第29話 事後処理


 サーシャの頸を刎ねたパトラは刀を振り抜いたまま固まっていた━━。


「はぁ......はぁ......」

 

「お疲れ様パトラ。良い包丁捌きだったよ」


「う...ん......あっ......」



 緊張の糸が切れたのかパトラはその場に崩れ、俺は彼女を背中におぶった。



「ごめんジュノ......ちょっと力が抜けちゃって」


「そんなの気にするなって、それより今はルシアさんだ━━」



 部屋の隅でルシアさんは獣の状態で意識を失っていた。



「パトラ、一つ聞くけど自分の意思では無かったとはいえお袋さんを殺したのは彼女だ......。このまま復讐しなくて良いの?」


「うん......最初は殺してやるって思ってた。でもルシア姉も巻き込まれた被害者なんだって知ったら私には出来ないよ......こうして今本当の仇を1人討てたしね。それより......ジュノはルシア姉を本当に治せるの?」



 パトラは優しいんだな......俺が同じ立場だったら果たしてそう思えるだろうか━━。



「多分ね......例の黒いオーラもしくは剣神の魔を浄化するスキルで殺されてたら出来なかったと思う。でも彼女の魂はまだ身体にあるし攻撃は防いだから大丈夫な筈だ、恐らく魔薬を身体から完全に無くせば元に戻る」



 俺はパトラを降ろしてルシアさんの身体に手を当てる━━。



 零━━。

 


 ルシアさんの身体から黒紫色のオーラが吹き出し俺の身体に流れ込む━━。



「ウ゛ァ゛ァ゛ァ゛ォ゛!」



 オーラが流れ込む度にルシアさんは獣の悲鳴を上げるが、それと同時に少しずつ元の姿に戻っていく。



「ジュノ本当に大丈夫なの!?」


「うん、ルシアさんが頑張ってくれれば━━!」


「ウ゛ァ゛ァ゛ァ゛ォ ォ......う......っ......」



 さっきまであげていた咆哮も徐々に小さくなる。

 オーラは完全に消失しルシアさんの身体は元の姿に戻ったが、意識はまだ戻らないままだ━━。



「姿が戻った......凄いよジュノ! 術師無しで姿を元に戻すなんて!」


「あんま褒めるなよ、俺はすぐ勘違いしてストーカーに走るタイプなんだ。それより服を着せてあげないと」



 創━━。



 創ったローブを裸のルシアさんに上からかけた。



「さて、とりあえずルシアさんの家で彼女の意識が戻るまで待とう。事後処理はそのあとだ」


「うん、でもジュノはルシア姉をどうやって運ぶの?」


「パトラを背負わなければ運べるけど歩ける?」


「......むりぃぃぃ」


 パトラは目を左右に泳がして俺と目を合わせない。


 コイツ明らかに歩けるだろっ!



「嘘つくな! まぁいいや......あれ創ってみよう」



 創......泡沫の風━━。


 地面から風と共に湧き出た大きな泡はルシアさんを包み込んで宙に浮いた。

 彼女は泡の中で膜に寄りかかって眠っている━━。



「パトラも重たいから入ってね」


「重く無いし! いや......ちょっと待っ......!」



 もう一つ湧き出た泡はパトラも包んで宙に浮べる。

 パトラは不思議そうな顔で泡の中から膜を突いたり伸ばしたりしている。



「なにこれ全然割れないんだけど......どうなってるの?」


「俺以外の人をこれで守ったり運べるかなと思って即席で創ってみた。今見てて思ったけどこれ防御以外にも使えそうだな━━」



「......何か恐ろしい事考えてない?」


「いや別に......。それよりここを出よう」



 俺達は施設を後にした━━。



*      *      *



「......あれ......ここは」


「ルシア姉! 目が覚めて良かったよぉ......っ......!」



 ベッドから起き上がったルシアさんにパトラは泣きながら抱きついた。

 それにつられてルシアさんも涙を流してパトラを抱きしめる━━。



「ごめんねトラちゃん......本当にごめんなさい......!」


「いいの......本当の仇は討ったから......。ルシア姉が元に戻って良かった!」


「ありがとう......でも私どうやって元に......?」


「それはジュノがやってくれたの」


「どうも、只今ご紹介に預かった男前です」


「本当にありがとう......なんとお礼をすれば......」



 癒し系の愛想笑いでルシアさんは俺に微笑む━━。



「美人にお礼をされるなんて照れちゃいますなぁ。それじゃお言葉に甘えて......まず膝枕で耳かきをしてもらってから━━」


「きもっ......」


「まだ最後まで言ってないんだけど!? ルシアさんからもコイツになんか言ってやって下さいよ!!」


「そこまで欲望に忠実だとちょっと......ナシかな......」


 俺......さっさとこの村から出よう。

 1人で......。



「それよりジュノ、ここの施設と閉じ込められてた人達はどうする?」


「そこは......ご都合展開でなんとかするさ」


「何それ。真面目に答えてよね」


「えぇ......まず救助した後施設を敢えて中途半端に破壊して王都に報告する。話を聞く限りこの施設は勇者一行しか関わっていないようだからそれを利用させてもらう」


「なるほど......死んだ剣神と実験にされた人はどうするの?」


「それなんだけど、先ず剣神だった者にはとある人物に諭されて罪の意識を感じ自ら首を刎ねて自害しますという遺書を引き出物と共に王都へ届ける。次に実験にされた人達は薬の効果を無くして正気に戻ってもらう、ただ妊婦さんに関してはお腹の子もいるしこの村で育ててもらうしか無いかな━━」


「そうね......もうこの村以外に居場所はないかもしれないし王都が関われば全員保護の対象に入るはずだものね......」


「そういうこと。そして勇者達も自らが非人道な実験をしてたなんて王都に勘付かれるとマズいのは百も承知のはず、だから自分達の顔がバレていない今回の被害者には下手に手を出さないと思う。恐らく剣神の遺書を利用し剣神1人に全ての罪をなすりつけて今回の件は終わりにするはずだ」


「そういうことね。ところで遺書の内容に書く"ある人"って誰のこと?」


「それは......俺個人に関する事だから気にしなくて良い。この件は簡単に終わらせないよ━━」


「分かった」


 俺の表情でパトラは察したのかそれ以上詮索してくる事は無かった。

 ちょっと気まずい雰囲気が流れた時、ふと思い出した事があった━━。



「そういえば......俺今剣神スキルが余ってるんだけど、パトラ要る?」


「は、はぁ!? スキルってそんな近所のお裾分けみたいに簡単に渡せる代物なの!?」


「まあな。ついでに作りすぎた夕飯もプラスするよ」


「しょーもない事挟まなくていいから。貰えればありがたいけどその......人格の醜悪化とかリスクはないの?」


「懸念する所斜め上だなぁ......元々神に選ばれし特別なスキルだからリスクは無いさ。ただそれに溺れるとヒステリックソ女みたいにな......あっすまん」


「もう気にしなくて良いよあだ名の通りだったし......。リスクがないなら欲しい、少しでも強くなってジュノに迷惑かけたくないから」


「そっか、まあ前任者みたいにならない事を祈るよ。もしなったら俺は一目散に保安官にチクってパトラを逮捕してもらうからさ」


「ふふっ......この前の宿の時の事まだ恨んでるの? ジュノの心の広さはシャンパングラスかな?」


「ざんねーん、俺の心は広さより深さで勝負してるんだよ。そうそう俺とルシアさんは今夜この部屋で過ごすからお前今日道端な! お前は馬車にでも轢かれてろシッシッ!」


「やっぱり心狭いじゃん! しかもどさくさに紛れてルシア姉と過ごそうとしてるし最っ低! 変態!」


「私を巻き込まないでよ......ジュノくん」


「......ジュノくん・・!? ル......ルシア姉が突然くん呼び!?」


 パトラはルシアさんが俺を名前で呼んだ事に目を丸くする。

 俺もびっくりだよ絶対怒ってるよ......。



「ご、ごめんなさい......。僕が道端に布団敷いて轢かれます......」



 ルシアさんは何故か顔を真っ赤にして下を向いている━━。

 轢かれるだけじゃ不満なのか? 見た目とは裏腹に本物のドSなのか??



「あのですねジュノくん......私......その......」



 少しモジモジしながらルシアさんは俺に何かを言おうとしていた━━。

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