第4話 推しに触れたら投獄されました

「ううう……。酷いめにあいましたわ……。あやかしとわたくしを勘違いされるだなんて、皇太子宮に上がって以来の大事件でした」

(木蘭様が傷ひとつ負っていないことだけが、不幸中の幸いです……)


 慌ただしくひっ捕らえられ、寒々しい狭小な牢獄に閉じ込められた苺苺は、敷物も敷かれていない石畳の床にぺとりと座り込んでため息をついた。


「にゃー」

「そうですわよね。あやかしにしては牙も爪も貧相、その通りです」

「にゃーお」

「ええ、あなたのおっしゃる通りですわ。妖術は使えませんので、ここから逃げるのは難しいかと。猫魈様はとってもお上手ですね」


 同じ牢に入れられた三尾の猫魈が、「ごろごろ」と得意げに喉を鳴らす。


 あの騒ぎの最中、苺苺の血で正気を取り戻した猫魈は逃げ出そうと、変化の妖術で小さくなったのだが、そのせいで逆に女官が持っていた鳥籠に押し込められていた。

 綿が飛び出したズタボロのぬい様にじゃれついている様子は、普通の三毛猫にしか見えない。どうやらこれが、この猫魈の本来の気性らしかった。


(投獄されるおそれはあると予想はしていましたが……それにしてもまさか、人間用ではなくあやかし用の牢獄に投獄されるとは。しかも、猫魈様と一緒に)


 天井までの高さは苺苺の背丈ほどしかない。窓もないし、鉄格子もなく、まるで穴蔵のようだ。苺苺が座ったら、あとは三毛猫が一匹、ゴロンと寝転がれる程度の広さしかなかった。

 壁には至る所に、名のある道士や巫女の書いた符が貼り付けてある。紙質から見て、とても古い時代のものだろう。それが幾重にも重なり、天井まで覆っていた。


 同じような符が鳥籠にも貼り付けてあったし、あれも後宮に古くからあるあやかし捕り物用なのかもしれない。

 苺苺は小さな木蓮の刺繍が施された手巾ハンカチで、自分で傷つけた手のひらの血を拭う。消毒薬はないので、せめて菌が入らないようにと、手巾を器用に巻きつけた。

 続いて簡易裁縫箱から針と糸を取り出す。


「猫魈様、少しだけぬい様を貸していただきますね。このままでは、お口を傷つけてしまいかねませんから」


 苺苺はズタボロになったぬい様をささっと繕い直して、猫魈に与える。

 ぬい様がお気に入りになったのか、猫魈は桃色の肉球をこちらへ伸ばす。そうして『はなさないぞ』とばかりに前脚で抱きしめた。


(ふふっ。あやかしの恐ろしさはどこに行ってしまったのでしょうか。もふもふの三毛猫のようで、かわゆいです)


 それからひとりと一匹は、何刻もの間、他愛のないお喋りをして過ごした。


「にゃう。にゃう、にゃあん」

「それは大変でしたね。道術で! この後宮には、そんな恐ろしい方がいらっしゃるのですね」


 猫魈は後宮に住まう女官から『木蘭を狙え』と道術をかけられ、正気を失っていたらしい。

 この人形は木蘭にしか見えなかった、と猫魈は三又の尾を揺らした。どうやらぬい様は形代として、身代わりの役割をきっちり果たせたみたいだ。


(城壁や城門には、古の時代よりあやかし避けが施されているはず。百歩譲って丑の刻ならまだしも、真昼間からあやかしが侵入するなんて考えられません。その女官の手引きであることは確実でしょうね)

「にゃぁぁぁ」

「お名前も特徴も言えないのですね。大丈夫ですよ、わたくしは信じます」

「にゃー」


 猫魈はお気に入りのぬい様を噛み噛みしながら、苺苺の膝で丸くなった。


「にゃ〜ご」

「はぁぁ。猫魈様のもふもふで、疲れも吹っ飛びます……」


 ぐすっと涙を我慢しながら、苺苺は毛並みにそって優しく撫でる。

 ひとりと一匹が心を交わしあっていると、石畳を蹴るようにカツンと靴の音がした。

 数人の男性の喋り声が聞こえる。

 きっと宦官が沙汰を言い渡しに来たに違いない。

 苺苺と猫魈は揃って目を見合わせてから、不安げな表情で扉を見つめる。

 扉が開かれた先には、苺苺を捕らえた宦官とは別の宦官がいた。


「皇太子殿下の命により、白蛇妃を無罪とし釈放する。外へ出ろ」

「……ありがとうございます。あの、猫魈様は……?」

「あやかしは城外の道士に引き渡す予定である」


 宦官たちの悪い顔を見るに、酷い刑罰を与えるつもりだ。

 本当は女官に操られていたのだと伝えても、誰も取り合ってはくれないだろう。こんなにも本質は優しく穏やかな猫魈を、友人を、見捨てられるわけがなかった。


「そ、それでしたらわたくしにいただけませんでしょうか」

「なんだと?」

「わた、わたくしが、ばばばば罰を与えますわっ!! いいい怒りが、おさまりませんので!!」


 嘘をつけない性格である苺苺は、嘘がバレないように目を瞑る。そして慌てふためきながら、なんとか言葉を言い切った。


「どうするつもりだ」

「白蛇の刑です!!」

「白蛇の刑!?」

「白蛇の刑……だと……!? なんと恐ろしいことを考えるのだ」


 苺苺の適当に思いついた出まかせに、宦官たちはそれぞれの想像を巡らせて震え上がった。


「わかった。あやかしを白蛇の刑に処すことを許そう。籠をこちらへ」


 一番年上の宦官が、後ろに控えていた若い宦官に命じる。


「ありがとうございます」


 苺苺は符の付いた鳥籠を受け取ると、できるだけ邪悪に見えるように微笑みを浮かべる。

 その顔は、宦官たちをさらに震え上がらせた。

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