第22話 獣王の森にて
その日。
グラフ王国の近隣を覆う森の一角にて異変が起きていた。
それは早朝のこと。
その怪鳥は凄まじい速度で飛翔すると、そのまま森の一角に墜落したらしい。
もしや噂に聞く空を飛ぶ魔獣・怪鳥バハタクなのか。
家畜はおろか人も攫う危険な巨鳥だ。
ドラゴンほどではないが凶悪さで知られている。
手負いならばここで仕留めておかなければならない。
そこで彼女の部隊が先行して森の中を進んでいるのである。
――タンッと。
木の枝から枝へと跳躍する。
年齢は十六歳ほどか。
ネコ科の丸い耳に虎柄の短髪。両腕の獣毛も尾も虎柄だ。
トップスには革鎧。ボトムスにゆったりとした
スレンダーな肢体をしなやかに動かす姿はまさにネコ科の真骨頂だ。
彼女の名はテティ。
「――テティさま!」
そんなテティを追うのは彼女の部下たち。
テティを含めて六名いる
「先行しすぎです! もう少し速度を落としてください!」
と、叫ぶ
「相手はバハタクかもしれないんだぞ!」
テティは牙を見せて答える。
「もしそうなら絶対に逃す訳にはいかないんだ!」
「それは分かっていますが!」
「あなたは
「――いかにも」
「御身に何かあっては、我らは王に顔向けが出来ませぬ」
「だったらお前たちが私を守れ!」
テティは言う。
「私は森を守る! 私は獣王ホロの第二妃! 獣王の森を守る使命があるんだ!」
そう言ってさらに加速する。
「やれやれ。困った奥方さまだ」
「だが、あの方はこれでいいのだろう」
と、双眸を細めつつも彼女の後を追った。
そうして目的の場所に徐々に近づいていった時、
「――テティさま!」
「お気をつけて! 人族の匂いがします!」
「なんだって!」
流石にテティも足を止めた。
「何人だ! 冒険者か!」
木の枝の上で振り返り、
三人いる
「数は……二人か」
一人がポツリと呟く。
「武器は分からないな。だが何なんだ? この強烈な匂いは?」
「これは恐らく金属だな……」
別の
「武器の大きさじゃない。もっと巨大な金属の匂いがする」
「巨大な金属?」
「理由は分からないが、この匂いが金属なのは間違いないだろう」
と、もう一人の
「匂いはその巨大な金属。そして人族が二人だ。武器を持っているかは金属の匂いに紛れて分からない。冒険者かどうかも分からないが、恐らく二人とも女だ」
「ありがとう。それだけ分かれば充分だよ」
テティが言う。
「二人ずつに組んで散開するよ。包囲を狭めつつ接近する」
「――は」「「了解です」」「「御意」」
テティの指示に戦士たちは応じる。
テティも含めてそれぞれ
互いの位置関係は
そうして、テティたちはようやくそれが視認できる位置にまで近づいた。
そこにいたのは、確かに二人組の女だった。
青みを帯びた黒髪の女と、薄く紫がかった白銀色の髪の女だった。
黒髪は大剣を背に、白銀色の髪の女は緑色の三角帽子を被って杖を持っている。その格好からして戦士と精霊魔法師と推測できる。冒険者だ。
(奴隷狩りなのか? 分からないな。そもそもだ)
テティが眉をひそめる。
二人の女の傍には、確かに巨大な金属が存在していた。
まるで鳥の模型のような巨大な金属塊である。
それが森を削って横たわっているのだ。
(……何なんだ? あれは?)
初めて見る不可解な存在にテティが警戒する。
それは同行する
「(テティさま。グラフ王国の兵器やも知れませぬ。お気をつけて)」
「(ああ。分かった)」
テティが頷く。
と、その時だった。
「……お疲れさま」
戦士の女が金属塊に触れてそう告げた。
まだ距離はあるが、獣人族の聴力ならその声は聞こえた。
「三ヶ月間もありがとう。バハタク号」
「……そんな名前を付けてたの?」
と、精霊魔法師の女が呟く。
「うん。見た目からね」
戦士の女が笑う。
そこで少し残念そうに眉をひそめつつ、
「正直、名残惜しいけど、ソフィア姉との約束通り頼めるかな。ティア」
そう告げた。精霊魔法師の女はこくんと頷き、
「分かった。少し離れて」
言って、杖を高く掲げた。
そして、
「
囁くように魔法を唱えた。すると、周囲の木々を揺らして風が渦巻き、巨大な竜巻と成って金属塊を遥か上空へと上昇させた。
テティたちがギョッとする中、精霊魔法師の女はさらに魔法を唱えるようだ。
彼女の前方に魔法陣が展開されたのだ。
(――第十階位魔法!?)
テティは息を呑んだ。
そんな様子には気付かず、精霊魔法師の女は詠唱を紡ぐ。
「大いなる
そしてその魔法を唱えた。
「
――ズンッ!
天空に突如現れるもう一つの太陽。
それは竜巻で空高く打ち上げられた金属塊を一瞬で呑み込んだ。
全精霊魔法においても最大の攻撃力だと謳われる
新たな太陽に呑み込まれた金属塊は徐々にその姿を消していく。
溶解どころの話ではない。
あまりの超々高熱に金属が焼滅しているのである。
この光景を目の当たりにしては、テティも戦士たちも青ざめるしかなかった。
そうして、
「これで終わり」
精霊魔法師の女が杖をつく。
上空では何事もなかったかのように青空が広がっていた。
太陽は消えて、金属塊は跡形もなく焼滅してしまった。
テティは冷たい汗を流した。
(……なんて化け物……)
自然と喉が鳴る。
こんな凶悪な魔法は見たこともない。
もしも奴隷狩りならば最悪の相手だった。
(不意打ちをするか?)
勝機があるとしたら、こちらの存在に気付かれていない今しかない。
どう出るべきか悩んでいた、その時だった。
「――ッ! ティア!」
突然、もう一人の女が大剣の柄を握って叫んだ。
「なんか敵っぽい気配がするよ! 六人か七人! 囲われてるっぽい!」
(―――な)
テティは目を瞠った。
(あの女、私たちの気配に気付いたのか!)
愕然とする。
森の中で獣人の気配を感知できる人間など聞いたこともない。
「え? どういうこと?」
精霊魔法師の女は困惑しつつも、戦士の女と背中を合わせた。
勘違いと言わないのはそれだけ戦士の女のことを信用しているからだろう。
あれほどの魔法を使う精霊魔法師がだ。
どちらも途方もないレベルの冒険者だと考えるべきだった。
「(……テティさま)」
その時、傍に控える
「(ここは私が奇襲をかけます。他の仲間も察して同調してくれましょう。我らがどうにか時間を稼ぎますので、テティさまはこのことを獣王さまにご報告ください)」
「(……待て。それは……)」
テティは唇を噛んだ。
「(……奥方さま)」
「(獣王さま。そしてお妃さま方々は我らの未来の希望なのです。それを決してお忘れなきようお願いします)」
「………………」
テティは、ギリと牙を軋ませた。
彼の言うことは正しい。決断しなければならない。
(……くそ! 私は……)
テティが苦悶の表情を浮かべる。
と、その時だった。
「……悩まなくていいぞ。テティ」
不意にそんな声を掛けられた。
テティは唖然として顔を上げた。
少し高い気の枝の上に予想外の人物がいたからだ。
両腕を組んで森の奥の二人組を見据えている。
「な、何故あなたが!」
思わず戦士は大きな声を出してしまった。
すぐにハッとするが、
「気にするな。もう相手には気付かれている」
と、視線を二人組に向けたまま、
それから未だ唖然としているテティを見やり、
「すまない。テティ。ここから先は私に任せて欲しい」
「ど、どうして……」
テティはギュッと唇を噛んだ。
「どうしてここに? 私はそんなに頼りないのでしょうか……」
「そうではない」
「正直、気になる匂いがしたのだ。もう居ても立ってもいられなくなってな」
そう言って、再び二人組の女に目をやった。
「確認したいことがあるんだ。ここは私に任せてくれないか?」
そう頼む
が、ややあって、
「……分かりました」
テティはそう告げた。
「ですが、テティも付いていきます。それぐらいはお許しください」
「ならば私もです」
片膝をついたまま、
「……いいだろう」
承諾した。
「私の直感と予測があっていればそこまで危険はないはずだ。付いてこい」
言って、
そしてテティと戦士を見やり、
「では行くぞ。お前たち」
そう告げる。
戦士は「は」と返し、テティは強く頷いて応える。
「はい!
――と。
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