【番外編】会いたくて-前編-
2002年10月。
その年の夏は、今のように酷暑日と呼ばれる様な暑さはなく、10月ともなると素直に秋らしいと感じられる気候だったと思う。
その日は、アキオの
当時アキオが片思いしていた、語学教室の彼女--シュリ。その子の友人からの頼みで私を紹介して欲しい、とのことであった。
その時の私と言えば、やけっぱちのナンパにも飽きていた。かと言ってチカへの気持ちも簡単には捨てきれず、右往左往する振り子のような何とも中途半端な精神状態だったと思う。
ただ、今回はアキオがシュリといい感じになればそれで良いと割り切っていた。
アキオ達の大学近くには、その周辺でしか見掛けることない程の、狭い範囲で数店舗展開している格安の居酒屋があった。
焼き鳥1本60円~。酒は1杯250円。小鉢などの単品料理は120円~と言う、明らかにマンモス大学の学生をターゲットにした価格設定であった。
先に始めていると連絡を受け、10分遅れで店に着くと、店内は学生の客で溢れかえっていた。古い佇まいでさほど広くは無い店内はほぼ満席状態であり、学生達からの人気ぶりが伺える。
「おぉ、トキ。こっち、こっち。」
座敷の衝立から顔を覗かせたアキオが私に気付き、手招きをする。
「--悪い。遅くなった。」
靴を脱ぎ、席に着く。
「--こんばんは。お久しぶりです。」
シュリが先に挨拶をしてくれたので、私は「どうも」と軽い挨拶を返していた。
その隣にいた女の子も、「はじめまして」と笑みを向けてくれる。--それがユカリとの出会いだった。
「---話変わるけどさ。トキ君、石川亜沙美 ※に似てるって言われない?」
※元SEVENTEENモデル、現女優
私の顔をまじまじと見ながら、唐突にシュリが話題を振ってくる。
「あの日、最初『綺麗な顔の子だなぁ』って思って話しかけたら、まさかの男の子でびっくりした覚えが--。」
タケオ達とナンパ遠征に来ていた日、暇つぶしに語学の講義に出席していた時のこと。
彼女から声を掛けられ、その講義の教科書を彼女は見せてくれた。
まさか、女だと思われていた事に内心気恥しさがあった。
「あぁ、こいつ昔から『可愛い』扱いされてたかんね。--男からもモテてたよな?」
アキオがニヤニヤしながら話す。
「言うな。割とコンプレックスだったし。」
中学時代、学内の女の子達からも『石川亜沙美』というモデルに似ていると騒がれていた覚えがあった。また、当時まだ身長も低く街に出ると、男からナンパされたこともあった。
今思うと、そのコンプレックスがあったからナンパを本気でやれなかったのかも知れない。
「へぇ、じゃあ昔からモテてたんだ?」
シュリはカシスオレンジを口に含みながら私を見遣る。
「いや、どうだろ。モテはしなかったと思う。高校はアキオと同じ男子校だったし--。中学時代はチビだったし、周りからは男として見られて無かったかも。」
「あぁ、確かに。お前、高校ですげぇ身長伸びたよな?」
私は中学卒業時、160cmそこそこの身長だったのだが、高校三年間で20cm以上伸びた事もあり中学時代の友人に久しぶりに会うと驚かれる事も多かった。
「ほら、ユカリも話しなよ。」
シュリにせっつかれ、それまで聞き手に回っていたユカリが、ほぼ初めて口を開く。
「あ、じゃあ--。トキ君って、本当はK大って聞いたんだけど、何でこっちに来てたの?」
あまり良い思い出じゃないから話したくなかったのだが---。
隣にいるアキオがそれを察してか、話を合わせる。
「--ほら、こいつ、この通り愛想が良い方じゃ無いし--唯一の親友の俺に会いにきてた的な?」
「そうなんだ--。」
ユカリはそれ以上何も触れては来なかった。
特にその日の飲み会は、特段盛り上がることも無くお開きとなった。
ただ、こちらの目的はアキオとシュリがお近付きになれば良い--。そっちがメインだったことと、私自身が次の恋愛に前向きにでは無かったこともあり、変に盛り上がって次を期待させるよりは断然良いだろうと思っていた。
飲み会から数日が経ち、アキオからはシュリとは気軽に話せる様になったとメールを受けていた。彼からの報告を受け、安心しきっていたのだが、その報告の締めにこう書かれていた。
『ユカリちゃんが、お前と連絡取りたいって言っていたから、ケー番とメアド教えといた。』
内心、余計な事を---と思っていた。全く盛り上がらなかった飲み会。次に繋がらない様にと配慮していた意味が全て台無しになったとさえ思っていた。
強いて言うなら、決してユカリが不美人だと言うわけではない。むしろ、可愛い部類に入ることは分かっている。だが、元カノの事を引き摺り、前に進めないクソみたいな男に時間を割くのはもったいない。そう思っていた。
その日の夕方、学校帰りの電車の中でユカリからメールが届いていることに気付いた。
あの飲み会の時に話した印象とは違い、明るく話題が豊富な印象だった。
初めてメールが届いた日から数日、メールでのやり取りが幾度となく続いていたのだが、その日は彼女から『電話していい?』とメールが届いていた。
その頃、ちょうど古着屋でのバイトを始めたばかりの頃であり、バイトが終わっているタイミングということもあり、『23時くらいなら大丈夫』と返信していた。
『--もしもし。お久しぶり。』
電話越しの彼女の声は、飲み会の席とは違い落ち着いていたようだった。
「うん。久しぶり。ごめんな、電話もらって。」
彼女の方から連絡を貰ったことに少し後ろめたさがあった。
改めて話していると、飲み会の席では割と緊張していたらしく、電話だと結構自ら話すタイプの女の子だと言うことが分かった。
学校でのアキオとシュリの様子や、彼女の高校時代の話など他愛のない話ではあったが、特定の女の子と連絡をやり取りするのは、チカ以来初めてであった。
彼女とのやり取りが始まって、2週間程が経った頃だった。
『--トキ君。あのね---。ごめん、会いたい。』
いつものように、他愛のない話をしていた最中、唐突に彼女から切り出してきた。
「え?」
突然のことに言葉を詰まらせていた。
『--今日ね、アキオ君から聞いたの。トキ君、前の彼女と酷い別れ方をして未練を残してるって--。私じゃダメかな?』
「いや、その--酷い別れ方っていうか、多分アレは俺が悪かったからさ--未練っていうか。まぁ--未練って言われても仕方ない事なんだけど--。前の彼女と別れた後から自分は恋愛に不向きだとは--思ってるかも。」
ユカリは黙って話を聞いてくれていた。
別に彼女のことを拒んでいるつもりは無かったのだが、他に良い人との出会いがあるかも知れない。私なんかに構っててそのチャンスを見逃して欲しくなかった--。そんな事を話した覚えがある。
『明日、トキ君に会いにいく。学校、サボってでも会いたい--。』
彼女はそう言うと、電話を切っていた。
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