第二十三話 マナ機関技師≪maple≫
夜明け前に目覚めて、一日の大半を修行と鍛錬に打ち込み。
これがルーカスの教団での日課となりつつあった。
(外部への連絡はもちろん、イリアとフェイヴァ以外の人間との交流は禁止されていた。
彼女達が不在の時は、部屋から出られず不自由を感じる事もあったが——。
……不思議だよな。人とは、そんな環境にも慣れてしまうんだからさ)
ルーカスが教団での日々を当たり前に感じ始めた、ある日のこと。
フェイヴァとの試合稽古の最中に、彼女はやって来た。
「ルーカス」
澄んだ
聞いただけでわかる。イリアの声だ。
刃を打ち合わせていたルーカスとフェイヴァはどちらともなく距離を取り、武器を下ろした。
フェイヴァが視線で「行け」と言っている。
ルーカスは一礼して刀を
「イリ——レーシュ。どうしたんだ?」
鍛錬場に彼女が顔を出すのは珍しい。
何か用事があって来たのだろうと考えていると。
「ホッホ! オマエさんがワシの作品の使い手か?」
イリアの背後から背の低い男。毛のない頭と対照的に
ルーカスは記憶を探るが、思い当たる人物は浮かばない。
「レーシュ、こちらの方は?」
「うん、こちらは——」
イリアが手振りで紹介の姿勢を見せると、老人はそんな彼女を追い抜いて、ずいっとルーカスに迫った。ニッと笑っている。
「オマエさんの
まあ、好きに呼ぶと良い、若いの。ホッホ!」
エルディックと名乗った老人が
ジョセフが「技術の粋を集めた」と豪語した代物であり、実際に途方もない技術によって造られたとわかる作品だ。
その製作者がこの老人であり〝メープル〟の姓を聞いて、ルーカスは驚愕した。
「メープル……!? ホドの、かの偉大なるマナ
「ホッホ! ちぃとばかし、名は知られてるかもしれんの?」
知られているどころではない。
世間では発明王と有名な人物だ。どの国も彼の発明品を欲しがっている。
ただ、絵姿については公表されていなかった。
恐らく、秘匿性を高めて身の安全を確保するためだろう。
エルディックの後ろからひょこっとイリアが顔を出し、首を
「……お
「凄いどころじゃない!
エルディック殿の発明した代表的なものは
それだけじゃなく、映写器、蓄音機、照明の魔術器、昨今の生活の基盤を支える発明は全部、メープル家の発明で——」
あっけに取られるイリアが目に入って、ルーカスはハッとする。
偉大な人物を前にして興奮のあまり我を忘れ、まくし立ててしまった。
彼女は仮面の下できっと、瞬きを繰り返しているに違いない。
変なところを見られて、気恥ずかしさを覚えた。
それに、初対面の相手への礼儀もおざなりだ。
ルーカスは「こほん」と咳払いをして、気持ちを落ち着かせると、姿勢を正した。
「……申し訳ありません、ご挨拶が遅れました。
ルーカス・フォン・グランベルです。
偉大なるマナ機関技師、メープル家のエルディック殿にお会いできて光栄です」
「そう
ウチの孫娘なんて手のつけようのないじゃじゃ馬でな? この前なんてワシの工房に勝手に入り込んで、しっちゃかめっちゃかと……」
礼を取ったルーカスに対し、エルディックは気さくな態度を見せた。
とても大らかな人なのだろう。
エルディックはルーカスとの引き合いに出した孫娘の話を楽しそうにしている。
話を聞く
そしてどうも、話を聞く限りエルディックは孫娘を可愛がっているようで。
最初は「じゃじゃ馬」と
あまりに楽しそうに話すものだから、口を挟むのが
「お爺さん」とイリアがエルディックの肩を叩いた。
「おっと、そうじゃったそうじゃった。
仕事をせんとな。あんの
ふんす、と鼻息を荒げて不満気なエルディックが腕を組む。
彼が誰の事を言っているのかは明白だ。
(……狸……豚……。いや確かに、わかるけど。
こんな大ぴらに口にして大丈夫なのか……?)
距離はあるがルーカスの後ろにはフェイヴァがいる。
彼に聞かれていて、あるいはどこかで聞き耳を立てている他の者がいて、報告されたら大事になるのでは、とハラハラした。
そんなルーカスの心の内を察したのか、エルディックは、
「心配せんでも大丈夫じゃよ。
ワシとあやつは旧知の仲。多少悪口を言ったところで、何ともならんよ。それにな、一時の怒りに任せワシの技術を手放す方が惜しいじゃろて」
「ほっほ!」と軽快に笑って見せた。
なるほど、とルーカスは納得する。
旧知と言うだけあってジョセフ
「どれ、若いの。ルーカスじゃったな。
力を使うところを見せてもらえるか? 調整するにも、実際に使っているところを見ねば話にならん」
「わかりました」
ルーカスは頷いた。
エルディックの仕事とはつまり、自分がイリアに相談した件。
〝能力を行使すると武器が壊れる問題〟を解決するためのものだと瞬時に理解した。
エルディック、イリア、フェイヴァが見守る中。
ルーカスはいつものように力を解放して
……結果はいつもと同じ。
巻藁に一太刀いれると、対象諸共に刀も消し飛んだ。
何度やっても、制御訓練を積んでもこの結果は変えられなかった。
さて、魔術器の生みの親にはどう映っただろうか、とルーカスはエルディックへ視線を送る。
「……ふーむ、なるほどのぉ。
己の一部と認識しているもの、壊すまいと意識しているものには能力が作用しないようだが、力を発動する際、武器を武器として意識するせいか。その認識から外れるんじゃな。
魔術器は正常に作動しておる。
無意識の改革はおいそれと出来んし、魔術器側で無理な調整をすれば力の扱いに支障をきたしかねん。危険じゃな。
となると、取れる手立ては——」
考えを纏めるためだろう、何やらぶつぶつと呟いていた。
それから、しばらくして。
エルディックの瞳、陽の光に茜差すオレンジサファイアの瞳がルーカスに向けられた。
「ルーカス、オマエさんが一番得意とする武器は刀と聞いとるが、間違いないか?」
「はい。他の武器も一通りは扱えますが、刀が一番しっくりきます」
「そうかそうか。となると、
エルディックは一人納得した様子で、繰り返し頷いている。
「解決策が見つかったのですか?」
「妥協案ってところだが——何、心配は無用じゃ。
このエルディックがしっかりとオマエさんに合うよう調整してやるからな。ホッホ!」
腰に手を当てどっしりと構えて、期待していろと言わんばかりの笑顔をエルディックは見せた。
とても頼もしい姿だ。
彼の偉業を思えばことさらに、不安など抱きようがなかった。
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