婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました
kouei
第1話 あなたの為に忘れます
「あなたはどなた様ですか?」
「え?」
ごめんなさい。ルパート様。
けれど、こうする事がルパート様の為なのです。
私は心の中で、婚約者であるルパート様に謝った。
◆◆◆◆
「はぁ…はぁ…」
それは3日前の出来事。
私は真冬の雨に打たれ、びしょ濡れの状態で屋敷の外廻廊で倒れていた。
そしてその夜、高熱にうなされる事となった。
「セイシェル…しっかりして」
「何とか熱を下げられないのか!」
「セイシェル…」
お母様が泣きながら私の名前を呼んでいる。
語尾を強めながらお医者様に話している様子のお父様。
ルパート様…? そこにいらっしゃるのですか…?
ああ…身体が燃えるように熱い…。息もうまくできないわ…。
「このまま熱が下がらなければ、お命の保証は出来かねます」
そんなお医者様の言葉が聞こえたけれど、私は熱にうなされながら婚約者であるルパート様の事を考えていた。
メルハーフェン伯爵家の次女である私セイシェルが婚約したのは17歳の誕生日を迎えた半年前。
お相手は、1つ年上のルパート・プレトリア伯爵令息。
プレトリア伯爵家は超美形家系で有名だった。
当然ルパート様もその遺伝子を受け継がれていた。
プラチナブロンドの髪にアイオライトの瞳。スラリとした長身。
この容姿にあこがれない令嬢はいない。当然私もその一人だった。
そしてルパート様は私の姉の同級生でもあった。
だからもともと面識があり、他のご令嬢方よりは近しいと思っていたりしています…。ハイ。
時々屋敷に他のご友人方と一緒に遊びに来られると、いつも私に手土産のお菓子を下さっていたわ。特に大好物のクロッカン・オ・アマンド。ローストしたアーモンドの香ばしさとザクッとした食感そして甘さが絶妙すぎて
婚約してからも、会う度にお菓子を下さるから最近お腹周りが…んんっ!
ルパート様から頂けるものなら何でも嬉しいんですけどねっ
貴族の結婚相手は親が決めるため、自分の好みとは違っていたり、意にそぐわない相手だったりする事が多い。いえ、それがほとんどだと思う。
だから私は本当に運が良かった。
こんなに素敵な婚約者様を選んで下さってありがとうございます、お父様。
けれどこれは私の一方的な想い。
ルパート様は私が婚約者になって、どう思われたでしょう。
私は鏡台を見ながら、自分を冷静に分析した。
鏡の向こうではメイドのチェルシーがせっせと髪を整えてくれている。
肩より少し長めのショコラブラウンのストレート
少し大きめのセピア色の瞳
身長は背伸びをすれば160センチぎりぎりいくくらい。
総じて…うんっ地味! そう…地味なのです。
私には一つ上の姉がいるけれど、この姉が美しい!
ウェーブがかかったキャラメルブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳
姉妹なのに、どうしてこんなに容姿に差があるの!?
理由は明白。
私はお父様にそっくりで、お姉様はお母様にそっくりなのだ。
お母様はその昔『社交界の
お父様より上位貴族からの求婚が山ほど来たらしいのに、お母様の強い強い希望で、どうみても地味なお父様が選ばれたとか。我がメルハーフェン伯爵家の永遠の謎だわ。
そういえば、お姉様の婚約者の方も地味なタイプだったわ。けど、お姉様お幸せそうなのよね。
お父様はもちろん大好きよ。
けど…けどね。女の子はやはり美しくありたいのよ。
特に婚約者が麗しければ麗しいほど!
そしてルパート様はお優しい。私に歩み寄ろうと、こまめにお手紙を下さったり、お菓子を贈って下さったり、観劇などに誘って下さる。
そして今日も新しくできたカフェに連れて行って下さるというので、今私はその準備のためにこうして鏡を見つめながら、自分の姿を見て…落ち込んでいる。
スタイルは中肉中背。せめてこのお腹のお肉が、控えめなお胸の方に移動してくれれば…。はあぁ。
親が決めた婚姻だけれど、私はルパート様を心の底からお慕いしている。
できればルパート様にも私に少しでも…ほんの少ーーーーーしでも好意を持って頂ければ…。
そう思うのは高望みすぎますか? ルパート様。
「お嬢様? ご準備が整いました」
「あ、ありがとう」
想いに耽りすぎて、鏡の前でボーっとしてしまった。
うん、こうしてお化粧すればそれなりに良くないかしら?
足早にルパート様が待っている応接室に向かう途中、庭園で並んで歩いているルパート様とお姉様の姿が目に入った。私は思わず隠れてしまった。なぜ?
けれど、あまりにも似合いすぎるお二人の姿を目の当たりにして、その中へ入っていく勇気が見つからなかった。
「…素敵だな…」
お二人の姿を見ながら、自然に口に出た言葉。
お姉様ならルパート様と並んで歩く時に、私のように悩んだりしないわよね。もしかしてルパート様はお姉様との婚約を望んでいたのではないかしら?
けど、お姉様はもう婚約者が決まっている…から…。
「…」
私は壁を背にして、その場にしゃがみこんでしまった。
その時、お二人の会話が私の耳に聞こえてきた。
「その後、セイとはうまくいってるの?」
「まぁ…それなりに」
「ふ、よく我慢しているわよね。あなた、あの子といるといつもイライラしているから」
「仕方ないだろっ 我慢するしかないんだから! はー…本当、彼女といると疲れるよ…」
「ふふふ」
…………………え?
『あの子といるといつもイライラしているから』
『仕方ないだろ! 我慢するしかないんだから!』
『はー…本当、彼女といると疲れるよ…』
私、今何を聞いたの?
「あ、やだ、雨が降って来たわ」
「これ、被って」
ルパート様が自分の上着を脱いで、お姉様の頭の上に被せた。
例えルパート様でなくても、同じ状況になれば常識のある令息ならばお姉様に上着を掛けるわ。
けれど今は、それがとても特別な行為のように見えた…。
強い雨が私の身体に吹き付ける。
真冬の雨は氷が突き刺さるように冷たい。
けれど私の心はそれ以上に冷え切っていた。
私、ルパート様に嫌われていたの…?
気が付かなかった。
いつも笑顔でお菓子をくれていた時も
並んで歩いてお話をしていた時も
ずっとご不快に思われていたの…?
吹き付ける雨に、全身がすっかりびしょ濡れになっていた。
「せっかくのお化粧とお洋服が台無し…ずびっ」
雨と涙で顔がぐしゃぐしゃ。
このままだと風邪をひいてしまう。早く部屋に戻って、着替えなければ。
けれど…手足に力が入らない…。何だか眠くなってきた…。
「セイシェル!!」
意識が離れる前に、ルパート様が私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした…
◆◆◆◆
目覚めるとそこにはルパート様のお顔があった。
「セイシェル! 良かった、目を覚ましてくれて!」
髪が乱れて、お洋服も薄汚れていた。こんなルパート様は初めて見た。
私を心配して下さっていた…?
けどその考えはすぐに打ち消した。
だって私はこの耳でしっかりと聞いてしまったのだもの。
ルパート様が私を
だから私は決めたの。
「あなたはどなた様ですか?」
「え?」
あなたを忘れよう…と。
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