第27話 まだ見ぬ未来

 それはとある日のこと。

 場所は東方大陸の中央地方。

 そこには小さな街があった。

 人口五千人ほどの本当に小さな都市だ。名前をシロックといった。

 近くに鉱山があって地人ドワーフが多い。南方大陸が出身と言われる地人ドワーフ族は人族の次に全大陸に幅広くいる。良質な鉱石が取れるところならばどこにでも行くからだ。


 大地があればどこでも生きていける。それが種族の信条らしい。

 おかげで彼らの造る武具や工芸品がこの街を支えるのに一役を買ってくれた。

 そして、その街にはとある道場があった。

 門下生が三十人程度の小さな拳法道場である。


「…………」


 その道場主は今、無言で街外れにある鉱山に向かっていた。

 年齢は五十代に入ったところか。彫りの深い顔立ちに鼻に蓄えた髭。白髪混じりのオールバックの黒髪は、うなじ当たりで三つ編みにもしていた。

 壮年には見えない筋骨隆々な肉体には凄まじい威圧感がある。

 そして東方大陸の中央地方の民族衣装でもある武道着を纏っていた。


 彼の名はガラサス=ゴウガ。

 悠久の風シルフォルニアの元パーティーメンバーの一人。

 ライドの仲間であり、友人でもある人物だった。


 冒険者を引退したガラサスは故郷のシロックに戻り、小さいながらも道場を開いた。

 ガラサスはきょけんの二つ名を持つ元S級の武闘家だ。

 望めば大都市で一大派閥にもなり得る大道場を開けただろう。

 けれど、ガラサスは故郷で道場を開くことに拘った。


 理由は一つだけだ。

 可愛い姪っ子に拳法を教えるためである。


 しかしながら、


「……参ったのう」


 岩肌に覆われた道を歩きながら、ガラサスは嘆息する。

 ガラサスには歳の離れた弟がいた。

 両親を早くに亡くしているため、実質的にガラサスが育てた弟だ。

 真面目な弟は街で武具店に勤めていた地人ドワーフの女性と結ばれた。

 その名の響きから、地人ドワーフと聞くと大きな髭を持つずんぐりむっくりした姿を思い浮かべる者は多い。事実、地人ドワーフの男性は髭を蓄えている者も多いのだが、それはいわゆるただの無精髭であり、容姿そのものは人族とほとんど変わらなかった。

 特徴としては生まれもった手先の器用さと剛力。男女関係なく身長は人族の成人男性の三分の二ぐらいという最も小柄な種族の人間であるということだ。


 さらに特徴として挙げると、種族をあげてモノ造りが大好きな彼らには、親が子に鉄兜を贈る慣習がある。子はサイズを調整しながら生涯その兜を使い続けるそうだ。

 ガラサスの義妹も姪っ子も鉄兜をいつも被っていた。


 ともあれ、ガラサスは姪っ子を目に入れても痛くないほどに可愛がっていった。

 姪っ子が幼い頃には、少しだけ拳法の手解きもした。

 幼すぎたので実際のところは真似事程度のものだが、体が動かすことが大好きなあの子は喜々として指導を受けていたものだ。


 しかし、弟が自分の武具店を持って独立した時。

 ガラサスは旅立つ決意をした。

 当時三十五歳。遅すぎる旅立ちだったかも知れない。

 だが、それでもガラサスは冒険者になりたいと願った。


 ずっと試したいと思っていたのだ。

 独学で磨いた自分の拳がどこまで高みに上れるのかを。


 弟が家族を持って一人前となった今、憂いはもうなくなった。

 必ず帰ってくると弟家族と約束してガラサスは旅立ったのである。

 もう十五年も前のことである。懐かしい話だ。


 ガラサスは双眸を細めた。

 見事に大成し、約束通りに帰郷したガラサスを弟家族は温かく迎えてくれた。

 旅立った時はまだ二歳だった姪っ子が、今でも自分の顔を憶えてくれていたことは本当に嬉しかった。道場を開いた時、真っ先に門下生になってくれたのも姪っ子だった。

 ガラサスは姪っ子には特に気合いを入れて自分の拳を教えた。


 だがしかし。

 ガラサスにとってあまりにも想定外のことが起きる。


「…………」


 ガラサスは足を止めた。

 そこは鉱山の奥。まだ発掘作業もされていない岩壁だけの場所だ。

 そして、そこには巨大なクレーターが刻まれていた。

 拳の形をしたクレーターである。


「……まさかこれほどとはのう」


 ガラサスは眉間にしわを寄せて岩壁に触れる。

 今から三週間前。

 弟が青ざめた顔でガラサスの元にやって来た。


『に、兄さん! これを!』


 言って、弟は手紙を見せて来た。

 ガラサスはそれを読んで弟同様に蒼白になった。


『父ちゃん! 母ちゃん! ごめん! わっち、冒険者になる! 叔父おいちゃんみたいに修行の旅に出るんだ!』


 それは姪っ子の置き手紙だった。

 思い立ったら即行動。

 地人ドワーフの血を引く実にあの子らしい決断力だった。

 ガラサスたち兄弟は頭を抱えていたが、弟の妻は「まあ、少し早いけどあの子も旅立ったってことだよ」と笑っていた。地人ドワーフの慣習では十八になると旅立つそうだ。地人ドワーフたちが色々な場所にいる大きな理由でもある。


(心配していないと言えば嘘になるが……)


 ガラサスはその場で腰を下ろし、あぐらをかいた。

 改めて目の前の拳の痕跡を見やる。

 人の体躯をも大きく越える巨人の拳撃のような跡。

 実際には氣の塊を叩きつけたのだろう。

 これだけの威力は十代の頃のガラサスには練れなかった。


(拳才はわっしを凌ぐな)


 それに加えて母譲りの剛力。

 まさに天才と言える。

 欠点を挙げるとすれば、これもまた母譲りである小さな体格。すなわちリーチの不利であるが、その点もあの子はあの子らしい方法で解決している。

 実力面ではすでにC級以上かもしれない。

 十七歳の少女が一人旅というのには不安を覚えるが、あの子は無鉄砲に見えて強かな面もある。恐らく駆け上がるように名を馳せることになるだろう。

 一人の武闘家としてはそれを見届けてみたいとも思う。


 ただ、ガラサスが気に病むのは弟のことだ。

 愛娘がいきなり旅立って、それはもう落ち込んでいる。

 遅かれ早かれかもしれないが、それでもガラサスが拳法を教えたために旅立ちが早まったのは間違いない。


「その点は本当にすまん……」


 ガラサスは渋面を浮かべてそう呟いた。

 同時に、


叔父おいちゃん! わっち、叔父おいちゃんより強くなりたい!』


 姪っ子の輝くような笑顔が脳裏に浮かぶ。


「強くなる。強くはなるとは思うが……」


 再度岩壁を見やり、


「もし、強くなりすぎて嫁の貰い手がなくなっては弟に申し訳もたたんわい」


 あぐらに手を置いて、深々と嘆息するガラサスだった。


 果たして、ガラサスの姪っ子はどこに行ったのか。

 その運命はどこへと辿り着くのか。

 それを知る者はまだ誰もいない。



 第2部〈了〉



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読者のみなさま!

本作を第2部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!


第3部は2週間ほどインターバルを取ろうと思います。

少しだけお待ちください。m(__)m

もしかしたらその間に簡単なメインキャラ一覧を投稿するかもしれないです。


少しでも面白いな、続きを読んでみたいなと思って下さった方々!

感想やブクマ、『♥』や『★』で応援していただけると、とても嬉しいです! 

もちろん、レビューも大歓迎です!

作者は大喜びします! 大いに執筆の励みになります!

感想はほとんど返信が出来ていなくて申し訳ありませんが、ちゃんと読ませて頂き、創作の参考と励みになっております!

今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからも何卒よろしくお願いいたします!m(__)m




最後に他作品の宣伝を!

よろしければ、それぞれ第1部だけでも興味を持っていただけたら嬉しいです!

何卒よろしくお願いいたします!m(__)m



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