第二十二話 情景≪respect≫

 ルーカスは「強くなるために手を貸そう」と言ったフェイヴァの手を取って、彼の師事を受けると決めた。



「ルーカス・フォン・グランベル。内気功サークル真髄しんずいを会得しろ。今のおまえは、ただマナを循環させているに過ぎない。内気功サークルはマナを活性化させてこそ意味がある」


「マナを活性化……と言われても、具体的にどういうことだ?」


「例えるなら……そうだな。おまえのそれは、火を入れていないの状態と言えば理解するか?

 神秘のみなもとであるマナは巡らせるだけでも恩恵を授けてくれるが、マナという燃料を燃やし炎へ転化することで、更なる力を得られる」


「マナを燃やす……」



 わかり易い例えだと思う。

 ルーカスは試しに出来ないだろうかと、まぶたを閉じる。


 ——まずはこれまでのやり方で。


 体内に蓄積しているマナを感じ、それを物理的な循環器官、全身に張り巡らされた血管に通すイメージで巡らせていく。

 身体がほのかに暖かくなり、力が湧き上がった。



(ここから、炉に火をくべて、マナという燃料を燃やすイメージを……)



 思い描いて、意識を集中させる。



(燃やす……。マナを燃やす……)



 周りの音が聞こえなくなるほどに、ルーカスは集中を高めていくが——。

 〝言うはやすく行うは難し〟だ。いくら待てども、変化は起こらなかった。



「……難しいな」



 呟いて、瞼を開く。

 簡単に出来るものならば広く認知されているはずなので、当然と言えば当然か、と一人納得する。


 とはいえ、強くなるために必要な事だ。

 ルーカスはじっとこちらを眺める青年へ視線を送った。



「何かコツとかないのか?」



 手を貸すと言ったのは彼なのだから、アドバイスを求めても罰は当たらないだろう。


 すると彼はまばたきの後、腕を組み。



「炉に火をくべ、マナを燃やす工程は、魔術を発動する時の感覚に近いらしい」



 淡々と言い放った。

 断言しない言い草に違和感を感じる。

 使い手は彼であるというのに、何故だろう。疑問を呈せずにはいられない。



って、その言い方、まるで魔術が使えないみたいに言うんだな」


「そうだ。オレは魔術を使えない」


「——え……」



 ルーカスは驚きに固まった。



(フェイヴァは何でもないように語ったが……得手不得手はあれど、魔術が全く使えない人間など、見たことも聞いたこともない。内気功サークルの事といい、あいつには常識を覆されてばかりだった)



 触れてはいけない気がした。

 踏み込んだ話は藪蛇やぶへびか、と思って、ルーカスは聞き流そうとしたのだが。



「【運命】——宿す神秘アルカナの代償だ」



 意外にも、フェイヴァはすんなりと理由を口にした。



(……神秘アルカナの代償。女神の使徒アポストロスが宿す神秘アルカナの力は有限。際限なく行使できる便利な代物しろものではない。

 個々で差はあるものの、行使すれば必ず身体へ負荷がかえり、代償を求められる。

 戦闘能力に長けた使徒であれば、力を得る代わりに生命力を対価とする事も少なくない。故に、短命である者も多い。そして、フェイヴァのように別の代償をプラスして科せられる者も、存在する)



 強大な力の代償と聞いて、納得する。

 変に憶測を巡らせてしまったが、同情はお角違いというわけだ。



「そうか。他にコツはあるか?」


「ない。強いていえば、諦めないことだ」


「……ないのか。簡単に行くとは思ってなかったけど、想像以上に骨が折れそうだな……」



 会得のための教えは少なかった。その上、飛び出した根性論にルーカスは肩を竦める。

 


(この時は、不親切だなと思った。

 ……だが、時間を掛け修練を積んで行く中で、少しずつ悟った。

 確かに、魔術を発動する工程とよく似ていたが、この感覚は言葉では表現しづらい。

 自分の内なるマナと向き合い、気付き、到達する領域——。

 内気功サークル真髄しんずいの会得は、己を深く理解することで為るものだからだ)



 その日からルーカスは毎日数時間。

 イメージを膨らませ感覚を掴むため、瞑想めいそうと訓練に明け暮れた。


 そうして、一月ひとつき

 合間に試合形式での鍛錬と、力の制御訓練も怠らず続けながら、ルーカスは内気功サークル真髄しんずいの会得に励み。


 遂に我がものとする。






❖❖❖



 「ギイィン!」と高鳴りする金属音が、修練場に響き渡る。

 ルーカスがフェイヴァと得物を打ち合わせる音だ。


 振り下ろした刀と、交差する二対の槍が鍔迫つばぜり合う。力は互角。

 互いに譲らず、至近距離でじりじりと競り合う。



「やはり、化け物だな。この短期間でここまでにするとは」



 フェイヴァがこぼした言葉に、ルーカスは苛立ちを覚えた。

 キッとにらみつける。



「おまえが言うセリフか? 未だに息一つ乱さないくせに……!」



 互角に見えてその実、フェイヴァは余力を残している。

 現に今も、ひたいから汗を流す自分と違って、涼し気だ。


 余裕たっぷりな様子を見せつけられては、嫌味にしか聞こえない。



「当然だ。身体能力これこそがオレの唯一の武器。簡単に凌駕りょうがされては困る」



 フェイヴァが柄を握る両手に力を籠める。と、一挙に加わった力に圧されて、押し切られそうになった。


 咄嗟とっさに、ルーカスは後方へステップを踏んで跳び、逃れる。


 フェイヴァは追って来る素振りを見せず、威風堂々いふうどうどうと武器を構えなおした。


 尋常ではない怪力だ。

 内気功サークル真髄しんずいを会得してなお、ルーカスは一度としてフェイヴァに勝てた試しがなく、勝てるビジョンも思い浮ばない。



(だけど、あいつと刃を交えるのは楽しかった。

 勝てないとわかっていても、打ち合う度に気付きがあったし、強さが身になる実感を得られた。

 弱さ故に大切なものを取りこぼしてしまった俺は、その強さに憧れた。

 ……今も、憧れている)



「どうした。もう終わりか?」



 きらめく穂先がルーカスへ向けられる。

 わかりやすい挑発だが、乗らぬ手はない。


 ルーカスは深呼吸をして精神の統一を図ると、フェイヴァを見据え。

 内に燃え上がるマナの脈動を感じながら、刀の刃を天に、こめかみの位置へを持ち上げてかすみの構えを取った。



「まさか。ここからが本気だ。今日こそ、一本取るからな!」



 踏み出す足に力を籠めて、一足飛びに距離を詰める。

 強者との試合に心躍らせて、ルーカスはその日も鍛錬に明け暮れた。



(いつか、フェイヴァに勝ちたい)



 そんな日が訪れる瞬間を夢見て——。

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