第7話 その頃のライドは①

 さて。

 その頃のライドは言えば。


 とある島の食堂。

 そこで朝食をとった後だった。

 食堂の一角。丸いテーブルを囲んで座るのは四人と一頭。

 当然一人はライド=ブルックスだ。

 精悍な顔つきと、黒い双眸。黒髪は変わらず後ろで縛っていた。

 痩身ながらも鍛え抜かれた体躯も健在だ。

 腰に吊るした愛用の魔剣も。ただ厚手の黒いアーマーコートだけは新調されている。通りすがりのブルードラゴンにボロボロにされたので買い替えたのだ。


 ライドは食後のコーヒーを愉しんでいた。

 その傍らには肉に噛り付く、獅子に似た白い超大型犬・バチモフがいた。


 二人目は女性だ。

 長い黒髪を頭頂部にて白い帯で結いだ十九歳の女性剣士。

 温和な美貌と持つが、綺麗に切り揃えたヴェールのような前髪で左眼を覆っていた。その下には特殊な力を宿す無色の瞳がある。


 サヤ=ケンナギである。

 和装の肩当てを付けた白い羽織。豊かな双丘を支えるような黒い胴当てに、両腕には手甲。両足には大腿部の半ばまで覆う黒の具足を履いている。

 そして腰には新たな愛刀・白雪しらゆきを差していた。

 東方大陸出身の彼女は、東方産という緑茶を口にしていた。


 三人目は男性である。

 凄まじいほどの巨漢である鬼人オウガ族。片方のみの角が印象的な戦士だった。

 肌は浅黒く、巨躯は筋骨隆々。上半身は裸であり、防具の代わりとして太い鎖を巻き付けている。巨大な戦鎚を傍らに立てていた。


 タウラスだった。

 彼の前にも香り立つコーヒーカップが置かれているのだが、サイズ感の違いで玩具のように見える。今は香りを愉しんでいるようだ。


 そうして最後の一人。

 少女である。年齢は十七歳。サヤと二歳差なのだが、身長はかなり低い。体格も小柄だ。ただその双丘だけはサヤにも劣らない主張ぶりだったが。

 彼女は地人ドワーフと人族のハーフだった。三角形を思わす勝気な眉に、輝くような翡翠色の髪。前髪と後ろ髪は短く、横髪のみ胸にかかるほどに長い。地人ドワーフ族の慣習である兜――二つの出っ張りが特徴的な丸みを持つ兜をかぶっている。

 衣服は白い半袖のシャツの上に、大き目の山吹色のオーバーオール。職業は武闘家なので拳には革手袋グローブ。両足には大き目の安全靴を履いていた。


 シャロン=ゴウガである。

 彼女は巨大なパフェを注文して堪能し終えたところだった。


 ライド、サヤ、タウラス、シャロン。そしてバチモフ。

 四人と一頭は行動を共にしていた。

 ただ、実のところ、パーティーではない。

 サヤはB級パーティー・祓い太刀ウツロギリに所属したままであり、他の三人はソロの冒険者たちが集まった状態だった。

 なお、現在はライドがD級魔法剣士。サヤがB級さむらい(東方での戦士の名称)。タウラスはC級戦士。シャロンがC級武闘家だった。

 パーティーを結成した方が活動しやすいのだが、サヤが重複していることと、結成時は同級であることが冒険者ギルドの推奨のために断念した。

 まあ、仮に組んだとしたら、かなり攻撃特化なパーティーではあるが。


「……さて」


 ライドが、カチャリとコーヒーカップをテーブルに置いた。

 すると、シャロンが丸テーブルの下に潜り込んだ。

 そして、


「――ライドっ!」


 ライドの足元から顔を出す。

 そのまま、スルスルとライドの体に上って抱き着いた。


「これから第百二十二戦目をしよっ!」


 そんなことを告げた。


「……いや、シャロン」


 彼女の腰を手で支えつつ、


「模擬戦は構わないが、いきなり抱き着くのは本当に止めてくれ」


 そう願うが、シャロンは満面の笑みで「それはやだっ!」と答える。

 ライドは深々と嘆息した。

 どうにも自分はシャロンに甘いと自覚していた。

 彼女の無邪気さは幼い頃の愛娘リタを思い出すのであまり厳しく言えなくなっている。少しきつく怒るとしゅんとしてしまうところなどあの頃のリタにそっくりだった。それにシャロンは友人の姪っ子でもあるので尚更である。


(やれやれだな)


 とりあえず、ライドはシャロンを抱えながら立ち上がり、


「バチモフ」


 愛犬の名を呼んだ。

 バチモフは『バウっ!』と吠えて立ち上がる。

 ライドはシャロンをバチモフの背中に乗せた。制約された姿でも仔牛ほどの大きさを持つバチモフは少女を乗せてもビクともしない。

 ただシャロンは「むむっ!」と不満そうだったが。


「シャロン」


 その時、サヤが穏やかな声で言う。


「そこまでよ。これ以上、あるじさまを困らせないの。分かるよね?」


 微笑んでそう告げた。

 シャロンは「う、うゥ」と呻きつつも頷いた。

 何故か、サヤの言うことはよく聞くシャロンだった。

 夜に女子部屋で色々とやり取りをしているようだ。

 一方、


「ライド」


 タウラスがコーヒーを呑み干して声を掛けてくる。


「修練もいいが、一つ提案がある」


「……提案?」


 椅子に座り直してライドが反芻する。

 タウラスは「うむ」と首肯して、


「ギルドで聞いた。この島にも、ダンジョンがあるそうだ」


 そう告げた。サヤとシャロンもタウラスに視線を向けた。


「俺も、実戦から離れて久しい。修練はしているが、船旅が長引けば、勘も鈍る。アタックしてみるのは、どうだ?」


 タウラスはそう語った。

 現在、ライドたちは東方大陸に向かう船旅の途中だった。

 キヤジ王国を出航したライドたちだったが、残念ながら直行する貨物船に乗り合わせることはできず、幾つかある島を巡って東方大陸に向かう商人船に護衛として同行させてもらうことになった。

 そうして旅立って五日。

 ここは最初に立ち寄った小さな街だけがある島だった。

 この島では、雇い主は三日ほど商売をして再び出航する予定だった。

 その期間はライドたちにとって自由な時間だった。


「ああ。それなら私も聞きました」


 サヤが、ポンと手を叩く。


「ランクはD級。洞窟型のダンジョンだそうです」


「……D級ダンジョンか」


 ライドはあごに手をやった。

 このメンバーの中でD級はライドだけだ。

 しかし、実質的にライドの実力は相当に低く見積もってもA級以上である。

 全員が充分な実力があると言える。

 D級ならば、まずリスクもないだろう。


「ライドっ! ライドっ!」


 バチモフの上で、シャロンが瞳を輝かせた。


「わっち! 久しぶりにダンジョン潜りたいっ!」


 そうお願いしてきた。


「……そうだな」


 ライドは少し考えた後、頷いた。


「確かにダンジョンから離れすぎると勘が鈍るか。D級ならタウラスのリハビリにも丁度いいランクだ。少し行ってみるか」


 そう告げた。

 こうして、ライドたちはダンジョンに向かった。


 

 それから二時間後。



 そのダンジョンは森の奥地にあった。

 事前の情報通り、洞窟型のダンジョンだった。

 構造は四階層。地元では隅々まで探索されて地図も完成していた。

 ライドたちは地図を冒険者ギルドから購入し、順調に三階層まで進んでいた。


「――ぬゥん!」


 タウラスが戦鎚を振り下ろす!

 巨大な鉄塊は蛇型の魔獣の頭部を圧し潰した。

 人にも丸呑みしそうな巨大蛇は尾を暴れさせながら絶命した。

 サヤとシャロンは「「おお~」」と拍手した。

 バチモフも興奮したのか『バウッバウッ!』と吠えている。

 タウラスが魔獣相手に戦うところは初めて見るが、想像以上の怪力だった。

 大の男が両腕でどうにか扱うような戦鎚も片腕だけで軽々と振るう。

 元傭兵の戦闘能力は伊達ではなかった。


「見事なものだな」


 ライドも称賛する。


「これだとリハビリにもならないか」


 微苦笑を浮かべつつそう告げる。

 それからシャロンを見やり、


「だが、タウラスならシャロンの模擬戦の相手もしてくれるんじゃないか?」


「それはやだっ!」


 シャロンは後ろからライドに抱き着いた。


「わっちはライドがいい!」


 ライドは溜息をつきつつ、


「……こら。シャロン」


 コツン、とシャロンの額を突いた。


「ここはダンジョンだ。どれほど余力があっても油断は死を招くぞ」


「……あう。ごめん」


 シャロンは謝罪して、ライドの背中から降りた。


「抱っこは宿に帰ってからお願いする」


「あ。それなら私も」


 片手を上げてサヤまで言う。


「……いや、お願いされても困るんだが……」


 ライドは嘆息した。

 どうにも緊張感がないように思える。

 まあ、自然体でいることはよいことだと考えるべきか。

 ともあれ、ライドたちは先に進んだ。

 地図を手に四階層に向かう。

 四階層の奥には広い空間があるそうだ。

 基本的にダンジョンは深層であるほど、上級の魔石が回収できる。

 魔石を回収するのなら、そこが最適な場所だった。

 問題としては、ダンジョンには魔窟主ダンジョンマスターと呼ばれる魔獣がいることだ。

 このダンジョンのような探索がされ尽くされた場所でも常にいた。冒険者に魔窟主ダンジョンマスターの魔獣が討伐されてもすぐに新しい主が縄張りとするのである。それだけ魔獣にとってダンジョンとは居心地のよい場所ということだった。

 D級のダンジョンなら、魔窟主ダンジョンマスターはC級魔獣であることが多い。


 余談だが、冒険者がランク分けされているのと同じく、魔獣も確認されている種族に対しては危険度によってF~S級で分類されていた。

 しかし、実はこれはあまり当てにならない。

 何故なら、魔獣は同種族であっても個体差がかなり大きいからである。

 F級だと思ったら個体としてはD級並みだったという話はよくあるため、あくまで『種族的には』という前置きが入る参考程度の分類だった。ほとんどの冒険者はいざ遭遇した時に魔獣の体格と殺意から中級や上級などと大雑把に判断するのが現状だった。


 閑話休題。


「さて。そろそろ広場に出るところだが……」


 ライドがそう呟いた時だった。




「くそったれが!」




 そんな声が奥から聞こえてくる。

 さらには激突するような衝撃音もだ。

 ライドたちは互いの顔を見合わす。

 どうやら先客がいるようだ。

 ライドたちは進む足を速めた。

 そうして広場に出る。


「ブオォオオオオオオオオッ!」


 咆哮が広場に轟く。

 そこにいたのは山羊の頭部を持つ巨人だった。

 真っ白い体毛の魔獣。名をギリブラドといった。

 推測通りのC級に分類される魔獣だった。

 その体格と殺意からして個体としても上位だと思われる。

 紛れもない中級魔獣のようだ。

 そして、それに対峙するのは、


「このバケモンが!」


 長剣を片手に一人だけで奮闘する戦士。

 アッシュゴールドの髪を持つ青年だった――。



 ライド=ブルックスの冒険は続く。






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