【2013年編】蒼い夜②

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 2010年8月


 左手の握力は戻る事はなかったが、、は日常生活で困る事は無い程に回復していた。


 私は、職業訓練校に通いながらPCスキルを学んでいた。

 ExcelやWordなどのOfficeを使いこなせれば、就職先が見付けやすいのでは?と考えていたのだ。


 また、その他に、ナオからPhotoshopやIllustratorの使い方も教えて貰い、新しい知識を吸収していく事が楽しくなっていた。


 来週の月曜日に、職業訓練校の斡旋で地元の小売業会社に見学に行くことになっていた。

 この会社の経理担当が来年定年らしく、その方の退職前に一人、人員を補充したいとのことだった。


 今までの職場では作業着ばかりだった。なのでスーツを新調するため、ナオと近くのショッピングモールに行った。


 また、そろそろナオの誕生日が近かったので、何か欲しい物はあるか聞いたところ、しばらく考えた後、私をスポーツ用品店に連れて行った。


「---あ、店員さん。すみません。」

 ナオは近くにいた店員を呼び、何かを話していた。

 すると、店員はバックヤードに入って行き、スニーカーの入った箱を二つ持って出てきた。


「はい、トキ、座って。」

 ナオは近くの椅子に私を座らせた。


「安くて、歩きやすくて、履きやすい、でオススメはどっちですかね?」

 ナオは店員に聞いていた。

 店員が勧める方の箱を開け、私に履かせる。


「あ、いや、ナオ?」

 何故、私に履かせるのか分からなかった。


「歩きやすそう?サイズはどう?」

 ナオが聞いてくる。


「ナオ?ナオが欲しいもの、って俺は言ったんだけど。」

「だから、これ。ゆっくりでも良いから、私と一緒に歩いてくれる時間が欲しい。」

 ナオは微笑み、「私も同じの買おう」とつぶやいていた。


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 2001年10月


 駅前のモスバーガーで、中間試験に向けテスト勉強をしていた。

 私とアキオは苦手な数学をマナブに教えて貰いながら、なんとかついて行っている---そんな状況だった。


 ---コンコン

 ガラス窓を叩く音。

 外にはアヤコが立っていた。

 私達の席を指差し、と聞いているようだった。


 私より先に、アキオが手招きをしアヤコが店に入ってくる。


「お疲れ様。みんな、試験勉強中?」

 アヤコは荷物を足下に置くと、私の隣に座って来た。


「今回、数学がネックでよ---マナに教えて貰ってた。俺とトキ、マジで壊滅的にヤバい。」

 アキオはポテトをかじりながら言う。


「数学かぁ---。じゃ、マナブ君と私で、別れて教えようか。私も数学得意だし。ちょっと待ってて」

 そういうと、アヤコは飲み物とポテトを買いにレジに向かった。


 中学の時から、マナブとアヤコ、意外とリカは学年トップレベルの成績だった。私とアキオは遊ぶ方が好きだったので勉強していたが、普段はからっきしだった。


 アヤコが席に戻り、「どこが分からない?」と私の教科書を覗き込む。

 私が解いている問題を読むなりアヤコは、私が引っかかっているポイントが直ぐに理解出来たらしく、丁寧に解説をしてくれた。


 正直、学校の数学担当の教師より教え方が上手く、直ぐに理解出来たので驚いていた。


「アヤ、すげぇな。俺、この問題、数学教師に何回聞いても理解出来なかったのに----」

 私は素直に感心していた。


「アヤコは将来、教師になるんだったよな?」

 マナブがそういうと、アヤコは頷いていた。


 夢か---


「俺は--なんか創造出来る人間になりたいな。クルマでも、芸術でも何でもいい。」

 私はそんなことを言っていた気がする。

「トキ君は絵も歌も上手いから、そういう事を仕事にしたらいいかもね」

 アヤコは微笑んでいた。そして---


「トキ君、そのペン何?かっこいい。万年筆?」

 当時、ハマって使ってた万年筆だった。

 高校入学時に祖父からプレゼントされたものだった。しかし、使い方がよく分からずにずっと机にしまっていた。祖父が亡くなった最近、思い出したかのように使い始めていた。


「万年筆か、渋いな。」

 マナブが手に持ち眺めている。


「いいなぁ、万年筆ってずっと使えるのよね。私も欲しいな---トキ君、これ頂戴?」

 珍しくアヤコが物欲しそうに見てきた。

「あ、いやコレは、じいちゃんからのプレゼントだし---わかった。クリスマスに同じの買ってプレゼントする!」

「本当?ありがとう!同じのじゃないと嫌だからね!」


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 2010年8月


「なぁ、ナオ。」

 ショッピングモールの帰りの道中、運転中のナオの横顔を眺めながら話しかけた。


「ん?なに?」

 ナオはこっちを見る余裕は無いようだ。


「前から気になってたんだけど、女の子ってなんでペア、とかお揃いが好きなんだろう。」

「ん?それは元カノの話かい?」

「いや--そういう訳じゃなく、全般的に。」

 ナオ、変なところで鋭いな。


 ナオはしばらく考え、

「思い出すじゃん。」

 と、ぽつりと言った。

「なにが?」

「だから、同じ物持ってたら、それを見ただけで相手の事を思い出せるじゃん。--思い出すだけで元気になれたりするし。」


 なるほど。

 ナオもそうなのか。


 アヤコにしてあげられなかった事を一つ

 だけ、今になって解決出来たような気がしていた。







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