【2023年編】これからの10年。-中編-

 ----

 --

 2014年5月。

 ナオとの結婚後、初めてのゴールデンウィーク。年末に式を挙げ、その足で年末年始と新婚旅行だったこともあり、その年のゴールデンウィークは倹約の連休だった。


 その年、インポートのセレクトショップがオープンしていた。かねてよりナオが行きたがっていた事を思い出し、彼女を誘い私達はウィンドウショッピングがてら街ぶらデートを愉しんでいた。


「アレだったらさ、欲しい物があったら買ってもいいよ。」

 結婚し、勤めていた会社を寿退社したこともあり、ナオはこちらから勧め無い限り、している様子だった。


「うーん。ありがとう。でも--もう少し考えてみる。」

 ナオは悩むくらいなら今は買わない。いつものパターンだった。


 ショップと同じ敷地内にはカフェが併設されていた。

 そこはさながら都会のオアシスと言うべきか、オレンジ色の瓦屋根のその建物は、壁面を漆喰コテ仕上げの欧州風に造られている。緑が多い中庭には柔らかな木陰の中にぽつりぽつり、とカフェテーブルが設置され、オープンカフェとなっていた。


 5月にしては陽射しが強い。

 私達は木陰の席に腰を落ち着け、ナオが気になっていた洋服のコーディネートについて話していた。


 一瞬、びゅうと突風が吹く。

 狙い撃ちされたかのように、ナオが被っていたバケットハットが飛ばされ舞い上がった。帽子は着地すると同時に転がって行き、意志を持ったかの様に、追いかける私から逃げて行く。10m程先で、そこにいた女性が拾い上げてくれた。


「---どうぞ。」

 女性は拾い上げた帽子を追ってきた私に手渡す。

「すみません、風で飛んじゃって---。」

 私は彼女の手元の帽子に気を取られていた。

「--トキ、久しぶりだね。」

 ふいに、彼女が私の名前を呼ぶ。

「-え?」

 見上げると、懐かしい顔がそこにはあった。


「---あれ?マイちゃん?」

 ナオは私より先に気付いたらしい。

「え、マイ?」

 彼女の顔を見て、私は一瞬固まっていた。


 面影はあるが、ギャルだった大学時代の彼女とはうってかわり、清楚な淑女へと変貌を遂げたマイがそこにいた。


「---マイじゃん!嘘、おま--」

 驚きのあまり、言葉を失いかけた。

「へへ。トキとナオちゃん、久々じゃん。アンタ、気付くのおっそ--。」

 ニカッと笑う目には、大学時代と変わらないマイが居た。


「---マイー?このワンピ、どう思う?」

 ショップの中からマイを呼ぶ声が聞こえる。


「---友達と来てたのか。呼ばれてるぞ?」

 私はマイに戻るように促すも、

「んー。アンタも知った人だよ。懐かしいから会っとく?」

「は?」

 マイ以外に女友達いたっけな?ユキ--の筈はない。ユキだったら地元に帰った時に割と会うこともあったから、懐かしいという程ではない。


「--ちょっとマイ、聞いてる?って言うか、誰と話してんの--。」

 声の主は、自らの問いかけに応えないマイに対し痺れを切らせたかの様に顔を覗かせた。


「--チカ-?!!」

 気付いた時には逃げる訳にも行かず、マイの顔を見る。

 マイはいたずらっ子のような、それでいてニヒルな笑顔を浮かべていた。



 ---

 --

 2023年8月12日

「--そんな事もあったな。」

 食後のコーヒーを淹れながら、私はナオの話に耳を傾けていた。

 部屋中に漂う、モカの香りが一瞬にして思考を遮る。


「あの時さ、正直な話、ちょっと複雑な気持ちだったんだよね--。そりゃあ、もうただの友人関係って理解は出来てたけどさ。」

 ナオは一口、コーヒーを口に含むと「苦っ」と言いながら砂糖を追加する。


「--そりゃあ、俺もだし。かなり昔とは言え、元カノと嫁が遭遇って---。」

「ふふ。トキ、あの時すっごい焦ってたよね。--でも、まぁ--チカちゃんと話してみて思ったよ。トキがって。」

 ナオは懐かしむ様に、視線を宙に浮かべていた。


「あの時さ、トキが席を立った時に結構話したんだ--。最初はみたいな気持ちもあったけど--話してみるといい子だなって。」


「へぇ。知らなかった。」

 何を話したか気になるところだが、自ら聞き出すのは野暮だろうと思い、聞き出すことはしなかった。


「--でね。なんかチラっと聞いたのが、チカちゃん達夫婦も子供が出来にくいって事で--旦那さんの両親とあまり上手く行ってないって。」

 知らなかった。確か、チカは高校時代からの同級生と結婚したと言っていた。

 大学卒業前から猛アタックを受けていたが、実際に付き合い始めたのは、社会人になった後。当初は遠距離恋愛だったが、彼女が働いていた街の近くに転勤願を出し、実際に転勤してきた事で結婚が早まったと聞いていた。


「--でもよ、確か旦那さんは地元の人間だったし、上手くやってる風だったけどな。」

 スマホの画面に写っているチカ達の笑顔が目に入っていたが、敢えて気にして居ないような態度で言う。


「うーん。まぁ。女の子同士だから話しやすかったのかもね。私の方も子供が出来ないかもって話してたら、どこの病院が良いよ、とか色々話してくれたからね。」

「そっか---。」


 ナオの思い出話を聞きながら、私は更に深淵へと続く回顧の渦へ足を踏み入れていた---。


 ---

 --

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る