第14話 ランチタイム

 昼休み。


 おれたち四人はいつも音楽室で食べているらしい。グランドピアノの前に桃色のシートを広げ、お花見よろしく弁当を広げる。


 元々は四人とも教室で食べていたらしいが、真結たちに近づきたい生徒たちがわらわらと寄ってきて収拾がつかなくなったため別の場所で食べることにしたらしい。


 女三人のなかに男のおれが交じっているのは桃果曰く「ガードマン」なんだとか。


「だって可愛い女の子が三人でキャッキャウフフしていたら変な男が来るかもしれないじゃん。その点おにいはむだに背が高いから抑止力になるでしょう」


「むだっていうな」


 購買でパンを買うこともあるらしいが今日は四人とも手作り弁当だ。



(はぁ……大変な半日だった)



 比奈がおれに抱きついて彼女宣言したことでクラス内は大騒ぎ。


 男たちは阿鼻叫喚。女子たちは質問攻め。


 HRが始まってもみんなどこか浮足立っていて、休憩になる度に机を囲まれた。

 あちこちに説明する内に体力気力をすっかり使い果たしてしまった。


「橙輔、顔色悪いよ。大丈夫?」


 隣で正座している比奈が心配そうに声を掛けてくる。


「ああ、ちょっと疲れただけ」


「ごめんね、あたしが出しゃばったせいで。でも教室入った途端に恋バナが聞こえて、なんか我慢できなかったんだもん」


 男嫌いな比奈に彼氏ができたことに周りは驚いていた。

 祝福する声もあれば、嫉妬を露わにしてチクりと嫌味を言う声も。


「おれのことは気にすんな。むしろ周知できて良かったじゃん」


「……ありがと、橙輔」


 周りに交際宣言したことで心置きなくイチャイチャ――できるかなぁ、おれ。


 一抹の不安を覚えつつ母さんお手製の煮物をつついていると、


「じゃじゃーん。問題です。この卵焼きには特別な調味料が含まれています。それはなんでしょう? はい、桃ちゃんさん」


「まじわかんない。白だし? カツオ? 野菜刻んでいれているとか?」


「はずれー。正解は『美味しくなぁれ』の魔法でした。ぜひご賞味あれ。はい、あーん」


「あーん。……ん、んまっ!」


 真結と桃果がイチャイチャしながら食べさせあってる。


 イッタイナニヲミセラレテイルンダ。


「あの二人はいつもそう、恋人ごっこするのが楽しいんだって」


 比奈は呆れたように牛乳パックを飲んでいる。


「まじか。男には分からん世界だ……」


「そうかな?……はい、あーん」


 予期せぬところに差し出される卵焼き。


 箸で掴んでいるのに弾力を失わず見た目にも柔らかそう、ツヤツヤとまぶしく光っている。


 ごくり。めちゃくちゃ美味そうだ。


「じゃあお言葉に甘えて」


 ここで断るのも失礼と思って一口で頬張った。

 噛んだ瞬間じんわりと甘いダシが広がる。なんだこれは。


「うまっ! めちゃくちゃ美味い!」


「ほんと!? 良かったぁ。早起きして作ったかいがあった」


「これ比奈が作ったのか? すげぇじゃん!」


「ありがと。料理好きなんだ。二人暮らしだから家のこともやらなくちゃいけないんだけど、お姉ちゃんは掃除や洗濯が好きだからお互いに自分の得意なことをしてトレードしてる」


「二人暮らし? 寂しいんじゃないか?」


「そうでもないよ。一階に住んでる大家さんはよくしてくれるし、商店街の人たちはみんな顔見知り。お姉ちゃんは誰とでも仲良くなれるから毎日にぎやかで楽しいよ」


 すげぇな。感心する。

 双子とはいえ高校生で二人暮らしなんてそうそう出来るもんじゃない。


「?……あれ、親は?」


「いないよ」


 比奈はなんでもないことのようにおにぎりを頬張っている。


「二人揃ってお星さまになっちゃった。あたしたちが小学生になって間もなくね」


「あ……」


 なんでもないふうに話すから、そっかぁ、って笑い飛ばせれば良かったんだけど、思いのほかズンと重くのしかかってきた。



 ――『戻ってきてくれてありがとう。本当に良かった……。だいすきだよ橙輔』



 花火大会で告げられた言葉には、そんな裏があったのか。なのに、なんにも知らずに「別れよう」なんて言っちまった。


「こーら」


 比奈の指がおれの額を小突く。


「へんに感傷的になってるんでしょう? 好きだよ、そういうとこ。でもいまは楽しいランチタイム。笑って、おいしくご飯食べよ?」


 ひかえめに笑う比奈がとても愛しく思えた。

 これまで女の子に対して恋愛感情を抱けなかったおれが比奈に惹かれたのはこういう所かもしれない。


「あたしこれでも自覚があるんだ。お姉ちゃんはみんなから慕われて愛されてる。でもあたしは愛想を振りまくってよく分からないし、みんなと仲良くするのも苦手。……でも橙輔はそんなあたしを好きだって言ってくれたんだ。忘れていると思うけど」


 悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「橙輔に告白されたとき聞いたんだ。どうしてあたしなの? 人違いじゃない? それともあたしと仲良くすればお姉ちゃんに近づけると思ってる? ってね」


「おれはなんて?」


「『ばーか』だって! ふふふ」


 顔をくしゃくしゃにして大笑いする。


「『なんで好きでもない相手にそんな面倒なことするんだよ。おれが好きなのは卯月比奈に決まってるだろ。ばかにすんな』ってふて腐れた顔で言うんだもん。なんだか怒られてるみたいだった」


「ああ~……記憶にないとは言え、過去のおれが申し訳ない」


「ううん、いいの。だってすごく嬉しかったから。こんなふうに」


「おわっ!」


 ゆっくりと身体を傾けてくる。

 思わず箸を取り落としそうになった。


「ま、まだ、メシの途中……」


「あたしはもう心も体も幸せいっぱいなの。橙輔は気にせず食べてて」


 目蓋を閉じて幸せそうに寄り添っている比奈を引きはがすこともできず、眩しく輝く髪を見つめているしかなかった。


「あらあら、お二人は仲良しさんですね~」


「ほーんと公の場でイチャイチャしすぎー。バカップル」


 ぐ……!

 否定はしないけどおまえたちに言われたくねぇ! 特に桃果!

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