第4話 それは当たり前のこと

 時は少し遡る。

 グラフ王国の王都シンドラット。

 その駅にようやく到着したリタたち一行だったが、ライラはかなり不機嫌だった。


「最悪だな。これ」


 言って、ライラは自分の首に付けた隷属の首輪に触れる。

 これは魔石の代わりにガラス細工を装着させた偽物レプリカだ。

 この国では獣人族だけではなく、人族以外の人類すべてが奴隷対象らしい。

 従って、鬼人オウガ族であるライラにとっても危険な場所だった。

 それを危惧して、ジュリが事前に隷属の首輪の偽物レプリカを用意していたのである。

 最初から奴隷に偽装していれば、奴隷狩りに遭うこともないという理屈だ。


「窮屈なのは分かるけど、無用な争いを避けるためよ」


 と、ジュリが言う。


「しかし、嘆かわしいな」


 ポツリとジョセフが呟いた。


「まさか奴隷制度などを未だに行う国があろうとは」


「えっと、昔のジョセフ君も、リタちゃんに負けるまで結構な貴族かぜを吹かせていたような気が……」


 カリンが困った口調でそう指摘すると、


「何を言うか。カーラス」


 ジョセフが少し憤慨したように答える。


「貴族階級と奴隷制度はまるで違うぞ。貴族とは民を守る貴人。知識を学び、技を磨き、誇りと共に人々の上に立つ者だ」


 そこで一拍おいて、


「ゆえに貴族は民とは立場が違うのであると強く自負すべきなのだ。それこそがこのジョセフの誇りだ。今は姫やアレスのように民の中にも英傑は現れると知ったが、その誇りは決して変わらぬ」


 だが、と続けて、


「奴隷制度はその真逆。他者を貶めて搾取する最悪の制度なのだ」


 と、珍しく真っ当なことを熱く語るジョセフだった。

 全員が「「おお~」」と少し感心した。


「意外としっかり貴族しているわね。ジョセフって」


 と、リタが言う。

 ジョセフは「お褒めに預かり光栄です。姫」と恭しく頭を垂れていた。


「けど、正直、長居はしたくない国ね」


 リタは周囲を見渡した。

 ここは駅前だ。行き交う人は多い。当然のように奴隷たちの姿もある。

 多くは獣人族だ。誰もが瞳に生気がない。

 流石にリタも眉をしかめる。


「……パパはどうしてこんな国に来たんだろ?」


 そう呟くと、


「先生には特に目的地がないからよ」


 ジュリがそう答えた。


「本当に気ままに旅をしてるみたい。私がこの国を先生の行き先だと思ったのも、前に講習中に先生がこの国の名前を言ってたからだし」


「それじゃあ実際には来てないって可能性もあるんじゃないかい?」


 と、隷属の首輪を触りながらライラが言う。


「そうね。あくまで私の直感で可能性が高いってことだから」


 ジュリはそう答えた。


「まあ、他に手掛かりもないんだから仕方がないわ」


 リタは言う。


「とりあえず宿を探してから、ギルドに向かいましょう」


 そう方針を告げた。

 だが、それからニ十分も経たない内にトラブルに遭遇したのだ。

 白昼に殺されかけようとしている狼人族の少年と出くわしたのである。

 リタは考える前に動いていた。

 そうして今に至るのである。


「この、小娘が!」


 リタに腕を握られたまま商人が怒気を飛ばす。


「この犬は私のモノだぞ! どう扱おうと私の勝手だ!」


「犬、ですって……」


 リタの表情が険悪なモノに変わっていく。

 今にも殴りかかりそうな顔だ。

 ――と、その時だった。


「ああ~、ちょい待ちな」


 不意に声を掛けられた。リタが険悪な表情のまま声の方を見やると、そこには二十代半ばほどの鎧を着込んで槍を持つ衛兵がいた。

 商人も振り向き、「おお! 丁度良かった!」と衛兵に声を掛ける。


「衛兵さん! こいつらが私に言いがかりを――」


「おっと待った」


 すると、衛兵は商人の声を遮った。

 そのまま商人とリタの間に割り込んで、


「悪いが一部始終見させてもらった。あんた、黄色切符だ」


「―――な」


 商人が目を見張る。


「いくら何でもやりすぎだ。あのままだと死んでいた。悪いが没収・・させてもらうぞ」


 言って、衛兵は黄色い切符を商人の胸ポケットに入れた。


「むしろこの嬢ちゃんたちに感謝しな。もし死んでいたら赤切符だったからな」


「……ぐぐぐ」


 商人は呻く。


「ともあれ、この奴隷は没収するぞ。あんたは、後日、奴隷の取り扱い研修を受けな。この奴隷は詰め所で紹介先がなければオークションにかけられることになる。お気に入りならまた競り落とすことだ」


「――くそッ!」


 商人は苛立ちを吐き捨てた。

 そしてリタたちを睨みつけて「失せろ!」と叫んだ。

 リタたちはムッとした表情を見せるが、


「ああ~そうだな。お嬢ちゃんたちもここから離れような」


 衛兵がそう告げる。

 流石に衛兵と騒動を起こす訳にもいかない。


「……分かったわよ」


 しぶしぶリタは従った。

 カリンたちもリタの判断に従った。

 衛兵に導かれながら、その場から離れて脇道に行く。

 そこで衛兵が言う。


「さて。そんじゃあ、その奴隷を渡してくれ」


「……この子をどうする気よ」


 リタが険悪な声でそう尋ねると、衛兵は「決まってんだろ」と言って、


「詰め所で買い取り先がいないか問い合わせる。いなければ奴隷商に引き渡してオークション行きだ。それがこの国の法律ルールだからな」


「何を言うか」


 ジョセフが義憤を込めて言う。そして腕の中の狼人族の少年を見やり、


「この少年は一刻も早く医師に診せるべきだ。このジョセフ、渡すつもりはない」


「いや、先に言っとくが、この街で主人もいねえ奴隷を診てくれる奇特な医師なんてほとんどいねえぞ」


 衛兵の言葉に、リタたちは目を剥いた。


「お嬢ちゃんたち、余所者なんだろ? この国はそういうとこなのさ」


 言って、衛兵は肩を竦めた。

 リタたちは沈黙することしか出来なかった。

 十数秒ほど静寂が続く。

 すると、


「……はあ。やれやれだ」


 不意に衛兵が額に手を当てて嘆息した。


「分かった分かった。とりあえず詰め所行きは保留だ。医師には俺に当てがある。まずはそのガキを助けてやるよ」


「―――え」


 リタは驚いた顔をした。


「え? なんでいきなり?」


 当然の問いかけをする。と、


「まあ、なんつうかさ、スカッとしたんだよ」


 衛兵は自虐的に笑った。


「けど、同時に俺まで殴られちまった気分だったよ。そうだよな。子供を殴んのは間違っているか。そりゃあそうだよなあ」


 槍を脇に抱えてボリボリと頭をかいた。


「そんな当たり前なことも、俺やこの国は忘れちまったんだよな」


 彼の呟きにどんな想いが込められていたのか。

 それはリタたちには分からなかった。

 けれど、


「とにかくだ。そのガキを死なせたくなかったら俺についてきな」


 このままでは死んでしまう少年を救うために。

 今はこの衛兵の言葉を信じることにした。


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