第13話 予期せぬ吉報

 その日。

 リタ=ブルックスは朝から不機嫌だった。

 今日は休暇オフの日。ダンジョンアタックの予定もない。

 本来は各自自由に活動してもよい日なのだが、リタたち、星照らす光ライジングサンのメンバーは全員ワンズの館の庭園で自主トレーニングをしていた。


 そんな中で、リタは大剣を抱きかかえて腰を下ろしていた。

 その表情は、ずっとブスッとしたままだ。


「どうしたのよ。リタ」


 外套も外して持久走をしていたジュリが汗を拭きつつリタに声を掛けると、


「……むむ!」


 リタは両腕を上げて、


「――パパの情報が全然なァい!」


 そう叫んで、後ろへと倒れ込んだ。

 それが、リタの不満だった。

 このグラフ国に来て、すでに三週間。

 ワンズの館を拠点にして、リタたちは活動していた。

 冒険者としてのダンジョンアタックはもちろん、父の行方も探っていた。

 しかし、どうにも情報が掴めないのである。

 似顔絵に、ジュリから聞いた今の父の服装。魔法剣士であるなど、それなりにヒントは揃っているというのに誰も父を知らない。


「もしかして、この国は外れだったのかね?」


 倒れたリタの顔を覗き込んでライラが言う。


「……ふむ」


 剣術の訓練をしていたジョセフも近づいてくる。


「確かに。父君の情報がここまでないのはそもそもこの国に来られていないのか、すぐに立ち去

られた可能性があります」


 ジョセフの指摘に三人の視線はジュリに集まった。

 ジュリは「うぐっ」と呻いた。


「最初に言ったじゃない。根拠は私の直感だけだって」


「……まあ、そうだったわね」


 倒れたまま、リタが溜息をついた。

 実のところ、ジュリの直感は当たっている。

 しかし、この国にいた頃のライドは、仮面を着けて礼服を纏うといった姿であり、冒険者としての活動はほとんどしていなかった。

 そのため、幾ら調べても痕跡が出てこないのは当然だった。


「けど、それだといきなり手掛かりがなくなったってことよね」


 自分で呟いて、リタは泣きそうな顔をした。

 何気に傍で立つジュリもだ。

 ライラとジョセフは神妙な顔をした。

 と、その時。


「あ。みんな」


 一人、この場にいなかったカリンが走ってくる。


「お昼ご飯がそろそろ出来あがるよ」


「……ありがとう。カリン」


 リタは気持ちを立て直して上半身を上げた。


「まあ、これからことは食事の後で考えましょう」


 そう告げる。


「……そうね」


 ジュリが頷き、ライラとジョセフも同意する。

 カリンだけはキョトンとしていたが、


「あ。そうだ。実はお客さんが来ているの」


 リタたちにそう告げた。


「「「お客さん?」」」


 リタたちはカリンに注目した。

 カリンは「うん」と頷いた。


「ほら。いつものワンズさんの部下さん。いま応接室にいるって」



       ◆



(……こいつは何しにここに来たんだ?)


 この館の主人。

 ワンズは、いま応接室でうんざりしていた。

 今日はワンズにとっても休暇日だった。

 だから、朝からゆっくりとしていた。

 クロにコーヒーを入れてもらい、新聞を読んでいた。

 あまり面白くもないニュースに目を通して、小さく嘆息する。

 朝食を用意してくれるのはクロの役目だ。休暇日ならカリンも積極的に手伝ってくれていた。カリンはとても良い子だ。優しく、気遣いも出来て、料理の腕も素晴らしい。彼女の旦那になる男はきっと幸せ者だろう。

 まあ、気遣いの点で言えば、ワンズ自身も含めて他のメンバーも手伝ったことがあるのだが、クロの足を引っ張るだけだったので自粛していた。

 朝食後は、クロにブラッシングするのがワンズの役目だった。

 獣人族――特に狼人ウルフ族はブラッシングが大好きらしい。子供の髪や狼耳、腕の獣毛や尾を親がよくブラッシングするという話だった。

 この歳で親代わりというのは少し複雑な気分ではあるが、いつも一生懸命に頑張ってくれているクロへのせめてもの労いである。


 ともあれ、そんな穏やかな休暇を今日は過ごすつもりだった。

 友人兼部下が訪問してくれるまでは。


「綺麗っしょ! 先輩!」


 そう告げるのはソファーに座るワンズの部下。

 二十歳になったばかりの若い青年だ。名前をロッド=ホークスと言った。

 休暇日が重なるとよく遊びに来る相手である。

 しかし、いつもは一人なのだが、今日は二人だった。

 ロッドの隣には女性がいた。

 年の頃は十九歳ほどか。長い兎耳を持つ片目を隠した兎人ラビト族の女性だ。

 どこか冷めた眼差しの女性である。メイド服を着ているが、その首には隷属の首輪。両腕には強制人化の腕輪が付けられている。彼女が奴隷である証だった。


「お前、まさか……」


「はいっ! 身請けしました!」


 そう告げるロッドに、ワンズは渋面を浮かべた。

 どうやら彼女がお気に入りの娼婦らしい。財力があるのなら身請けしたらいいとは思っていたが、まさか本当にするとは――。


「つうか、俺は彼女を嫁さんにするつもりです!」


「………は?」


 流石に目を丸くするワンズ。


「いや。流石に無理だろ。この国の獣人族の扱いは知っているだろ?」


 この国では獣人族を性奴隷兼蒐集品コレクションとして侍らせる貴族はよく聞くが、伴侶にした者など市井でも聞いたことがない。

 それが成り立たないのがこのグラフ王国なのだ。


「分かってるっすよ。けどそれでもっす」


 と、ロッドは言う。

 その眼差しは真剣そのものだった。


「これは決意表明っすよ。俺は十年以内に必ず彼女――キアと結婚するっす。隷属の首輪なんて全部廃止にしてみせるっす」


「……はあ。そっか」


 あまりに壮大なことを言う後輩に、ワンズは気のない返事をする。

 次いで、キアと呼ばれた兎人ラビト族の女性の方を見やり、


「あんたとしてはどうなんだ? こいつの戯言を聞いて」


「……別に好きにすればいいわ」


 素っ気なく彼女は言う。


「私はこの人に買われた奴隷だから。意見なんてないわ。ただ……」


 不愛想な口調ながらも、彼女は視線を逸らしつつ、ロッドの袖を掴んだ。


「この人がとんでもなく馬鹿なことくらいもうよく理解しているわ。やれるものならやってみたらいい。気長に待ってあげるわよ」


 そう告げる。


「まあ、確かにそいつは馬鹿だからな」


 腕を組んでワンズは唸る。


「はっきり言って、そんな台詞、言って回るようなもんじゃねえぞ」


 下手をすれば、国家転覆を目論んでいると判断されてもおかしくない台詞だった。

 すると、ロッドはニカっと笑って、


「分かってるっすよ。今ンところ、先輩以外に言うつもりはありません」


 そんなことを言った。


「これでも人を見る目は持っているつもりっすから。それよりも」


 一拍おいて、


「今日来たのは、先輩にキアを紹介したかったのもあったっすけど、リタちゃんたちに用があったんすよ」


「リタたちにか?」


 ワンズは眉根を寄せる。

 ロッドは、すでにリタたちと面識があった。

 初めて会った日など、リタ、ジュリ、カリン、ライラ、そして何故かクロも指差して「先輩が女の子たちを連れ込んでハーレムを築いているっす!」と、アホな台詞を叫んで迷惑したものだった。

 まあ、リタたちは全員が美少女だ。ロッドのツッコミも分からなくもない。

 だが、おかげで、リタたちは全員スンと真顔になり、唯一動揺して真っ赤になったのはクロだけだったことも地味にへこんだ。もしかすると、クロは自分も指差されたのは主人に男色の趣味があるのかと誤解したのかもしれない。

 ちなみに、ジョセフは、ロッドの視界から完全に除外されていたようだ。


 ともあれ、ロッドはすでにリタたちとそれなりに会話もしていた。

 彼女たちの事情も聞いている。


「もしかしてリタの親父さんの情報が掴めたのか?」


「いや、確証はないんすけど、俺、似顔絵を一枚貰ってたでしょう?」


 そこでロッドはキアの方に目をやった。


「俺、それを寝室に置いてたんっす。そしたらキアが偶然それを見て……」


「……私は……」


 キアがポツリと呟く。


「たぶんその人を見たことがあるわ」


「マジか!」


 ワンズは目を軽く見張った。


「どこでだ? いや、あんたは元娼婦か。なら……」


 少し言葉を詰まらせるワンズ。

 リタの義父はまだ三十歳だと聞く。流石に十代の少年少女から見ればおっさん世代かもしれないが、世間的には充分に若い年齢だ。ましてや結婚もしていないのなら娼館を利用するのも自然な話だった。

 しかし、それを年頃の娘に伝えるのは――。


 と、一瞬悩んでいたら、


「別に客じゃないわ」


 キアがそう答えた。


「私が彼を見たのはその前。私がオークションにかけられた時よ」


「なんだって?」


 ワンズは眉をひそめた。

 すると、


「まあ、結論から言いますと」


 ロッドがキアの代わりに話を切り出した。


「ちょっと俺も驚いたんすけど、どうもリタちゃんの親父さんって」


 一呼吸入れて、ロッドはこう告げる。


「あの怪人・『黒仮面』っぽいんすよ」



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