第10話 初登校

 花火大会から二日後。

 おれにとって初めての登校の日がやってきた。


「見慣れねぇな」


 ネクタイを直しながら姿見の前でにらめっこ。モスグリーンを基調とした三ツ葉高校の制服。この辺りでは名の知れた進学校だ。


「予備あってよかったじゃん、事故でボロボロだったし」


 廊下に出てきた桃果も同じ学校の制服だ。ただし夏なのでブレザーではなく桃色のニットカーディガン(サイズ大きめ)を着用。赤と緑のタータンチェックのスカートは極限まで短くしている。ぎゃるだ。


「なぁこれドッキリじゃないよな? おれの頭で三ツ葉に受かるとは思えないんだけど」


「試験はギリでも内申点が良かったんじゃない、バドのシングルスで全国いったくらいだし」


「もしかして去年の夏の大会で!? マジかすげぇなおれ。で、成績は?」


「初戦敗退。ストレート負け」


「ぐぁあああ」


「ちなみに相手はオリンピックの日本代表で大会準優勝。スコアは21-14、21-19」


「おっ! 二ゲーム目善戦してるじゃん!」


「一時はかなりの点差つけたんだけど後半ズルズルいっちゃってね。完敗よ完敗」


「ぐっ……仕方ないだろ。てか詳しいな、スコアまで知ってんのか」


「あー……」


 目が泳ぐ。


「比奈っちから聞いたの」


「比奈? こっそり試合観に来たって言っ……やっぱり知り合いなんじゃないか!」


「そりゃ二人とも同じ中学だし」


「ふたり……って?」


「あ。失言」


 しまったって顔で口元を覆う。


 そのときピンポーンとインターフォンが鳴った。


 マンション内は部外者が入れない仕組みになっているので相手は一階のエントランスにいるはずだ。


 桃果が素早く反応した。


「おはよー、いまいくー。おにいも連れてくねー」


 手を広げたせいでモニターに映った相手の顔は見えなかった。


「ほら行くよ」


「引っ張るな」


 せっかく直したネクタイを手綱みたいに掴み、「いってきまーす」と声をかけて外まで引きずっていく。母さんと義父さんが心配そうに送り出してくれた。



「くそ、せっかくいい感じに結べたのに」


 エレベーター内でネクタイを結ぼうとするが上手くいかない。腹立たしい。犯人(ももか)は壁に寄りかかり素知らぬ顔してスマホをいじってる。


「そういえば花火大会どうだったの」


「二日前のことを今更聞くのかよ。……まぁ楽しかったよ。事故のせいで比奈のことも忘れていたけど向こうは全く気にしてない、というより逆に火がついたみたいだった」


「ふぅん。比奈っちいつも一所懸命だもんね。あれだけ可愛いのに初恋がおにいって時点でだいぶ残念だけど」


「おい、聞こえてるぞ、おれに」


「あーぁ、世の中には星の数ほど男がいるのに、なんで、おにいなんだろ」


「無視すんな」


「はぁーあ、なんで桃のおにいがおにいなんだろ」


「……なんだよ。再婚したのがそんなに気に入らなかったのか?」


「そうじゃないけど」


「ああ、おれの存在がってことか。一人っ子で自由気ままなところへ突然兄ができたら息苦しいよな。でも安心しろ。戸籍上はどうしようもないけど、あと二年すれば進学して家を出るつもりだから」


「え」


 ぎょっとした顔を振り向く。


「もう進学のことまで考えてんの」


「転ばぬ先のなんとかって言うだろ。元々は母子家庭だったから奨学金もらいながら技術系の大学行くつもりだった。もちろん家を出て大学近くのアパートかなんかを借りて」


「いいなぁ……桃もついていこうかな。二人暮らし、楽しそう」


「ん? なんて?」


「なーんでもない。おにいが大学生なんて想像できないなぁって思ったの」


「ひでぇ言い草。でも桃果もそのうちやりたいこと見つかるさ、たぶん」


「そうやって兄貴ぶる」


 手のひらで顔を覆うようにしてでっかいため息をついた。


「ほんとヤになる。……ちょっと来て」


 またしてもネクタイを掴まれて引き寄せられる。慣れ手つきでするするとネクタイを手繰らせ、きれいな形にきゅっと結ぶ。


「すげぇ! サンキュー桃果」


「お礼はいいから、はい」


 ぴらっと手のひらを差し出してくる。金とる気かよ。それでも義妹か。


 タイミングよく、チーン、と音がした。エレベーターが一階に着いたのだ。

 前髪を気にしながら桃果が先に出て、おれもあとに続いた。


「おにい知ってる? 夏には魔女がでるんだよ」


「魔女?」


「そう。男を狂わせるエロい魔女。ぼけっとしていると誘われちゃうよ」


「……それなにかの怪談話か?」


「おしえない。今年の夏は猛暑になるかもね」


 ニュースでは過ごしやすい冷夏って言ってた気がするが……と思いながらエントランスに出ると三ツ葉の制服を着た女の子が行儀よく立っていた。


 あれ、この子……。



「桃ちゃんさん、橙輔さん、おはようございます!」



 N●Kアナウンサーのような美しい会釈とともにおれたちを迎えてくれる。

 顔を見て言葉を失った。さらさらの髪と優しそうな面差し。深みのある青い瞳。向日葵のピンで前髪の一部を留めている。



「比奈――……じゃなくて、聖女さま……?」




 第一章 おわり。


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