第23話 元カノと妹分と狼娘
「……いきなりの災難」
「……全くだよね」
背中から聞こえるティアの呟きに、レイが苦笑を浮かべた。
場所は見知らぬ森の奥。
ティアとレイは互いの背中を合わせて敵らしき存在を警戒していた。
「また
「分からない。流石にここまでタイミングが良いとは思えないけど……」
レイに問いかけに、眉根を寄せて答えるティア。
およそ三ヶ月に渡る彼女たちの空の旅。
それはとても快適とは呼べないようなものだった。
雨の日もあれば嵐の日もあった。日差しが照り付ける日もある。
そんな中を海図と方位磁石を命綱にして飛び続けた。
少し眠るのも一苦労だった。
たまに陸地を見つけるとホッとしたものだ。
久しぶりに過酷と感じる旅だった。
これを乗り越えたのは、やはり愛の力だろう。
そもそも主動力源であるティアの魔力は、元々はライドから授かったモノなのだから愛の力以外の何ものでもない。
ともあれ、レイが命名したバハタク号はようやく西方大陸にまで到達したのである。
しかし、それが限界だった。
長旅で機体はすでに悲鳴を上げていた。
このままでは墜落する。
そう判断したティアとレイは千年樹の杖で脱出した。
コントロールを失ったバハタク号は眼下の大きな森へと突っ込んでいく。森を削りながらようやく止まった。爆発まではしなかったが、完全に大破状態だった。
流石にこれ以上の飛行は不可能と判断して、レイとティアは感謝を述べつつ、バハタク号を弔った。
だが、その直後にこれである。
この場所がどこなのかも分かっていないのに、いきなりの戦闘のようだ。
「う~ん、まずはお風呂に入りたいのに……」
大剣の柄を握ったまま、レイがぼやく。
旅の途中でも、飲み水はもちろんのこと、衣服や体を洗うための水も魔法でいくらでも生み出せた。乾かすための風もである。
しかし、それでも入浴するとは全く違っていた。
「その気持ちはよく分かるけど……」
ティアも嘆息した。
「流石にこんな森の中にお風呂はない」
そう返した。
と、その時だった。
「……来たよ。ティア」
レイが言う。
森の一角から人影が現れたのだ。
それは獣人族の美しい少女だった。
年の頃は十八ほどか。
褐色の肌に琥珀色の瞳。ライトグレーのザンバラとした短い髪。
肩と背中、腹部や横腰も肌が露出した長い布を絡めたような白い衣装。
それに覆われたスタイルは艶めかしいほどに抜群だった。胸の大きさはレイよりも大きいほどだ。両腕の獣の腕だけでは分からないが、頭部にある狼の耳と尾で、彼女が
他にも同じく
「私の名はアロ」
「獣王ホロの姉であり、神狼ポウチの戦巫女。アロだ」
「……獣王?」
レイが眉をしかめる。
「何それ? 獣人族がそれぞれ自分のルーツになる古代の神さまを祀っているのは知っているけど、獣王ってのは聞いたことがないなあ」
と、率直に言う。
すると
そんな彼らを、片腕を薙いでアロが止める。
「それも仕方あるまい。弟は最近そう名乗り始めたばかりだしな。それよりもだ」
アロは双眸を細めて問う。
「お前たちは何者だ。特にお前だ。精霊魔法師の女」
アロは特にティアを凝視していた。
レイは眉をしかめたままだったが、ティアは神妙な顔をしていた。
「……私も聞きたい」
ティアが言う。
「あなたは何者なの?」
アロが姿を現した時、ティアは内心で驚いていた。
その莫大な精霊数にだ。ティアの瞳には精霊数が視える。恐らくだがこの
これほどの精霊数を持つ意味。
ティアにはその心当たりがあった。
しかし、分からない。
何故、見知らぬ獣人族の少女が
「……ティア?」
レイは獣人たちから視線を外さずティアに問う。
「どういうこと? 知り合いなの?」
「……ううん。知らない。けど、知らない人だから困惑している」
ティアは率直に答えた。
「多分この人は……」
「……いいだろう」
その時、アロが口を開いた。
「ここまで近づいて私も確信を得た。詳しい話は集落で聞こう」
「――
そんな二人に、
「安心しろ。こいつらは奴隷狩りではない。少なくとも精霊魔法師の女の方はな。個人的に思うところは多々あるが、それだけは間違いない」
アロはそう告げる。
そしてティアたちに視線を向けて、
「お前たちも大人しく従った方がいいぞ。察するに、ここがどこなのかも分かっていないのではないか?」
「……う」
レイが言葉を詰まらせた。
「……当たりのようだな」
アロは苦笑を浮かべた。
「安心しろ。危害を加える気はない。ああ、それと」
そこでアロは少し意地悪そうにこう告げた。
「私の集落にはちゃんと風呂もあるからな。早く入りたいのだろう?」
そうして。
一時間半後。
ティアたちはアロの案内で
それはいわゆる
大樹の枝の上。または幹の間にいくつもの家がある。
ともあれ、ティアたちとして望むモノはまずは入浴だ。
数少ない地に建てられた家屋の一つ。岩づくりの大浴場。
流石に警戒はまだ解けないのでティアが周囲を氷壁で覆ったその場所で、
――わしゃわしゃわしゃ。
レイもティアも全裸で石鹸の泡塗れになっていった。
湯に浸かるよりもまずはこれが最優先だった。
二人揃って一心不乱に体の隅々まで洗う。
「はあ、良かったよォ」
頭を洗いながらレイが安堵の息を吐く。
「ライドには会いたいけど、もしあの状態で会うことになったら最悪だったから」
「……うん」
腕を伸ばして洗うティアが頷く。
「水浴びだけじゃあ限界があったから」
誤解なく言えば、二人とも無茶な強行軍の割にはかなり清潔だった
しかし、乙女心的には耐え難い状態だったのである。
ましてや愛する人に会いに行こうという旅では当然の心境だった。
二人は同時に桶を取り、一気に泡を洗い流した。
「――ふうっ!」
レイがバチモフのように頭を揺らして湯を飛ばした。
ティアも前髪をかき上げて「……ふう」と吐息を零した。
それから二人とも念願の湯船に浸かった。
岩風呂の湯の温かさが身体の芯にまで染み渡っていく。
「「ふう~」」
二人揃って安堵の息を吐く。
そして、
「けど、ようやく西方大陸に戻ってこれたね」
と、レイが言う。
ここがどこかはまだ定かではないが、グラフ王国領内であることには違いない。
これほどの短期間で到着できたのもバハタク号のおかげだった。
「うん。しかも、もしかするとライドの手掛かりも手に入るかも」
ティアがレイを見やり、そう告げた。
「え? どういうこと?」
レイが眉根を寄せると、ティアはアロの精霊数について語った。
「え? じゃあ、あの人ってライドの知り合いなの?」
目を丸くするレイ。
「多分間違いない」
ティアは頷く。
「でないと、あの精霊数は説明つかない」
「け、けど、精霊数ってライドの好感度みたいなものなんでしょう?」
レイが「むむ」と呻いた。
「あの人ってそれだけライドに大切にされてるってこと?」
「……うん。少なくとも」
ティアも微かに眉をひそめて告げる。
「ダグやソフィアたちに近いぐらいには」
「……むむむ」
レイは腕を組んだ。
「ボクたちの知らない女だ。少し嫌な予感がするね」
「……………」
ティアは無言だ。
だが、それは肯定の意志でもあった。
「しかも凄く綺麗な上に、あのプロポーション。特にあのおっぱいだよ。あれ多分ボクよりも少し大きいよ」
言って、左右の手で自分の胸を挟んだ。
ティアは一瞬だけ「うぐ」と呻くが、
(……だ、大丈夫……)
すぐに平静を取り繕った。
経験上、ライドはきっとおっぱいの大きさには拘らない派だ。
少なくとも残念がられたことは一度もなかったはずだ。
それに自分だってあの頃よりも少しは大きくなっている。
だから大丈夫だ。きっと大丈夫だ。
そんなことで悶々としていることはおくびにも出さず。
「ともあれ、まずは……」
ティアは大きく息を吐いてこう告げる。
「獣王への謁見。それを済ませてから考えよう」
「うん。そだね」
胸から手を離してレイが頷く。
そうして、
「「ふう~」」
今は久しぶりの入浴を堪能する二人だった。
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