21.『蒼のさいはて』
明けて、翌朝。
「おやマージさんがた。どこかお出かけですか?」
「ちょっとそこまで」
「……話しかけられたの、今ので何人目だっけ?」
「八組、十四人目です」
四〇名を超える傭兵が地面に転がっているのが発見され、宿場町キヌイは一時騒然とはしたものの。「守銭奴のゲランが凄腕の旅人に戦争を仕掛けて、見事に返り討ちに遭った」という話が広まるにつれて落ち着きを取り戻した。
それどころか、むしろ。
「やあ、よいお天気ですね。マージさんたちに会えるとはますます気持ちがいい」
「全てを切り裂く神狼の力って聞いたぞ。どうやってそんな凄いスキルを覚えたんだ?」
「おにーさんって建物を切った人でしょ? 彼女いる!? あ、隣にいた……」
通りを歩くだけでものすごく声をかけられる。中には遠巻きにする人もいるが、八割がたは好意的な目を向けてくるから驚いた。あのゲランとかいう男は一体どれだけ嫌われていたのだろう。
隣ではコエさんが、肩を落として立ち去る十歳くらいの女の子に「よい一日を」と手を振って見送っている。
「シズクの活躍もきちんと広まってるな」
「なんかボク恥ずかしい……。それよりこれ、何に使うの?」
尻尾を震わせて歩くシズクの両手には金貨のぎっしりと詰まった袋が握られている。言わずもがな、あのゲランから手に入れたものだ。
全てを奪いに来たのだから、こちらも全てを奪う。
そう言って勝ちはしたものの、財産というのは有価証券やら宝石類やらいろいろな形になっている。だからひとまず現金だけ取り上げてきた次第だ。それでも数百万インはあるだろう。
「正確には七百四十七万とんで六百三十一インでした。端数は欠けた金貨です」
「日雇い力仕事の相場が日給一万イン、中堅冒険者の月収がおよそ五〇万イン。それなりの額だな」
「そうなのですか? マスターがギルドにいらした頃の月収はにじゅ……」
「それを言ったらシズクの方がよっぽどだから」
仮にもS級にいたのに月収は中堅の半分。今になって思えば本当によく働いていたものだ。
「二人は旅してるわけだから、じゃあこれも路銀だろうけど……いつまで、この町にいてくれるの?」
「いいや、これはここで使い切る。それまではいるさ」
「……へ?」
シズクが目を上げてこちらを向いた。俺は人の行き交う通りを見渡しながら説明する。
「キヌイは宿場町だ。こうして賑わって見えても、住人は一〇〇人いるかどうか。そんな町からこれだけの額を持ち出せば経済に支障が出かねない」
時として金は『ある』ことそのものが価値を生む。資産として担保になったり、大きな商機や災害の備えになったり。思慮なく動かすことは思わぬトラブルに繋がってしまう。
金に困っているわけじゃなし、ここはさっぱり使い切って行くほうが賢明だ。悪銭身につかずならぬ悪銭身につけずである。
「シズクにとってはあんまりいい思い出のない町かもしれないが……」
「ううん。町に、土地に罪はない。それだけはボクも分かる」
「シズクは強いな」
「あ、ありがと」
シズクは納得してくれたようだが、なぜかコエさんが珍しく不満げな顔をしている。
「マスター、貴方がそこまで考える必要は……」
「ああ、無いよ。だからこれは俺のワガママだ」
ゲランという一人の男のために、無関係な住人がこれ以上の迷惑を被る。それがなんだか気持ちよくないだけだ。
「……マスターは、もっとご自分の幸せを考えていいと思います」
「だいぶ自分勝手に生きてるつもりなんだが」
「お分かりでないようなので、マスターが幸せになれる方法は私が考えます」
ちょっと怒られた。なぜ。
「とにかく行こうか。【空間跳躍】、起動」
いちいち声をかけられていたら日が暮れてしまうので、一足に目的地へと跳ぶ。
さて、使うとは言ったが何度も言うようにここは小さな宿場町。七〇〇万インを一度に使い切れる場所など限られる。
「ここって……?」
「宝石店だ」
「宝石!」
シズクが見上げた看板には銀字で『リノノ宝飾店』と刻まれている。
「重たい現金よりも宝石のほうがいい。そういう需要があるから街道沿いにはたまにあるんだ、こういう店が」
「へえー」
「シズクは見に来たこともないのか。興味ないのか?」
「こういう高いお店って、近づくだけで押し戻されるような圧を感じない……?」
ちょっと分かる。
「さて、と。店主、いるかい?」
「はいはいはいよ。おまっとさん」
宝飾店の店主というから髭を蓄えた紳士とかかと思ったら、二十代半ばほどの女性が出てきた。若くとも身のこなしには経験と慣れが滲んでおり、腕と目の確かさが窺える。
「これだけある。三人で揃いのものを見繕ってくれないか?」
シズクが勢いよくこちらを振り向いて「三人!?」という顔をしている。尻尾の毛羽立ちがすごいことになっているが、かまわず続ける。
「ふむ、なかなかの大金だね」
「七百四十七万とんで六百三十一インです」
「細かくありがとう。それならお誂え向きのものがある」
「お誂え向き?」
そう都合のいいものも無いだろうと思って、取り寄せの時間くらいは覚悟していたが。奥に引っ込んだ店主はすぐに戻ってきた。手にしたトレイには琥珀色のペンダントが三つ。ただの琥珀かと思ってよく見ると、どうやら輝きの色味がそれぞれ違う。
「この土地に住んでいた狼人族が身につけていたとされる、
宝石にマナが宿ったものだ。本来なら蒼い
エンデミックスキルが発現するほどマナが特異な土地ならば、妃石があってもおかしくはないが……。
「
「あんたら、噂のマージさんとシズクちゃんだろ? 狼人族のもんならあんたらが持ってるのがお似合いだ。ちっとばかしサービスにゃなるが、あたしもゲランには辟易してたんでね。持っていきな」
タダで渡せりゃかっこいいが、こっちも生活があるもんでね、と。
店主はそう言って、トレイをこちらに押し出した。
「ほら、シズク。君のぶんだ」
「でも、こんな高いもの……」
「本来なら、シズクが着けるべきものだ」
シズクの首に、特に黄金色の色味が強いものをかけてやる。【
しばらくそうした後、シズクは意を決したように顔を上げた。
「マージ、ちょっと聞いてほしいことがある」
そうしてなぜか店の外へ。人気のないところに連れ込まれ、一体何をされるのかと思ったが、シズクは緊張した面持ちで周囲を見回してから、言った。
「ボクはマージにお礼がしたい」
「人気のない路地で、二人きりで……?」
何か違う意味を理解したのかシズクの顔がぼっと赤くなった。が、ぶんぶんと邪念を払うように頭を振ると、俺の目をまっすぐに見つめて、言った。
「ボクの生まれた場所に来てほしい」
そこは狼人の住む場所。全てを奪われた者たちの寄留地。
「狼の隠れ里だ。小さな里だからもてなしはあんまりできないけど……」
そこで言葉を切って、シズクはもう一度辺りを見回した。
「『蒼のさいはて』がある」
「ダンジョンの名前、か?」
聞き覚えのない名だ。だが固有名をつけられるダンジョンはA級かそれ以上。四十層以上の規模を持ち、それに相応しい『王』を戴く最高位。
「ヒトが知らないS級ダンジョン。それが今のボクに、ボクらにあげられる最大のものだ。……いや、ごめん。やっぱりお礼なんて綺麗なことを言っちゃいけないかもしれない」
シズクが俺の手を握る。その目には、薄く涙が滲んでいた。
「ボクの故郷を助けて。今の里には、マージが必要なんだ」
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