第30話 次なる街へ
そうして。
街道から少し外れた草原。
そこにゆっくりとドラゴンは着地する。
竜化したロザリンである。
ライドたちは彼女の背中から降りた。
全員が降りたことを確認すると、徐々にドラゴンの姿が変化していく。
――巨大なドラゴンから可憐な少女へと。
紫色の竜鱗は雪のような白い肌へと変わる。
彼女は裸体だったが、変化の途中で何かを呟く。
人間には聞き取れない言葉だ。
同時に彼女の肢体をフリルスカートの黒いドレスが覆った。
精霊魔法でも神聖魔法でもない。
新たな理を世界に刻む竜種のみの始原魔法だった。
ただその現象がどういうものなのか、深く理解できる者はほとんどいない。
いずれにせよ、ロザリンは黒いドレスを纏い、人の姿と成ってそこに立っていた。
しかし、ロザリンはご機嫌斜めだった。
腰に両手を添えて、実に不満そうに頬を膨らませている。
「ロザリン。ありがとう」
ライドがそう告げるが、ロザリンはぷいっと顔を逸らすだけだ。
ライドに対してこの態度は相当に拗ねているようだった。
ライドが困った顔をしていると、
「(ライドさん)」
ロゼッタがライドの脇を軽く肘で突いてきた。
「(言葉だけじゃダメよ。ここは態度で示さなきゃ)」
「(……態度でか?)」
ライドは眉根を寄せた。
ロザリンは十二歳。
丁度リタが学校に通うために家を飛び出した時と同じ年齢である。いくら子育て経験があるといえども、少女にとって多感なこの時期をライドは知らなかった。
いったい何を望んでいて何が嬉しいのかが分からない。
(ここは素直に聞くか)
ライドはそう判断した。
「ロザリン」
膝を屈めてロザリンと視線を合わせる。
「本当にありがとう。お礼にオレに何か出来ることはないか?」
ライドがそう尋ねると、ロザリンは少し唇を尖らせて、
「……ん」
両腕を広げた。これは分かる。幼いリタがよくした「抱っこして」だ。
「分かった。失礼するよ。ロザリン」
言って、ライドはロザリンの背と足をかかえて抱き上げた。
お姫さま抱っこである。まだ幼いとはいえ、子供扱いしては失礼だ。姫君の印象を持つ――実際にそうなのだろうとライドは思っている――彼女に対する配慮だった。
ロザリンは「ふおおっ」と口を三角に開けていた。
「……ロザリン」
ライドはそんなロザリンの顔を見つめて言う。
「ありがとう。本当に助かった。まさか、わざわざ迎えにまで来てくれるなんて思ってもいなかった。だけどだ」
そこでライドは真剣な眼差しを見せた。
「流石に無茶をしすぎだぞ。魔王領に一人で来るなんて」
「ふん。この程度無茶でもないわ」
するとロザリンは鼻を鳴らして反論した。
「妾にとって魔王領など手入れされた庭園とさほど変わらぬ」
「そうかも知れない。だが、危険とはどこに潜んでいるのか――」
「うるさい! うるさい! うるさいのじゃ!」
ロザリンは両手を上げて叫んだ。
「まったく散々じゃ! 助けにきてみればライドは見知らぬネコ娘にほっぺにチューなんてされるし! 説教までされるし! ライドなんて大嫌いじゃ!」
「……ロザリン」
ライドが困った顔をすると、ロザリンは「ライドなんて知らんっ! もう降ろせ!」と言う。望み通りにライドは彼女を降ろした。
ライドの正面に立つロザリンは腕を組んで、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
さらに拗ねてしまったようだ。
ただそれでもライドは「ロザリン。話を聞いてくれ」と彼女に語りかけるのだが、ロザリンは「嫌じゃ! うるさい!」と無下もない。
仕方がなくライドは彼女の両肩を抑えて自分と視線を合わせさせた。
いつにない強引なライドにロザリンは「え」と目を瞬かせた。
「説教とかそういう話じゃない。感謝はしているんだ。だが、それでもだ」
ロザリンの瞳を真っ直ぐ見据えてライドは告げる。
「自分の命を危険にさらしてまで無茶はしないでくれ。確かに君は強い。間違いなく最強だろう。だが、まだ幼くもあるんだ」
一拍おいて、
「オレのために危険に飛び込まないでくれ。君に何かあったら本当に後悔する」
「……ライド」
ロザリンもライドの顔を見つめる。
十数秒の沈黙。
「……すまなんだ」
眉をハの字にしつつ、ロザリンは謝罪した。
「己を過信して無茶をしたやもしれぬ。それとさっきのは嘘じゃ」
ロザリンは上目遣いにライドを見やる。
そうして、
「大嫌いなんて嘘。本当は大好き。大好き。ライド」
頬を紅潮させつつ、花開くような笑みと共に彼女はそう告げた。
「ありがとう。オレも大好きだよ。ロザリン」
ライドは優しく微笑んでそう返した。
「……むむ。
少し不満そうにそう呟くロザリンだった。
それから、
「ライド。抱っこ。さっきとは違うやつ」
「……違うやつ? こうか?」
ライドはロザリンの両足をかかえるように抱き上げた。
まるで花束でも抱えているようだった。
それはこの世で一輪しかない至上の花である。
「~~~~~~っっ」
ロザリンにとって至福の時だ。
そのままライドの頭をぎゅうっと抱きしめた。
ライドは目を細めつつ、ロザリンの背中をポンポンと叩いた。ロザリンはしばしの間その幸福を堪能していたが、ややあって、
「……では、妾はそろそろ行こう」
そう告げた。
当時に彼女の背中から大きな竜の翼が広げられた。
ロザリンは翼を動かして上昇し、軽く一周してから
「もう行くのか。ロザリン」
ライドが上空の彼女を見上げて尋ねた。
「うむ。実は寄りたいところがあっての」
「名残惜しいが、今回はここまでじゃ。しかし」
ロザリンは瞳を細めて告げる。
「初めて直に会えて良かった! 凄く嬉しかった! また会おう! ライド!」
「ああ。また会おう。ロザリン」
ライドは微笑んで手を上げた。
ロザリンはニカっと笑うと大振りに手を振って、そのまま飛翔した。
凄まじい速さだ。瞬く間に見えなくなる。
ライドはしばし少女の去った方を見送っていた。
すると、
「……凄い子だったわね」
ロゼッタが声を掛けてくる。足元にはミニバチモフがいた。
それから「う~ん……」と呻いて棍で自分の肩をポンポンと叩き、
「けどまあ、特に凄かったのはあの顔ね」ライドの頭を抱きしめていた時の少女の顔を思い浮かべつつ、「幼くても『女』は『女』なんだって実感したわ」
そう呟くと、ライドは目を瞬かせて、
「いやいや、ロゼッタ。何を言っているんだ? 確かにドラゴンの姿の時は巨大で雄々しかったが、ロザリンはあんなにも綺麗な顔立ちの『女の子』だぞ。どう見ても『男の子』には見えなかっただろ?」
そんな台詞を返してきた。ロゼッタは「へ?」と目を丸くする。
「……シャロンに対しても、若干、その様子はあったが」
その時、ずっと静かに見守っていたタウラスが口を開いた。
「どうもライドは、幼いと思った相手には、鈍感と言うか、父性が、強く出るな」
「そうか? まあ、これでもオレは父親だからな」
ボリボリと頭をかくライド。
そんなライドの肩にミニバチモフが跳び乗ってくる。
「え? ライドさんってお子さんがいるの?」
ロゼッタがまた目を丸くする。
「その話は道ながらでもするよ。それより」
ライドは少し離れた街道の方に目をやった。
「ロザリンのおかげで無事脱出できたんだ。まずは近くの街に行こう。ここは南方大陸の南西辺りという話だから、オレとタウラスは北東に向かって大陸を横断して東方大陸に渡ることになると思うが……」
そこでロゼッタを見やる。
「君はどうする? ロゼッタ」
「私も東方大陸までは付き合うわ」
ロゼッタは答える。
「いったん東方に渡ってそこから
グッと強く拳を握る。
「正直に言ってまだ受け入れがたいのよ。せめてあの人の遺品を。あの人のお墓をこの目で確認するまでは。それに仇の方は――」
今となっては遥か遠くにある巨大樹の森の方を見やる。
「あれで生きているとは思えないわ。私の復讐相手はいなくなってしまった」
「……そうか」
ライドは双眸を細めた。
タウラスも「……そうだな」と呟いた。
「なら、しばらくは三人と一頭の旅になりそうだな」
自分の肩に座るミニバチモフのあごを撫でつつ、ライドはそう告げた。
そうして三人は街道に向かって歩き出した。
そのまま街道を進んで夜には街へと到着。久方ぶりの真っ当な食事とベッドの温かさを三人とも堪能した。ただ朝になって一階の食堂に行くと、
「よっ! おはよう! ダーリン!」
レオが一人で先に朝食をとっていたことには驚いたが。
彼女は魔王領でも着ていた極薄の
どうやらライドの傍に堂々と居座って暗殺のタイミングを測るというスタンスで行くつもりらしい。これはこれで恐るべき胆力である。依頼者のことを隠し続けている限りすぐには斬り捨てられないと判断したのだ。
「よろしくな!」
にひっと笑うレオ。
否応なしに同行者が一人増えた。
兎にも角にも。
ライド=ブルックスの旅は続くのである。
◆
時は少し遡る。
巨大樹の森の奥深く。
負傷したゴーグは一人、ある場所へと向かっていた。
肩には嘆きの戦斧も担いでいる。
(俺もいよいよ化け物になってきたか……)
あのドラゴンの掌底をまともに喰らって。
ゴーグは即死こそ免れたが、瀕死の重傷を負った。
片足や左腕は千切れたほどだ。
しかし、それがどうだ。
四肢は健在だ。痛みもない。
これは眷属としてあの化け物に与えられた『種子』の力だった。
流石に首を刎ねられたらどうにもならないだろうが、多少の負傷や切断された四肢を繋げる程度ならすぐに修復されるようになっていた。
(まァいい。この力は役に立ちそうだからな。それより今は――)
ゴーグはようやくその場所に到着する。
あのドラゴンが現れた場所だ。しかし、そこにはすでにドラゴンもあの男の姿もなく、無残なクレーターだけが残されていた。
「――ランダ!」
ゴーグは声を張り上げた。
「どこだ! どこにいる!」
ズザザッとゴーグはクレーターの中に降りていく。
「ランダ! どこだ! ランダ!」
ゴーグはランダを探す。
すると、
「ひっどいなあ……」
不意に声が返ってきた。
ランダの声である。
いや、ランダの肉体の声というべきか。
「一回ぐらい私の名前を呼んでくれてもいいんじゃないかな?」
その呟きと共に、ボコンッとクレーターから手が這い出てきた。
それは本当に手だけだった。
手の甲に口をつけた右手である。
さしものゴーグも言葉を失う。
そんな中、右手は再生を開始した。手首の断面から骨と筋肉が生えてきて凄まじい速さで人の姿を象っていく。そうして皮膚が筋肉繊維を覆った。
十数秒後には裸体の少女がそこに座っていた。
髪の短い十三歳ほどのランダだ。
右目のみは変わらず翡翠石のようになっている。
「
幼いランダ――ザザは両手で自分の胸を挟み込んだ。
「小ぶりだなあ。この年齢だと仕方がないかあ。流石にけっこう消耗しちゃったからしばらくはこの姿で食事をとりつつ回復に専念するしかないね」
「……てめえ」
ゴーグは険しい表情で問う。
「マジでランダはまだ生きてんだろうな。いや、頭まで破壊されちまったら……」
「アハハ! 安心してよ! ゴーグ君!」
ゴーグに視線を向けてザザは告げる。
「脳の中身は寸分たがわず復元しているからさ。ランダは無事だよ。けど不安だよね。だから大サービスだよ。今夜はランダを起こしてあげる」
ゴーグへと両腕を広げてザザは微笑む。
「私は野暮じゃないからその間は眠るよ。しっかりと愛を確かめるといいよ。けど、エッチは控えた方がいいかな。私だったらともかく、流石にこの小さな体だと君の相手はしんどいだろうからさ。ランダ、きっと泣いちゃうよ」
悪戯っぽく口角を上げた。
ゴーグは険しい表情のまま無言だった。
しかし、そんな眷属のぶっきらぼうな態度もザザは気にしない。
おもむろに立ち上がる。
そして、
「いやはや楽しくなってきたよ」
妖神ザザンガルドは愉快そうに告げる。
「それじゃあ、私たちも早く人間の世界に行こうか」
第4部〈了〉
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読者のみなさま!
本作を第4部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!
しばらくは更新が止まりますが、第4部以降も基本的に別作品との執筆のローテーションを組んで続けたいと考えております。
少しでも面白いな、続きを読んでみたいなと思って下さった方々!
感想やブクマ、『♥』や『★』で応援していただけると、とても嬉しいです!
もちろん、レビューも大歓迎です!
作者は大喜びします! 大いに執筆の励みになります!
感想はほとんど返信が出来ていなくて申し訳ありませんが、ちゃんと読ませて頂き、創作の参考と励みになっております!
今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからも何卒よろしくお願いいたします!m(__)m
最後に他の連載作品の宣伝を!
よろしければ、それぞれ第1部だけでも興味を持っていただけたら嬉しいです!
何卒よろしくお願いいたします!m(__)m
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