その成人の儀式――受ける場所によって得られるクラスに差異がある。
例えば村の場末の神殿であればほとんどが『村人』になるだろうし、王都であれば『市民』の他、『兵士』なども与えられることがある。
王宮の王族専用の豪華な神殿であれば『王族』『貴族』などのさらなるクラスを得ることもあるだろう。
王宮の神殿は神の寵愛を得るためにそれはそれは豪華な造りとなっている。費用も惜しまない。
だが、貴族とはいえ次期当主候補でもないサピエたちに王宮の神殿で成人の儀式が受けられるはずもなかった。
キリッカート・パインツリーがギャンブルといっているのは、それとは異なる特別な神殿のことだ。
例えば人知の及ばぬ深き山の山頂にあったり、海底深くにそれら特別な神殿は存在する。
または―――――容易に入る込むことのできない紛争地域や、強大なる魔王が住む魔族の領域か。
こういった特別な神殿では通常では考えられないような、素晴らしいレアなクラスを得ることができる、かもしれないのだ。
ただし、素晴らしいといっても『素晴らしく良い』、『素晴らしく悪い』の2種類が存在する。
普通に生きていくのであれば地元の神殿で成人の儀式を受けるのが普通であるし、その後の生活も安定が約束されている。
だが、吾輩たちは普通を目指そうとはしていなかった。
(どうせなら≪勇者≫パーティとなって世界を冒険したい――)
吾輩たちが持つ夢は壮大で、であるからこそクラス選択もリスクを背負ってでもレアなものを得ることを望んだのだ。
そうして、俺たちは知る中で最もハイリスクといわれるヒエイの山頂にある神殿で成人の儀式を受けることにした――――――
・ ・ ・ ・ ・
日も沈まんとする夕暮れの赤色の中にその4人の姿はあった。
アタッカー志望の男キリッカート・パインツリーに、レンジャー志望の吾輩、そしてタンクを目指す姉セリーヌと、ヒーラーを目指す婚約者のミーコ・ホワイトキャッスルの4人だ。
3日をかけてようやくたどり着いたその場所は、神聖なるヒエイ神殿だ。
管理されていないため、神聖だが廃墟でもある。
退廃的な美しさがそこにはあった。
さて、その神殿。さしたる特徴というものが一つある。
中央には両手を広げた男性の像があるところが目立つところだろうか。
日本人であればそれがグリ〇の像であることを見抜くことだろう。
胸にはあの文字が描かれている。
それは笑いを象徴する大阪を代表するスタチューの一つであると言えるだろう。
多大なる恩恵を与えるとともに最後にオチを提供するのだ。
「この像の前でお祈りするのか――」
吾輩は成人の儀式作法を思い出しながらキリッカート・パインツリーに確認する。
「あぁ、これで人生のすべてが決まるとなると緊張するな――」
キリッカート・パインツリーの額に汗が浮かぶ。
成人の儀式においては神殿に祭られる神の名前を語り、その上で「成人の儀式を受けに来たのでクラスをお与えください」といった趣旨の言葉を詠唱することで終わる。文言はそれっぽければなんでもよい。
神殿の名は忘れられている。だが神の名前だけは知られていた。
この神殿に祭られる神は
そこに若干の不安があるものの、
「ではさっそく――」
そういうやいなや、吾輩の姉であるセリーヌは像の前で跪いた。
どんなクラスが与えられるのかまったく分からない状況で、よくすぐに祈りを開始できるとはと我が姉の勇気に感銘を受ける。
セリーヌは目を瞑り祈りを捧げた。
するとセリーヌの付近に不自然に優しい緑色の光が舞い降りた。
これが成人の儀式のエフェクトだというのだろうか。
「あぁ――、
そして定型文の祝詞を詠唱するとどうだろう。
目の前の像が陽炎のようにブレるではないか。
そして像は動き出すと両手を祈りを捧げる姉の前に顕現した。
「おぉぉ、これは――」
「これが、神――」
「素敵だ――」
彼こそが
『おぉ――。麻呂に成人の儀式を求めるなどいつ依頼だろうか――。よろしい! 汝には素敵なクラスを選ばしてやろう――
1つ:苦難の道が続き、精進しなければあっというまに凌辱されるが、人々の尊敬を得られ勇者と共にあることができる≪女騎士≫か――
1つ:愛する者とは決して共に立つことはできないが、強大な闇の力をもって彼の者を支えることができる≪女魔法使い≫か――
汝であればどちらを選ぶのか? 答えよ――』
その姿はまるで料理番組で2つの料理の中から1つを多数決で選ばせる司会者のよう――
あるいは、金と銀のどちらの斧を選ばせる水の女神か。
その言葉に姉は動揺している。
通常、クラスというのは祈りによって神が一方的に与えるものだ。
だがこの
姉は一種迷ったが、躊躇なく答える。
「では――、私は勇者とともにあることができる≪女騎士≫を選びます――」
姉にとって勇者とはいったい誰のことになるのだろうか。
姉はちらりとキリッカートを見た。
姉はともかく勇者と共にあることができる女騎士を選んだ。
『よかろう。では心して聴くが良い。
そうして、姉の周囲を包んでいた光が消えていくと、姉は興奮した様子で「やった」と小さく叫んだ。
「ねぇ、聞いたぁ! 女騎士だって、女騎士! もうタンク職としては最強じゃない!」
「さすがです。おねぇさま」
興奮する理由も分かるというものだろう。吾輩も興奮している。
姉の希望する通りのタンク職だ。そして完全なるレアスキルである。
なにしろ女騎士といえば国の顔ともいえる。国に一人いれば良い方なのだ。
もうこれは将来を約束されたも同然だろう。
「しかし勇者と共にか――」
若干残念そうな声をあげるのはキリッカートだ。
女騎士には勇者が付き物だ。
もしも姉が勇者に嫁ぐとなればキリッカートと姉の恋愛関係も無きものになってしまうだろう。
「何言っているのよ」
「ん?」
「キリッカート! 貴方が勇者さまになれば良いだけじゃないのよ」
そうだ、キリッカート・パインツリーはまだ成人の儀式を終えていない。
キリッカート・パインツリーが勇者になれば何の問題もないのだ。
吾輩は言う。
「じゃぁ、次はキリッカートの番だな」
「いいのか?」
「いいに決まっているだろう、こういうのは勢いだ」
吾輩はキリッカートの肩をばんばんと叩いた。
「よし行ってこい!」
「あぁ! 必ず勇者を勝ち取って見せる」
キリッカートは姉と同じように像の前に跪いた。
そして祈る――
(あぁ、キリッカートにどうか勇者が与えられますように――)
吾輩も同じように祈ると、さきほと同じようにキリッカートの周りに青白い光が集まり、像からは
『おぉ、本日2人目か――、さて最後のオチは置いておくとして、汝にも2つのクラスから一つを選ばせてやろう。
1つ:どれだけ努力をしたとしても決して魔王には勝てないかもしれないが、人々からは崇められ人類の道しるべとなるであろう≪勇者≫か――
1つ:酒池肉林を築き上げ、好き放題に傍若無人な振る舞いをすることができるが、人類に仇名す敵となる≪魔王≫か――
汝であればどちらを選ぶのか? 答えよ――』
「勇者を――」
それはもう即決だった。この上ないくらい即決だった。
何が楽しくてこの選択肢で魔王を選ぶやつがいるのだろうか。
それはもう、世界の半分を得られるかもしれないがレベル1になるという選択と同じくらい確定した選択であろう。
『よかろう。では心して聴くが良い。
「やったー。キリット! おめでとう!」
姉はキリッカート・パインツリーに――勇者に抱き着いた。
勇者は我が意を得たりとにやりと笑う。
「ありがとう! やったぜっ!」
だが、吾輩は
かの神は『最後のオチは置いておくとして』と確かに言った。
確かにこの大盤振る舞いは異常である。
なにせ≪勇者≫に≪女騎士≫である。
これに≪聖女≫も加われば麻雀で言えばトリプル役満になることだろう。四暗刻単騎・字一色のゆようなものだ。
その反動として来る『オチ』は相当に悲惨なものになるかもしれない――
それを察したのか、吾輩の婚約者ミーコ・ホワイトキャッスルはすぐさま祈りの態勢に入った。
「あ、てめー」
「あぁ――、
唱えれば効果は覿面に表れた。
すぐさま
『うむ本日3人目だな。ではそろそろ遊び始めようか。
1つ:清らかなるその身体において絶世と呼ばれる美しさを得ることができ、更には膨大な無限の魔力によって神聖系列はほぼ万能になることができる≪聖女≫か――
1つ:新たなる世界観を得ることができ、数々の男どもを手玉に取ってヒロインと戦うことができる≪悪役令嬢≫か――
汝であればどちらを選ぶのか? 答えよ――』
「聖女で! 聖女でお願いします!」
ミーコも即答だった。
『よかろう。では心して聴くが良い。
そうして消えていく
「お前、お前なぁ……」
吾輩はため息つく。
「あら? 婚約者に対して悲惨なクラスにツケとでも言いたいの?」
婚約者はすでに聖女クラスのスキルを発動しているのだろうか。きらきらと輝いていて見えた。
「いや、そうではないのだが……」
「大丈夫よ。サピエがどのようなクラスでも私は捨てたりしないわ」
そういってくれる婚約者に、吾輩は不安になりながらも像の前に立ち、そして跪いた。
今までの選択は、≪女騎士≫vs≪女魔法使い≫、≪勇者≫vs≪魔王≫、そして遊び始めたということで≪聖女≫vs≪悪役令嬢≫だった。
そのオチというところで吾輩は次の選択は≪遊び人≫vs≪賢者≫なのかもしれないという予想を建てた。
まぁ――、そこまで悪いものではないだろう。
両手を前に組んで祈る。
「あぁ――、
『うむ最後のオチだな。君のクラスは決まっている。
大丈夫だ。安心したまえ。
超超超超超超超超超超超強力でこの世界で1人しかいないレアスキルである!
絶倫で最強だぞ。
では心して聴くが良い。
その名も≪おっぱい揉みくだし師≫であるぅぅ!
さぁ、これからは≪おっぱい揉みくだし師≫と名乗るが良い』
そういうやいやな、
「……」
「……」
「……」
全員絶句である。
いままでの熱がシーンと静まり返った。
なお、その場所は廃墟である。
「なんでやね―ん!」
吾輩はそう叫ばずにはいられなかった。
その吾輩に声を掛ける人はだれもいなかった。
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