第28話 きょうだいなかよく
「すごい、こんな偶然があるんだね。同じ日に同じホテル予約していたなんて奇跡みたい」
ほぼ同時に目的のホテルに到着したこともあり、チェックインを待つ間にロビーでお互いの状況を確認しあっていた。
「ほんとびっくりだよな。おれ達もどこに行くか言ってなかったのに」
曰く、比奈たちはバイト先の店長とその奥さんに誘われ、日ごろの労をねぎらうため旅行に来たというのだ。親がいない二人にとって店長夫婦は本当の両親のような存在で、店が休みのときは頻繁に連れ出してくれるらしい。いい人たちだ。
「えへへ、神様のめぐりあわせかな? ね、お姉ちゃん」
「はい。昨日の夜も眠れないくらい楽しみだったのに桃ちゃんさんや橙輔さんもいるなんてワクワクが爆発しちゃいます!」
「マユマユは日焼け止め忘れないようにね。赤くなって水ぶくれするタイプなんだから」
「ぱっちりです! みてくださいサングラスも!」
どこのマフィアだ、と突っ込みたくなるようなごついサングラスを装着し、誇らしげに胸を張る。桃果は苦笑しながら頭を撫でた。
「えらいえらい。色素の薄い目だと眩しいからね」
そういえば桃果って真結に対して特別優しいよな。まるで妹を見守るような目つきだ。
「おにい、なにじろじろ見てんの。キモい」
「ぐふっ」
真結に向ける穏やかさの一割でいいからこっちにも回してくれねぇかな。
「橙輔橙輔、このマンゴージュース美味しいよ」
比奈が気を遣ってくれる。さすが彼女。
「おう。さすがウェルカムドリンクも凝ってるよな」
カフェで売っていそうなドリンクが無料で提供されるなんて、さすが三ツ星ホテル。
義父さんと店長、母さんと店長の奥さんもそれぞれ楽しそうに話している。
二泊三日の家族旅行、正直ちょっと憂うつだったけど比奈たちがいるなら話は別。修学旅行みたいで楽しそうだ。
「おーい、比奈、真結、部屋行くぞ。五階だ」
先にチェックインを済ませた店長が戻ってくるのを見て比奈が腰を浮かせた。
「はーい。じゃあ橙輔、落ち着いたらメールするから一緒に海行こうよ。とっておきの水着見せてあげる」
「は? みずぎ……っ」
「楽しみにしてて。じゃあね」
スキップしながらエレベーターに乗り込んでいく。
ちょっと待てよ……。海といえば水着がつきものだけど心の準備できてないぞ。比奈スタイルいいから浴衣似合ってたもんな。水着もすげぇ似合うんだろうな。やばい、想像したら頭くらくらしてきた。
「へんたい」
横から聞き捨てならぬセリフが。もちろん桃果だ。
「なんでそうストレートに突いてくるかな。言い方ってもんがあるだろ」
「鼻の下伸びてる。どうせカノジョの水着姿を妄想していたんでしょ。えっち」
「だっ……おれが頭下げてお願いしたわけじゃないぞ」
「どうだか。待ちきれなくて部屋まで見せに来るかもしんないよ? いやだなぁバカップルは。桃、マユマユの部屋に避難しようかなぁ」
「なんで見せに来る前提なんだよ! そもそも……あれ、部屋割りどうなってんだろ?」
ふと我に返る。
家族四人。部屋はツインを二つ予約したと聞いている。ふつうに考えれば男同士、女同士に別れるものだけど。
「もしかして聞いてないの? おにいの部屋は――」
「やぁすまんすまん。カード決済に手間取って」
チェックインを済ませた義父さんが戻ってきて、ルームナンバーが記されたカードキーを差し出した。
「橙輔の部屋のキーだ。七階の7201号室。オーシャンビューだぞ」
「ありがとうございます……。すみません部屋割りってどうなるんですか」
「あらやだこの子ったら」
母さんが照れながら背中を叩いてくる。
「ハネムーンなんだから察してよ。夫婦仲良く、兄妹仲良く。ね?」
「きょうだいなかよく……」
「じゃあ先に行くわね。夕食は六時に屋上のレストランで。それまでは自由行動だから思いっきり楽しんできなさいね」
新婚の両親は仲睦まじい様子でエレベーターに乗り込むとさっさと行ってしまった。息子の戸惑いなどお構いなし。
「え……ちょっ……え!?」
おれと桃果が同室?
マジで!?
桃果は知ってた? 反対しなかったのか?
ちらっと様子を窺うと当の本人はエレベーターに向かって歩き出していた。
「なにボーっとしてんの、部屋行くよ」
「お、うん」
到着したエレベーターにそろって乗り込む。
ゆっくりと上昇する感覚。逃げられない現実。なんともいえない沈黙が広がる。
両親が再婚して半年ちょっと、おれの記憶上では一ヶ月余り。思い返せば桃果と長い時間をともに過ごすのは初めてだ。登下校は一緒だが、学校内では基本的に別行動、自宅では部屋に近づくことすら禁止されている。自分は「元部屋」であるおれの部屋にノックもなしに入るのに、だ。
それがいきなり二泊三日、同じ部屋。一体どう過ごせばいいんだ。気まずい。
(さっきなにを言いかけたんだろう)
キ――なんとかって言ってた。まさか、だよな。
急に緊張してきて、外の景色を見ているふりをした。
「いやぁ、いいホテルだよな。目の前は海。かけ流しの温泉やプールもあるらしいぞ。すげぇな。あはは」
おれひとりの乾いた笑い声が響く。なにか反応してくれよ。居たたまれない。
「……おにい、見たい?」
表示パネルを眺めていた桃果がぽつりと呟く。
「見たい? ああ海? もちろん見たいぞ」
「そうじゃなくて。桃の水着を見たいかって、聞いてるの」
「…………へ?」
チーン。七階に到着した。どちらも動かない。動けない。
「もういい」
業を煮やした桃果がカードキーを奪い取った。キャリーを引いてすばやく外に出ると振り向きざまにあっかんべーをしてくる。
「ばーか!」
無情にも閉まる扉。あわてて開ボタンを押そうとして七階から先の階のボタンがぜんぶ押されていることに気づいた。え、ひどくないか。
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